One Voice

hidekiss.exblog.jp
ブログトップ
2014年 03月 11日

あの時、手をつなげたら / Holding Hands

あの時、手をつなげたら
(『誰もが誰かと一緒に歩けるように』所収)

Holding Hands
(English translation follows)

a0137527_11243612.jpg


 最近、講演で同性愛について話をするときに、必ず見せる絵がある。熊の姿に描かれた二人の男性が手をつないでいるもの。それには、こう書き添えられている。「あの日、一緒に歩いて帰りながら、不安なのに互いに遠慮して手をつないで歩けなかった僕らのために。誰もが誰かと一緒に歩くことがこれからもできるように、祈りを込めて。」

 実はそれは、僕のパートナーが描いたもので、そこに登場しているのは、2011年3月11日の僕と彼だ。

 言うまでもなく、それは東日本大震災が襲った日。僕らは、一緒の仕事で都心にいた。震源地付近や、津波の被害を受けたところに比べれば大したことはなかったとはいえ、震度5強を記録した東京も激しく揺れ、大混乱だった。僕らは、夜九時頃になりようやく家に向かって歩き始めた。

 たくさんの人がぞろぞろと歩いている不思議な光景。静かな緊張感と大きな不安、非日常的な状況へのハイテンションが交じった奇妙な雰囲気の中、僕らは3時間以上歩いた。その夜は、かなり寒かった。そのとき、異性カップルなら、普段手をつながない人でも、きっと手をつないだだろう。寒さと不安を和らげるために。でも、僕らはそうしなかった。そうしようか?と口にもしなかった。

 僕は、手をつなぐことのリスクをと考えていた。普段は笑われるくらいのことでも、社会的な緊張感が高まっているときには、何が起こるかわからない、と。

 後になり、二人とも同じように手をつなぎたいと思っていたと知ったとき、お互いをいたわり合えなかったことに僕らは胸を痛めた。そして彼は、そのときの僕らのためにその絵を描いてくれた。

 僕らは願っている。同性カップルが、手をつなぎたいと思ったとき、恐れや不安や気負いなく手をつなげる社会を。だから、僕らは、声をあげ、行動し続けていく。

(イラスト:加藤悠二)



Holding Hands

Whenever I give talks about gay/lesbian people these days,
there's a picture that I always show to my audience.
It’s a picture of two male teddy bears holding hands.

On it, there’s a message written:
"This is for the both of us.
For the day that we were walking home together,
full of unease but unable to let ourselves go and hold hands.
I made this in the hope that from now on,
anyone will be able to walk together like this
with another person, no matter who they are”.

To tell the truth, the artist behind the picture is
actually my partner. The two bears in the picture are
me and him, walking home on March 11th, 2011.

As we all know, March 11th, 2011 was
when the Great Tohoku Earthquake hit Japan.
That day, he and I were together at work
in the middle of downtown.

Though what we experienced was nothing in comparison to
what happened near the epicenter of the earthquake
or the places affected by tsunamis, Tokyo, too was shaken
by the biggest quake since the Great Kanto Earthquake of 1923.
Everything was in chaos. At around 9 pm or so,
we finally decided to walk back home.

What we encountered was really a mysterious sight to behold.
Countless people were walking outside,
looking for emergency shelters or listlessly heading home,
full of unspoken nervousness and great unease.

My partner and I walked for about three hours in this strange,
unusually tense atmosphere. That night was also quite frigid—so much
that I think that most straight couples would have held hands,
even if they didn't do that sort of thing normally,
just to try to melt away the worry and the cold.
But we didn’t do that. We didn’t even suggest it to each other.

Back then, I could only think about the risks of holding hands.
Normally, the worst we might have encountered was being laughed at.
But with anxiety at an all-time high throughout all levels of society,
I imagined that far worse was possible.

Sometime later, I found out that my partner had wanted to hold hands, too.
My heart became instantly full of pain and regret at the fact that
we weren't able to comfort each other in even the direst of situations.
And so, my partner drew that picture for us.
For the day that we weren't able to hold hands.

A society where same-sex couples can hold hands
whenever and wherever they want to without
fear, worry, embarrassment, or hesitation
—this is our wish.

And so, we continue to raise our voices
and engage in activism all to help one day make this dream a reality.

