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2012年 01月 10日

LGBTニュース紹介01/10

久々にLGBTニュース紹介。

▼NHK紅白歌合戦、レディガガの歌詞の翻訳が問題に


大晦日のNHK紅白歌合戦に、世界的に人気のある歌手レディガガが、収録の形で出演したが、その翻訳に多くの問題があり、ツイッター上などで議論を呼んだ。

「Born This Way」は、米国でもLGBTも大いに励まされたとして評判になった曲。それは次の歌詞による。

No matter gay, straight or bi
lesbian, transgendered life
I'm on the right track, baby 
I was born to survive

ゲイだろうとストレートだろうとバイセクシュアルだろうと
レズビアンだろうとトランスジェンダーだろうと(問題じゃない)
私は正しい道を歩んでいる
私は生き抜くために 生まれてきた

(歌詞と翻訳の引用:gladxx

しかし、紅白では、その歌詞が「性的好みなんてどうでもいい/私は正しい道を進んでいる/どんな困難も乗り越える」と翻訳された。

あちこちで論じられているが、性的なあり方を「好み」と表現されてしまったこと、「どうでもいい」という訳の仕方が、逆に、性的なあり方を主張することと否定しているように読めるといったことは大きな問題だろう。

また、ゲイやレズビアンといった言葉が、公的には使ってはいけない言葉であるというイメージも植え付けることになってしまった。もともとマイノリティを力づける曲であるにもかかわらず、この翻訳のせいで、日本では逆の作用をもたらすことになってしまった。

また、「障がい者」を意識して使われていると思われるdifficulties「障がい」も、困難と訳されるなど、多くの翻訳上の問題が指摘されている。


▼宮崎県青少年健全育成審議会の同性愛をめぐる記述に抗議

「平成23年度第2回宮崎県青少年健全育成審議会の概要」に、同性愛に関連して、無知と偏見に基づく発言が記録されていることがわかり、そのあまりのひどい内容に驚きの声があがっている。「有害図書類の指定について」の議論だが、次のような発言がおこなわれている。

ーーー
A 委員 (略)また、女性リード型の描写が進むとホモセクシュアル的な傾向が出てきて、心理的にノーマルな性交渉が難しくなるんですね。

男性の意識の中で、自分がリードできないんじゃないかと考え、一概には言えないと思いますが、ホモセクシュアルの方にいく傾向が強くなるといわれています。

まさに今日の本の中では、その傾向が出ていたので、青少年の目につく形で普通の本と混在しているのはとても危険だなと思いました。
ーーー

このような同性愛の「原因論」は、全く根拠のないものであり、偏見を増長し拡大させるものと言わざるを得ない。既に、審議会で委員の発言として出されたものを、消すことはできないが、この発言が無知と偏見に基づくものであることを伝える必要があるだろう。

この内容についての問い合わせは、以下の通り(私もとりあえずメールを送りました)

<追記>後日、この問題の記述はサイトから削除されました。多くの人が抗議の声を寄せたのだと思います。ということで、こちらに掲載していた問い合わせ先も削除しました。



▼ジャマイカの新首相、LGBTの人権保護を明言

今年年始からの就任となるジャマイカの新首相ポーシャ・シンプソン=ミラー (二度目の就任)が、「性的指向によって差別されてはならない」と明言し注目されている。

もともとジャマイカには、同性愛行為を違法とする法律があるが、彼女は、同性愛者の人権が守られるべきとも発言し、内閣に同性愛者が入ることも認める、とも語っていることから、今後、LGBTをめぐるジャマイカの状況が改善されるのではないか、と期待されている。


▼ハワイ州、デラウェア州で、シビルユニオン施行

今年に入り、米国ハワイ州とデラウェア州で、同性カップルのシビルユニオン(パートナー関係を保証する法律)が施行された。また、ワシントン州も知事が「結婚の平等化」(同性婚の認可)を認める発言をおこなっており、近いうちに同性婚が実現するのではないかとみられている。

近年、同性間のパートナーシップを法的に保護する動きは、米国内やヨーロッパだけでなく、中南米でも広がりつつある。
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# by hideki_sunagawa | 2012-01-10 05:58 | LGBT/gender
2012年 01月 08日

ホームシック?

年末年始、東京の風景が夢に現れて、胸がキューンとなることが続いた。そして、せつない感情をひきずりつつ目を覚ます。起きてしまえば、その感情はどこかへ消え去っているのだけれど、その夢の印象は強く残っていて、なんだか不思議な気持ちになる。

普段、「東京が懐かしい〜!帰りたーい!」という感情が沸き起こることはない。もちろん、そこにいる友人たちのことが懐かしくなり、会いたいと思うが募ることはたくさんあるけれど…。

でも、夢の中にはそういう感情が現れる。まさに深層心理というものか。そして面白いのは、その夢に出て来るのは人ではなく、場所なのだ。人とのつながり感は、想念という側面が強いからか、距離が離れても、今はまだそんなに変化したという印象はない。


しかし、場所は身体的な経験のせいか、距離を強く感じているのかもしれない。それは、意識されるものではなく、身体で感じるものだから、起きていて意識がコントロールしているときより、寝ているときのほうが現れやすいのだろう。僕は沖縄の街の方が歩いていて楽だと感じるのだけれど、やはり馴染んだ(=身体化した)というものは大きい。

東京にいるときは沖縄が恋しくなり、沖縄にいると東京が恋しくなる。どちらにいても、ホームシックのような気持ちがよぎる。そして、どこかどちらにいても、完全に溶け込むという感覚はない(前も書いたような気がするけれど…)。実はそこから、動こうとするエネルギーが生まれているのかもしれない。

今後、時間が経てば、また感覚も変わるのだろう。さてさてどう変わっていくのだろうか。
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# by hideki_sunagawa | 2012-01-08 05:46 | Diary
2012年 01月 06日

絵本『パパと怒り鬼』

友人が、いい本だから読んで欲しいと『パパと怒り鬼ー話してごらん、だれかにー』というノルウェーの絵本(日本語版)を送ってくれた。DV(ドメスティックバイオレンス)が存在する家庭での、子どもの気持ちが実によく描かれている。

a0137527_2321492.jpgDVのある家庭で、子どもが日々経験する緊張感、「自分のせい?」と思う気持ち、どうしたら脱出できるのかわからない閉塞感、救いを求めたいけれど出て来ない言葉…。

そのような子どもの思いを描きながら、DVによくあるパターン(緊張がつのった後、暴力がふるわれ、その後、加害者側が反省を示す)も、父親の中にいる「鬼」としてうまく表現されている。

子どもに、あなたのせいじゃないよ、と力強く伝えつつ、そして、加害者が更正プログラムを受けることの大切さも訴える内容(ここでは、直接的に暴力を受けている女性にはあまり焦点はあたっていないが、暴力を受けるパートナーの保護や救済、支援についても、きっと様々な施策がおこなわれているのだろう…と推測)。

この絵本の巻末にある解説では、ノルウェーでの更正プログラムについても触れられていた。ノルウェーでは、1987年からATV(オルタナティブ・トゥ・バイオレンス)という民間団体がパートナーに暴力をふるう男性に対する更正プログラムを開始したとか。来所する人のほとんどはしぶしぶやってくるが、プログラムを途中で辞めてしまう男性はわずかだという。


この絵本を読みながら、胸がキリキリ痛むのを感じたが、もしこの本に幼い頃に出会っていたら、とても力づけられ、励まされただろうなと思った。僕もDVのある家庭で育ったからだ。2000年に亡くなった父はいわゆる「酒乱」だった。僕がフェミニズムに関心を持つようになった背景には、自分がゲイだったということだけでなく、この経験も大きいと思っている。いつか、この経験もちゃんと語って行くつもり。今は、あることを考えて、その時ではないと判断しているけれど。

本当に多くの人に読んで欲しい絵本だ。これを送ってくれた友人には心から感謝。
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# by hideki_sunagawa | 2012-01-06 06:19 | LGBT/gender
2012年 01月 01日

今年もよろしくお願いします

2012年が始まりました。いったい今年はどんな年になるのでしょうか。世界情勢も、日本の社会も、そして、僕自身の生活もまさしく不透明。

僕自身の生活で言えば、沖縄に引っ越してそれなりに経ったとはいえ、今年こそが正念場。一年後、沖縄でそれなりに安定して生活を送れているとするならば、幸せなことです。さて、どうなることやら。

今年の僕の抱負は、(生活を安定させることは抱負というより、絶対に実現させなければならないことなので別扱いにするとして)、博士論文を書籍化し出版すること。欲を言えば、さらに、別の本の出版の目処をつけること。あと、レインボーアライアンス沖縄で、年に2−3回の企画をおこなうこと、かな。あ、そして、車を運転できるようになることも!

一年後、どれだけ達成できているかチェックしなければ。今年もどうぞ、よろしくお願いします。
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# by hideki_sunagawa | 2012-01-01 07:17 | Diary
2011年 12月 28日

一年を振り返りつつ

今日は誕生日。年の瀬なので、この日に、この年/歳を振り返ることが多い。一年前の日記を読むと、春に沖縄へ引っ越すことを念頭に次のように書いてあった。

「44歳は、大きな変わり目の年になる。ローカルなもの、リージョナルなもの、グローバルなものを意識しつつ、活動していきたいなぁ、と思っている。不安も大きいけれど、楽しみでもある。」

いつも「一年後はどうなっているだろうか」という思いがある。そういう意味では、本当は不安の方が大きい。でも、「何がどうなるか、わからない」は、「とても素敵な日々を送っているかもしれない」ということでもある。