(Translation: Brent Lester Lue / Illustration: Yuji Kato)
[PR]

# by hideki_sunagawa | 2014-03-11 11:30 | LGBT/gender
2014年 03月 08日

とあるゲイの方の話/A story about a gay man

An essay by Hideki Sunagawa,
co-representative director of PInk Dot OK.
(English translation follows)

a0137527_20493940.jpg


昨年、ピンクドットが終わってしばらくして、とあるゲイの方からメールをいただきました。そこにはこう書かれていました。

-----
「ピンクドット! 70歳になる私たち世代には隔世の感です。ピンクを身につけるにはやや恥ずかしく、なにげなくテントの近くで皆さんの奮闘ぶりやライブのステージを見ておりました。しっかりと手をつなぎあった若いカップルがなんとも愛らしく、いじらしく、そしてうらやましくーー。

那覇市が協賛するという新聞記事に感動をいたしました。多くの地元の企業の参加も。那覇から息苦しく閉塞してしまった日本に風穴が開く!そんな予感がいたしました。大したことはできませんが、なんとかご支援をさせていただきたいと思います。」
-----

日本では、これくらいの年齢の方だと、ゲイ自身でもこういう活動を嫌う方が多いのに、うれしいなと思いとても励まされた気がしました。しばらくして、寄付をいただき、何度かメールを交換しました。

近いうちにお会いしましょう、というやりとりもして。しかし、いろいろあって、なかなかお会いできず。

そして先月頃から、サポーター向けに送っているメルマガが届かなくなったので、彼が経営しているとメールで聞いていたショップを探し、確認のメールを送りました。そのメールに対して、彼と長く一緒に人生を歩んで来られたパートナーが丁寧な返事をくださいました。

そしてそこには、昨年11月に末期がんであることがわかり一月に亡くなられたと書かれてありました。

なんで早く会わなかったのだろう、とひどく後悔しました。面と向かって「本当にありがとうございます」と言えないままになってしまいました。

彼の最初のメールの「追伸」にはこうありました。

「まだ幸いに体力はほどほどあるようです。カジマヤーまでがんばれるかと。ボランティアでお手伝いできることがございましたらなんなりと。」

私たち、ピンクドット沖縄の実行委員は、彼の言葉を胸に今年のピンクドット沖縄も成功させようと誓っています。

ありがとうございました、Tさん。どうぞ安らかに…でも、ピンクドット沖縄2014で私たちともにいてくださるだろうと信じています。

(この話を書くこと、Tさんのメールからの引用については、パートナーの方から許可をいただきました。)

砂川秀樹
(写真:加藤悠二)


A few days after Pink Dot Okinawa opened last year,
a gay man sent me an e-mail. I had no idea who he was.

It said, "Pink Dot Okinawa! Wow.
For someone like me in their 70s,
it's like we've entered a totally new age!
It was actually a little embarrassing for me
to wear pink, so I mostly spent my time
watching the staff members working
or performers on the stage from afar.

I even saw a young gay couple
with their hands held tight.
It was very adorable, quite touching,
and a little enviable. I
t was really encouraging to know that
the event was sponsored not only
by the city of Naha, but by many companies, too.

I feel as if the winds of change seem to be blowing
into Japan—which is fast becoming more closed
and oppressive—starting here from Naha!
I really felt that wind at Pink Dot Okinawa.
Though I can’t do much,
I’d love to be able to support you”.

I was very delighted to read this, as in Japan most elderly people
tend to dislike and avoid such pride events.
After a while we received a donation from him
and exchanged some letters, eventually making a promise to meet.
However, for one reason or another,
we weren’t able to see each other last year.

It was in February that the mail-magazine we sent out
to our supporters was returned to us from his address.
And another in March was returned, too.

I supposed that he might have been hospitalized
because he told me he was suffering from backache.
Out of worry, I searched for another way to contact him
and wrote to the e-mail address of the mom and pop shop he ran,
sending off a line or two inquiring about how he was doing.

His long-time partner kindly replied and told me that
he died of cancer in January.

He was diagnosed with terminal cancer in November.
It was only a few weeks after I exchanged the last mail with him.
I regretted very badly that I hadn't met sooner.
I wasn't able to say "thank you for your support" to his face.
I should have.

As "p.s" in his first letter he said,
"Thankfully, I'm still energetic.
I may end up living as old as Kajimayaa (97 years old).
Please let me know if there is something I can do as a volunteer."

We, staff members of the organizing committee,
will keep his words in our minds and try to make Pink Dot OK
as successful as it can be. Thank you very much, T-san.
May you rest in peace. But your spirit is with us in Pink Dot OK 2014.

(We've received permission from his partner
to write about T-san and to quote sentences from his e-mails.)