誰と出会って、どういう関係を築いているのか、どういう生活をしているのか、どういう役割を社会の中で果たしているのか…、これからも、それを敢えて「楽しみ」と意識していきたい。

活動は、ようやくローカルなところに根付きつつ始まったところ。少しずつ無理せず広げていければいいなぁ、と思っている。


東京で3月11日の経験をした後に沖縄へ引っ越し…という経験には、今も言葉にできない複雑な気持ちを抱えている。でも、奇妙な表現だけれど、あの時、東京にいたことは良かったと思っている(もちろん、あの震災はなかったほうが良かったわけだけれど)。その後の東京には、まるで大きな裂け目が入ったような印象を受けた。物理的な意味じゃなく。そしてどんよりしていた。今は、もう「戻った」ように見えるけれど、それはシートのようなもので覆われているだけだ。

その後の、原発をめぐる問題を代表的なものとして、日本の様々な領域の制度がどうしようもないほどに腐敗し崩壊していたのだ、ということを目の当たりにし、そして今、社会の進んでいる方向を考えるととても憂鬱になる。

僕自身の生活は、「裕福」と言えるものではないし、いつ喰えなくなるわ分からないような生活だけれど、たくさんの人の支え(=愛)を受けて幸せだ。しかし、だからこそ、社会がどんどん弱い立場にいる人を切り捨て、その中で文字通り命を失っていく人たちがいることに胸が痛む。

社会のこの流れを変えるのは非常に困難に見える。でも、やはり少しずつ、自分のできることをやっていくしかない。最近出会ってこのブログでも触れた、「木ぃんかいささがす゜ばーんかい、かたてぃしささがりよ」(木にぶら下がる時は、片手でぶら下がりなさい)という言葉を胸にしつつ。


…と、一年を振り返ってしまったので(笑)、次回は年明けにでも。ということで、皆さん、良いお年を!
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# by hideki_sunagawa | 2011-12-28 16:20 | Diary
2011年 12月 27日

復活(?)

予告した通り、今日から復活(遅くなったけれど)。でも、これからどれくらいの頻度で書くかは未定です…。

で、肝心な原稿…。一応出すには出したけれど、「終わりました!」と自信を持って宣言できるほどの仕上がりじゃなく、年明けからまたしばらくとりかかることになりそう…。

途中で、あまりの大変さに、「うー、もうやめるー」とか「無理だー」とか思ったりもしたけれど、こうして文章を書く時間があるのは、とても贅沢なことだよな…と思ったら、この大変さを満喫しながら、できる限りやろう、と思えるようになって、なんとか乗り切りました。

とかなんとか言っているうちに、今年ももうすぐ終わり…。明日あたり、今年一年を振り返った日記を書こうかな。
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# by hideki_sunagawa | 2011-12-27 21:04 | Diary
2011年 12月 14日

しばしお休み

10週間連続で(つまり70日連続<僕にしてはすごい!w)書いてきたブログですが、これから2週間ほど休みます。

実は、26日締め切りの大きな仕事(?)があるのです…。もう2週間を切ってしまったので、ちょっと気合い入れねば、ということで。

この執筆をどれだけのレベルで仕上げられるかは、僕にとって一つの大きな分かれ目のような気がする。がんばらねば。

力つきていなければ、27日に再開する予定です。「無事に終わりました!」と報告できますように。年末年始、お忙しくなる方もたくさんいらっしゃると思いますが、くれぐれもお体にお気をつけて〜。
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# by hideki_sunagawa | 2011-12-14 06:17 | Diary
2011年 12月 13日

こだまでしょうか、いいえ、誰でも。

昨日、あるゼミに招かれて、セクシュアルマイノリティに関連して話をしてきた。講演とか講義というより、「お話してきた」という感じ。とてもいい雰囲気のゼミだった。皆、真摯で真面目で温かくて。

今回招いてくださった、このゼミの先生に初めてお会いしたとき(先月の上映会&トークに来てくれた)、「わ、なんて柔らかい、包み込むような雰囲気の人なんだろう?」と思って驚いたのだが、今回、ゼミ生たちに会って、まさにこの先生のゼミだなぁ…と感じた。

こういう場に来ると、話す方も熱が入るし、安心して自分自身の経験を語れるので、より深い思いを伝えられるような気がする。


終わってから、ふと、大震災の後に、テレビでひっきりなしに流れていた公共広告で使われていた、金子みすずの詩を思い出した。

「『遊ぼう』っていうと『遊ぼう』っていう。『馬鹿』っていうと『馬鹿』っていう。……『ごめんね』っていうと『ごめんね』っていう。こだまでしょうか、いいえ、誰でも。」

毎日毎日、うんざりするほど繰り返されていた当時のCMは、あの頃の大震災の映像や、東京のどんよりした雰囲気を思い出すので、好きではないのだが、ここで言われていることは、わかる気がする。

ある態度が、それに触れた人に影響して、またそれが自分に返って来たり、あるいは他に伝播したりということはあるよなぁ…と。


全ての問題に対して「人間関係における問題の解決は、自分が変わること」というアドバイスをするのは違うと、僕は思っているのだが、コミュニケーションの一つの心得として、「自分の態度が相手の態度に影響する(ことが多い)」ということは、頭においておくのは悪くないだろう。

もちろん、そう分かりつつも、摩擦や衝突の経験や「馬が合わない」的な感覚から、柔らかい態度で接するのは無理!って思うことも少なからずあるけれど…。


もともと、カッとなりやすいタイプだけれど、こうして色んな出会いの中から学び、自分を成長させていけるといいなぁ、と思った。人は常に成長できるものだから。
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# by hideki_sunagawa | 2011-12-13 06:10 | Diary
2011年 12月 12日

LGBTニュース紹介12/12

▼米国オバマ政権がLGBTの人権をグローバルに推進することを宣言

LGBTの人権を前進させるために国際的に取り組んで行くことを明言したオバマ大統領のメモランダムが発表された。

メモランダムでは、世界各地でのLGBTに対する暴力や差別に対する懸念が表明され、LGBTへの差別を終わらせることは、国際的な挑戦であり、米国にとって人権を推進していく上で、中心的な課題としている。

そして、おこなっていくこととして、海外でのLGBTの犯罪化と闘うこと、LGBTの避難者を守ること、人権を守り、差別を無くすために他の国々を支援すること、LGBTの人たちの人権侵害に対して迅速に対応すること、LGBT差別と闘う国際的な組織と連携すること、今後、進展をレポートすることを挙げている。

オバマ大統領のメモランダム


▼クリントン国務長官、国連でLGBTの人権を訴える

オバマ政権の宣言に引き続く形で、米国のクリントン国務長官が、国連人権理事会で、世界各国に向けてLGBTの人権保護の推進を訴える演説をおこない、「同性愛者の権利は人権であり、人権は同性愛者の権利だ」と述べた。

クリントン長官はまた、300万ドルの基金を創設し、同性愛者の人権保護活動を行っている市民団体や非政府組織の支援に充てると発表し、各国からの寄付も呼びかけた。

また、この歴史的な演説のために、世界各地からLGBTの活動家が集まり、その内容を高く評価している。

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これは、12月10日の人権デーに向けての動きだが、他にも、国連で「性的指向や性自認に関する暴力や差別に集結を」と呼び掛けられたシンポジウムが開催され、世界各地の活動家も参加して、LGBTの人権保護の国際的な実現を求めた。

国連のシンポジウムの映像

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この一連のニュースから、LGBTを取り巻く環境がグローバルに大きく動くことが予感を感じた。オバマ大統領の選挙戦略という説もある(それが選挙に有利に動くと考えられる状況がすごいのだが…)、また、諸外国への覇権を強める手段として考えている可能性もある。

後者に関しては注意が必要ではあるが、その可能性も見つつ、しかし、LGBT関係の活動をしているものとしては、この動きは高く評価したい。そして、この流れの中で、日本のLGBT活動をしている者たちも、グローバルな視点を持ちながら行動していくことが求められるだろう。
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# by hideki_sunagawa | 2011-12-12 06:00 | LGBT/gender
2011年 12月 11日

今週の写真

これから日曜日は、この1週間内にとった画像をアップしてみようかな…とふと思ったり。写真うまく撮れないけど。たくさん撮っているうちに少しは上手になるかも、とも思うので、積極的に撮るようになるためにもいいかも。ま、iPhoneで撮ることが多いし、大した写真はないと思うけど。

昨日、友人と食事をした後、サイオンスクエアをぶらついてたら、つがいらしきアヒル(?)が…。なんだかずっと寄り添っていてかわいらしかった。じっと様子を見ていると、色のついた方が、「もう行こう」と白い方に言っているようにも見えた。

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しばらくすると、白い方が腰をあげて、なんだか重そうなお尻を振りながら、やはり連れ添って去って行った。動物のコミュニケーションって不思議。

このアヒルに出会う直前には、その近くの川で、二匹の亀が至近距離で顔を向かい合わせて、その距離を保ちながら泳いでいる(というか、半ば流されている)のを見た。その二匹の間にも、なんらかのコミュニケーションのようなものが図られているようだった。同時に二匹とも水の中へ潜って行って、見ている間ずっと浮上して来ることはなかった。やはり、こちらもつがいだったのだろうか。

その後、友人とお茶。僕と相方へのプレゼントとして、クリスマスバージョンのベアーブリックをくれた。よく考えたら、これもペア(つがい?w)だ。

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昨日は、なぜか、そんな「対」に出会う不思議な一日だったなぁ…。
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# by hideki_sunagawa | 2011-12-11 06:06 | Diary
2011年 12月 10日

ぜいたく

お気に入りの皿に乗せた天然酵母のフランスパン。ちょっと変わったものをペーストに…。このペーストがおいしいこと! まさに、美味。さて、このペーストは…?