Hideki Sunagawa
(photo: Yuji Kato)
[PR]

# by hideki_sunagawa | 2014-03-08 20:49 | LGBT/gender
2014年 02月 19日

ピンクドット沖縄2014へ向けて

a0137527_12295359.jpg


ついにピンクドット沖縄2014に向けてスタートした。今年、開催するか迷いに迷っての決断。

昨年、イベントとしてはとても盛り上がったし、その影響が広く及んだことは今も実感できるので、目的の達成という意味では大成功だった。それにも関わらず、開催を迷ったのは、経済的には非常に厳しかったし、何より僕が無給専従状態で働く形になるので生活へのダメージが大きかったからだ。今年は、昨年の実績からスポンサーも集めやすいかもしれないが、後者の問題は基本的には変わらないだろう。

それでもやろうと決めた。それは、先に書いたように、ピンクドット沖縄の開催によって、LGBTという言葉も、それに関係する問題も広く周知されるようになったと感じているからだ。那覇市地域福祉補助金の審査のときもそうだったし、それの補助金でおこなっている出前講座でもそうだ。これほどの手応えは、大都会の東京では感じたことはなかった。

そして、もう一つ。昨年関わってくれた実行委員が、ほとんど皆、また関わりたいと思ってくれていることもある。誰一人バーンアウトすることなく、関係性に疲弊することもなく、昨年やった人がまたやりたいと思える状態は、それだけで意味があると感じている。

実際に関わった人たちがお互いに影響を与えつつ、またこの活動を通して、学んでいる様子も目の当たりにしている(自分の学びも含めて)。私が沖縄に帰るときに思っていたことに、自分が東京で得た経験が活かせるかも、伝えられることがあるかも、ということがあったが、それができているような気がする。

とても大変なイベントなので、常に、その次があるかどうかはわからない。けれど、この一回一回が確実に残すものがある。それだけで、私がまた宮城と共同代表として、その任を負う意味があると思っている。
[PR]

# by hideki_sunagawa | 2014-02-19 00:03 | LGBT/gender
2014年 02月 15日

誰もが誰かと一緒に歩けるように…

2月14日(金)、ジュンク堂書店那覇店さんで、「誰もが誰かと一緒にあるけるように」というトークイベントを開催させていただいた。「誰もが誰かと一緒にあるけるように」というのは、昨年末に出版した書籍(冊子という感じの厚さだけれど)のタイトル。

a0137527_2191122.png


その書籍の出版記念と、ピンクドット沖縄主催としておこなったレインボーバレンタイン・キャンペーンを合わせたイベントで、このキャンペーンのために製作したオリジナルパッケージのチロルチョコも配布。

正直、トークをおこなった会場で聞いていた人はかなり少なかった。けれど、いい雰囲気で開催できたし、チョコを配ったスタッフによると、何度も前を行き来する人や、さりがなく遠くで聞いてる様子の人たちがけっこういたという。その様子を見ていたスタッフは、トークイベント終了後、「だから…ピンクドット、やりましょう!!!」と力づよく言った。

「いや、もうやることになってるから!」と冗談めかして返答しつつも、そのスタッフが言いたいことは良くわかっていた。

僕も、2000年に東京レズビアン&ゲイパレードを発案者&実行委員長として開催したときに、沿道でパレードに背を向けて、たまたまいたかのようなふりをしながら座っている人が、涙をぬぐっている姿や、昨年、やはりジュンク堂書店那覇店さんでトークをやったときに、遠くの書棚の陰に立ち続けて、じっと観続けていた人の表情を忘れることができない。

こういう時に、少しずつでも色んな人に僕たちの声や思いが届いていけばいいな、と改めて思う。そして、沖縄に来て活動を始めて、それができていると感じてもいる。


トークは、パートナーとの初共演トーク(?)があったり、あまりそういう場で話し慣れていない共同代表にも出てもらったりで、どうなるかなぁ…と心配していたけれど、どちらもバレンタインデーらしく和やかで温かいものとなった(と思う)。

打ち合わせもなかったけれど、スムーズに僕の質問に答えてくださったお二人に感謝。去年は、拡大ミーティングでの挨拶もままならなかった共同代表の宮城がしっかりと話せるようになっている姿に感動もした。

そして、今日のトーク、ジュンク堂書店那覇店さんは、熱意をもって関わってくださった。プリントアウトしたポスターで会場を飾ってくれたり、プロジェクターが見えやすいようにと天井の蛍光灯も一部外してくれたり、ととても丁寧な準備。

先方は当たり前と思ってやっていることかもしれないけれど、それは僕たちをとても力づけてくれた。mた、きっと大書店がこのように同性カップルに関するイベントを一緒につくりあげてくれる姿勢は、社会を変えて行く力の一つとなるだろう。

また、昨年の5月と6月、ピンクドット前のトークをおこなったときと同じ店員さんが担当者として司会をしてくださったのだが、その頃は少し頼りなげな印象だったが、とてもしっかりとした雰囲気になっていて、その時よりも、話もよりスムーズに上手になっていて、なんだかこちらまでうれしくなった。