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実は、友人からもらった「豆腐よう(豆腐餻)」。豆腐ようは、島豆腐を米麹、紅麹、泡盛によって発酵・熟成させたもの。店頭で売られていたり、居酒屋などで出て来る豆腐ようの多くは、四角い形を保ち、周りが鮮やかな朱色。少しクセがあるので、ほんのちょっとずつ、爪楊枝などで食べるのが通常だ。

でも、この豆腐ようは、形が完全に崩れていて、色は均一じゃなく薄い桜色〜紅色(後ろに写り込んでいる瓶に、その豆腐ようが入っている)。これまで食べて来た豆腐ようも基本的には好きだったのだが、この豆腐ようを食べて、全く別物と言っていい美味しさに驚いた。味噌とチーズを合せたような風味。まろやかさだが、やはり豆腐ようの独特な「くせ」も適度にある。

友人によると、自宅で個人でつくって売っている人から知人づてに購入したという。

こういう、大量生産じゃないもの、手塩にかけられたもの、長い時間によって磨かれたもの、一つ一つに思いがこもっているもの等を食べられることを贅沢って言うんだよなぁ…としみじみと思う。外で豪華なもの、おいしいものを食べるのもいいけれど、節約生活が基本の僕には、これくらいがちょうどいい。

アルコールと一緒もいいが、最近は、引っ越す前に、東京でお茶屋さんをやっている友人からいただいた烏龍茶と。これまた質のいいもので、甘みと優しい豊かな香りが印象的。

どちらも友人からの贈り物というのが、僕の人生そのものを表しているようだ(笑) そして、そのような友人の気持ちも含めて、幸せなこと。

最近、なんだかまた寂しさや不安が募ってローな感じだけど、こうした幸せな気持ちを時々味わいながら、日々を乗り越えて行こう。
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# by hideki_sunagawa | 2011-12-10 06:23 | Diary
2011年 12月 09日

元真珠湾攻撃隊長の証し

昨日、12月8日は真珠湾攻撃の日だった。このとき攻撃隊長だった淵田美津雄氏が、その後、キリスト教徒となったことは、ほとんど知られてない。彼の著書から抜粋、編集された文章がネット上に掲載されている(「淵田美津雄(ふちだ・みつお) 元真珠湾攻撃隊長の証し」)。

初めて読んだとき、彼がこうして悔恨していたことを、もっと多くの人が知るべきではないかと思った。彼は冒頭にこう書いている。

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いま私の胸に去来することは、私は祖国日本を愛し、火のような敵愾心(てきがいしん)を抱いて戦ってきたが、それはいわれなき憎悪(ぞうお)ではなかったか。

祖国愛と見たなかに偏狭にして独善なものがなかったか。人類を、そして世界を理解することを忘れていたのではなかったのか。

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その後に出て来るエピソードなど、全体として、キリスト教徒としての信仰が前面に出ているので、違和感を感じる人もいるかもしれないけれど、真珠湾攻撃隊長が、このように考えるようになったことはもっと多くの人が知ってもいいのではないか、と思う。
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# by hideki_sunagawa | 2011-12-09 06:10 | Diary
2011年 12月 08日

木にぶら下がる時は…

▼懐かしのみゃーくふつ

このブログでも何度も紹介している、みゃーくふつ(宮古島の言葉)で歌をつくり自ら歌っている下地勇さんが、みゃーくふつで語っている動画をYouTubeで発見(リンクは一番下に)。

僕も、昔は、宮古島出身の僕の両親や親戚がこのような言葉で会話をしているのを耳にしていたので、とても懐かしい(とはいえ、字幕がないと20%ほどしか理解できないけど…&母親に言わせれば、彼の出身集落の言葉と、僕の両親の出身集落の言葉はちょっと異なるらしい)。


▼「島くとぅば」を学校で教えることについて

この中で、彼は、「島くとぅば」(島の言葉)がなくなっていくことへの危機感についても語っているが、最近の「うちなーぐち復興運動」と少し違う見方を提示している。学校で教えることは大事だけれど、教育の中に組み込まれて行くと、結局は、覚えることに義務感とか負担感を背負わされるのではないか、それはどうなんだろう?と疑問を呈しているのだ。

そして、自分は「島くとぅば」を残そうとして歌っているわけではなく、その言葉でしか表現できない世界を歌っているのだ、とも言う。彼自身が、みゃーくふつという島くとぅばの世界で生きてきたからこそ、そして、それを今も生活の一部としているからこそ出て来る語りだと思った。


▼「木にぶら下がる時は…」ということわざ

全体としてとても興味深いが、特に、いったん収録が終わってから録画を再開したと思われる、6分頃からの黄金言葉(言い伝えられていることわざ)をめぐる話が心に残った。

そこで紹介されている言葉は、「木ぃんかいささがす゜ばーんかい、かたてぃしささがりよ」(木にぶら下がる時は、片手でぶら下がりなさい)というもの。

それは、こういう意味だそうだ。

両手を離すと地面に落ちて痛い思いをするわけだけれど、それは、自分が何かから逃げるか、何かを放棄するかして自ら痛みを被るということを表現したもの。かと言って、両手でぶら下がっていると、その場所から動くことが出来ないし、上へ上へと登って行くこともできない。また、誰かを助けようと思っても、手を差し伸べることもできない。一番いいのは、片手で自分の大切なものをしっかりと掴むといこと。それは、とても力が必要でしんどいけれど、そうすれば、離している手を人のために差し伸べることができる。

面白い表現! まさに、その地域で生きている言葉の世界という感じがする。そして、ここで言われていることは、僕がこれまで活動をやってきた中で痛感していることとも合致しているし、これからも活動を続けて行く上で、肝に銘じなければと思う人生訓だ。


▼動画案内

というわけで、この動画は、みゃーくふつの言葉の世界を垣間見せてくれていて、一見の価値あり。
ただし、外国語の字幕と同じで、分かりやすいように言葉が足されたり、逆に削られたりする部分がどうしてもあり、そのため、語られてる内容と字幕のタイミングも少しずれている部分があるので、そのことは念頭におきつつ、観ていただけたら。「木に…」の話は、六分頃〜。

(YouTube)Shimoji Isamu: MIyako Language

僕にとっては、なじみ深いから当然と言えば当然なのだが、僕は、「うちなーぐち」(本島の言葉)よりも、「みゃーくふつ」の方が好きだなぁ、と改めて思った。
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# by hideki_sunagawa | 2011-12-08 10:55 | Okinawa
2011年 12月 07日

助けを求める大切さ

昨日、母親の胆のう摘出の手術があり、3時間以上病院で待つ事に。その間、姉と色々な世間話をしたのだが、その中で、様々な問題を抱えている人たちの話を聞いた。

そして、どれも問題が現在進行形ながら、家族内の問題、個人の問題として考えられているようで、他者の力を借りての解決の模索、あるいは、その大変な状況を生き抜くための下支えが得られてない状況が気になった。

家族内の問題として意識され、その中でなんとかしようと思っていることの多くは、同じような問題を抱えている人がたくさんいて、自助グループや支援グループがあったり、その問題に関する専門家がいたりする。

そのようなリソースにアクセスできるかどうか、あるいは、それ以前に、そういうものがあるということを知っているかどうか(あるかもしれないと思えるかどうか)によって、その問題の生き方が全然違って来るものだ。


例えば、子に、何らかの「障がい」と呼ばれるような特徴があった場合、その子の「問題」だからしょうがないと考えてしまうか、社会やコミュニティ、ネットワークが整えば、その特徴があっても安心して、安全に生活できたり、活き活きと生きられるようになるのであって、それができないのは、その周りの環境が不十分だからと考えるかによって、その子の生活の質や、人生は大きく異なるだろう。

それは、他の問題にも言えることだ。パートナーからの暴力を、個人関係と考えるのか、社会的な問題と考えるのか、依存症を解決するために本人の意志が全てと考えるのか、専門家や当事者グループのサポートを得るのか。

家族の一員がHIVに感染したことを知ることになったときに(本人の同意なく本人に知らせることはしてはいけないことだが、いまだに、家族に勝手に伝える医師もいなくはないとか)、「本人の責任」と考えて、家族が支援せずに離れたり、理解する努力をせずに一切関与しないという態度をとるのか、それとも、支援グループなどにアクセスするのか。


いずれも、後者の発想をしたからといって、「解決」できるとは限らない。しかし、後者の方が、少なくとも、その状況をなんとか悪化させずに、やり過ごして行けるようになったり、そうこうしているうちに少しずつ好転したりする事もある。

だが、そのことを知っている人は少なく、そのせいで、問題が余計に複雑になったり、複雑になったり、別の問題を招いたりする。最悪の場合、命の問題にもかかわってくる。


だから、家族内やパートナー間、あるいは一人で抱え込まずに、外に助けやサポートを求めることは、重要だ。もちろん、助けを求めた先が、うまく対応できるところとは限らない。たまに、支援しているはずのところなのに、サポーティブな態度を示さないこともある。

そうなると、絶望したくなるが、それでもあきらめずに探すこと。少なくとも、ただひたすら抱え込んでしまうより、その方がより良い状況になる(より悪い状況にはならない)可能性は遥かに高い。

とりあえず、姉の知人の問題の一つに関しては、自助グループを調べて伝えてみた。少しは役に立つといいのだが。
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# by hideki_sunagawa | 2011-12-07 06:20 | Diary
2011年 12月 06日