というわけで、そんな、感謝の思いや感動やうれしい思いが満ちたバレンタインデーとなった。ありがたい。


あ、16日(日)は午後5時〜9時までGRADiでピンクドット沖縄のキックオフイベントがあります。参加費2000円ですが、もし関心のある方は、gradi★me.comまでご連絡ください(★を@に変えて)。
[PR]

# by hideki_sunagawa | 2014-02-15 02:19 | LGBT/gender
2014年 01月 30日

REUNION 〜関係をつなぎ直す〜

東京訪問

ここしばらく、reunionという言葉が頭にある。「re- 再び、union つながる=再会、再結成」という意味だが、今、僕の頭の中にあるreunionは「関係をつなぎ直す」という説明的な表現の方がぴったりくる。

12月に、盛岡大学に講演に行き、帰りに東京でICU(国際基督教大学)で講演し、またシューレ大学で話をさせいただいた。そして、これまでも東京に行く時にそうしていたように、何人か東京でつながっていた人たちと再会。

このような再会と、そしてなにより、シューレ大学で語らせてもらったことが、僕の頭にreunionという言葉を思い浮かばせてくれたような気がする(シューレ大学で話している様子 <なんでこんなに笑ってるんだろう?w)

それから約一ヶ月後、年が明けて、早稲田大学で企画していただいた講演のために、また東京へ行くことに。このときは、急遽、東京で関係のあった人たちに声をかけて、「ピンクドット沖縄報告会」を開くことにした(アドレスがみつかる人たちに案内をおくったけれど、漏れてた人がいたらごめんなさい)。


後ろめたい気持ち…

急な声かけだったが、小さい会議室がいっぱいになるくらい集まってくれた。ずっと会えていなくて気になっていた人とも会うことができた。お互い、だいぶ前から顔を合わせつつ、あまりちゃんと話せていなかった人と改めて出会い直すことができたりもした。東京を離れてから出会った人だけれど、これからもやりとりをしていきたいと思う人たちもいた。

僕は、その場で、自分が東京を離れたことについて語りなおした。

僕は、沖縄に越してから、正直心のどこかで後ろめたい思いを抱えていた。それは、東京で支えてくれた人たちとの関係を一方的に切るかのようにその地を離れたような気がしていたからだ。

東京を去った理由は、これまでもいろんな表現で書いたり語ったりしてきた。どれも本当なのだけど、今ようやくその根底にあった感情が整理できるようになって気がする。そのことを、その集まりで語り、東京で知り合った大切な人たちともつながり続けて行きたい、ということを伝えた。


「どちらか」でなく

もちろん、沖縄でも一緒に活動する仲間がおり、支えてくれる人がいて、大切な関係が広がり深まっている。でも、エッセイ集の『誰もが誰か一緒に歩けるように』の「あとがきにかえて」にも書いたのだけれど、ある友人の言葉から、どちらかを選び、どちらかを捨てるというものではないのだと気づかされた。

そして、この集まりでは、僕のパートナーが、僕の東京ー沖縄の行き来の意味について、とてもわかりやすい表現で説明してくれた。このときの話も含めて、そして東京を去ったことの振り返りや、沖縄に越してから考えてきたことなどをまた文章をまとめられたらいいなぁ、と思っている。ちょっと大変な作業だけど…

(ちなみに…早稲田大学では、招いてくださった先生や、運営準備をしてくださった助教の方々、聞きに来てくれた人との素敵な出会いがありました。あらためて企画くださった先生に感謝。)


ーーー以下、宣伝ですーーー

沖縄タイムスで連載していたエッセイをまとめなおした拙著『誰もが誰かと一緒に歩けるように』、販売しています(表紙を入れて48pの薄い冊子ながら1000円+税と寄付込み値段で恐縮ですが…)。これからGRADiオンラインショップでも発売する予定ではあるのですが、とりあえず、メール&振り込みで送付しております。ご希望の方は、gradi☆me.comへご連絡ください(☆をアットマークに変えてください)。

店頭販売は、ジュンク堂書店那覇店さんと、BIG GYM上野店さん(ゲイ/バイセクシュアル男性向けのショップなのでそれ以外の方はご遠慮ください)で販売いただいています。

ジュンク堂書店那覇店さんでは、2階の沖縄関連本コーナーの教育の棚にあります。また、ジュンク堂書店那覇店さんで、2月14日(金)午後7時〜、この本をテーマにした(&バレンタイン記念?)のトークをおこなう予定です。


a0137527_15475948.jpg

[PR]

# by hideki_sunagawa | 2014-01-30 15:48 | Diary