青空

先月から今月にかけて、雨が多い。昨日、一昨日は、久しぶりに気持ちのいい青空が広がった(昨日からまた雨が降っているけれど…)。

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夏とはまた違う空模様に、しばし心を奪われる。

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沖縄での生活にまだまだ不安がいっぱいで、でも、東京に帰りたいわけでもなく、どこかへ外国へ行ってしまいたい(できるならば)と思ったりもするけれど、こういう空を見てほっとできるうちは、なんとかなるような気もする。

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# by hideki_sunagawa | 2011-12-06 06:08 | Diary
2011年 12月 05日

LGBTニュース紹介12/05

▼ロシアの反ホモフォビア法案へ反対する動画

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サンクトペテルブルクで、同性愛やトランスジェンダーなどの情報を未成年者に伝わる形で提示することを「プロバガンダ」と位置づけ、違法とし、罰金を科す法律が通りそうになっているが、この法律に反対する動画が作成された。

ロシアは、1993年に同性愛を非犯罪化(合法化)したが、近年また社会的差別が強まっており、欧米諸国から批判が高まっている。

Stop the Homophobic Bill Together!(英語字幕付き)


▼ナイジェリアで反同性愛法案が上院を通過

29日、ナイジェリアの上院で、同性愛を禁じる法案を可決された。この法案は、同性愛者を14年の禁錮刑に処すことができる。また、同性愛をサポートした者に対しても、10年の禁錮刑が科せられる可能性がある。下院での採決、ジョナサン大統領の署名をもって成立する。

この問題に関して、キャメロン英首相が、「英国の援助は、性的指向を理由に国民が訴追されるかどうかを鑑みて条件を厳しくすべきだ」との談話を発表したため、アフリカ各国の指導者は、植民地政策的だとして強く反発している。

アフリカで同性愛に対し厳しい国が多いことの大きな理由の一つとして、英国の植民地時代に持ち込まれた法律の影響がある。アフリカの問題にかかわるNGO関係者からは、まずこのことを英国は謝罪すべきではないかという意見も聞かれる。

この法律が最終的に成立しないように、署名が呼び掛けられている。

ALL OUTの署名サイト


▼マニラでプライドマーチ

12月3日(土)、1000人以上のLGBTが参加して、フィリピンのマニラでプライドマーチが開催された。現在、フィリピンのゲイ団体では、反差別法を通すべく議会に働きかけているという。このパレードでも反差別や、HIV対策費の増加などが呼び掛けられたようだ。

実は、アジアで最初にパレードが開催されたのはマニラで、1994年の6月。日本より2ヶ月早い開催だった。その最初のパレードの映像もYouTube上にアップされている(画質はかなり悪いが…)。 → First Gay Pride Parade in Asia

→ 今年のパレードについて伝える記事


▼欧州議会、クロアチアに同性愛者の権利保護を再通告

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欧州議会は、クロアチアに対し、2013年のEU加盟の前に、同性愛者の市民をホモフォビアやホモフォビックな暴力から守るための義務があることを、再通告する決議をおこなった。

昨年、欧州議会は、クロアチア、マケドニア、トルコに対して、EUに加盟するためには、実際に同性愛者らの権利を守るための保護措置をおこなうようにと通達していた。

しかし、今年の夏、クロアチアでおこなわれたプライドパレードは、反対派の投石などの暴力により中断させられており、警察の警備が不十分だったと批判されている。

→ Pink Newsの記事
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# by hideki_sunagawa | 2011-12-05 06:18 | LGBT/gender
2011年 12月 04日

つながるカミングアウト

昨日、沖縄を訪れているFtM(Female to Male:もともと体は女性だが、男性の性自認を持っている人)のお子さんを持つご両親二組と食事をする機会があった。

一組の方々には、東京で大変お世話になり、大変なときに支えていただいた。もう一組のご両親には今回初めてお会いした。このお二組の結びつきの経緯をうかがって、カミングアウトをめぐって、いろいろ考えるところがあった。


二組の関係は、今回僕が初めてお会いしたお母さん(Aさん)が、自分のお子さんがFtMであるということをある会で話をし、その会に属していたもう一方のお母さん(Bさん)が、それからしばらくして、自分のお子さんからやはりFtMであるということを聞くことになり…という興味深い偶然のつながりから始まったという。

そして、BさんはAさんに相談するようになり、その中でずいぶんと支えられたと。

もしも、Aさんがその会で自分の子の話をしなければ、Bさんはすぐには相談相手を見つけられなかったかもしれない。さらに元をたどれば、Aさんのお子さんがご両親に話をしなければ、そういうつながりもうまれなかった(性同一性障がいの場合、言わずにい続けることは難しいが…)。


それは、ゲイやレズビアンでも同じことが起こりえるだろう。よく、「カミングアウトは、自己満足」という言い方がある。そういう面は確かにある(しかし、自己が満足することはいけないことだろうか?また、多くのことはつきつめれば自己満足ではないのか?)。

また、それぞれ自分が置かれている状況を冷静に判断しつつカミングアウトしなければ困難な状況に追いやられることもある以上、するかどうかはそれぞれにしか決められない。しかし一つ言えることは、カミングアウトが、つながっていって、誰かの支えになるかもしれないということ。もちろん、そのためには、カミングアウトを受けた側も話せるような環境が必要だ。

僕がわざわざ公にゲイであることをオープンにするのは、そういう環境をつくれる一助になればと思ってのことだ。結果どうなるかはわからないけど、沖縄で、これから自分自身のあり方に気づく若いLGBTが「そういえば、自分のことを公にして堂々と生きててる人がいたなぁ」と思って、少しはほっとするような、そんな風になるといいのだけれど。
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# by hideki_sunagawa | 2011-12-04 06:14 | LGBT/gender
2011年 12月 03日

知られざる歴史〜沖縄戦の「朝鮮人軍夫」〜

先日、NHK沖縄放送局の夕方のニュース番組で、読谷にある「特攻艇秘匿壕群」という戦跡を紹介していた。特攻艇というのは、言うなれば特攻隊の船版で、爆弾を積んで敵の大きな戦艦にぶつかっていくというもの。実際には、ほとんど「成果」はなかったらしい。

その秘匿壕を堀ったのが、「朝鮮人軍夫」だったという。沖縄でも知っている人は少ないが(僕も、恥ずかしながら、このことを知るようになったのは実は比較的最近のこと)、沖縄へも万単位の人数の「朝鮮人軍夫」が連れて来られたと言われている。もちろん、それに加え、「日本軍慰安婦」にされた女性たちも(宮古島では地元の人が中心となって、「慰安婦」の人のための碑ができている)。


この番組では、この秘匿壕で強制労働させられていた「軍夫」たちについて、その20人くらいが滞在していたという民家の息子が証言していた。現在75歳になる彼は、「軍夫」たちの苦しみに思いを馳せ、彼らの苦しみを伝えたいと口を開いてくれたようだ。

彼は、その作業場である壕から彼の家は20-30メートル離れたところにあるが、兵士に激しく暴力を受け泣き叫ぶ声が聞こえてきたと語っていた。そして、「人間という扱いじゃなかった」と。


そのような扱いを受けていた「軍夫」の一人が、ある時、近くにあった木をつかって、彼の母親に印鑑を掘ってくれたという。彼の母親が、印鑑を持っていなかったのを知って。その印鑑を、彼は母親から譲り受け今も大切にしまっている。そして、「きっと、母に、自分の故郷にいる家族を重ね合わせていたのでしょうね」と語った。

この取材映像の後のアナウンサーの「印鑑を堀ったのは、自分が存在の証を残したいという思いもあったのかもしれませんね…」というコメントが印象に残った。


読谷村だけで、数百人の「朝鮮人軍夫」が連れて来られたが、その多くは戦闘に巻き込まれ亡くなったという。また、慶良間諸島の一つ、阿嘉島では、空腹のあまり畑から稲や芋を盗んだ「朝鮮人軍夫」が処刑されるということも起こっている

実は、このような沖縄戦の「朝鮮人軍夫」に関して、NHKのアーカイブにアップされていて、誰でも観られるようになっている(このアーカイブはすごいと思う)。もっと、平和教育の中で、このような事実を伝えて行きたいものだ。

そして、その後、沖縄でそのことを語らずに生活していた元「朝鮮人軍夫」もいるであろう(いたであろう)ことも考えたい。

[証言記録 市民たちの戦争]“朝鮮人軍夫”の沖縄戦
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# by hideki_sunagawa | 2011-12-03 06:14 | Okinawa
2011年 12月 02日

HIV教育

昨日のNHK沖縄の夕方のニュースで、那覇高校(僕の母校!)で、HIVに関する講演会がおこなわれたと紹介されていた。

ほんの一部しか流れていなかったが、放送されたシーンは、性的ネットワークの図を示して、この中の一人でも感染していれば、みな感染する可能性がある、とか、不特定多数の人と性行為をしている友人がいたら、助言してあげてください、という話だった。

そして、講師は、「男性は自分の欲望を優先しないで、相手の女性を思いやってください。女性のことを考えるのが男女交際の原則です」と語っていた。


「誰にでも感染の可能性はある」ということを伝えたかったのだろう。しかし、90年代にそのようなメッセージばかりが流される中で、どんどん男性同性間での感染拡大が進んだことを考えると、今、このように異性愛的関係を強調する説明は、あまりいい方法に思えない。

放送の映像の中には入らなかった部分で、男性同性間での性行為についても触れられていたと信じたい。現在、日本のHIV感染の6割以上は男性同性間で起きているのだから。


しかし、男性同性間について触れられていたとしても、また、誰にでも感染の可能性があることを強調することを目的にしても、「交際の原則」についての説明は、男女の性別役割で語るのではなく、「お互い相手をいたわる、思いやる」という言い方の方がいいではないだろうか。

確かに既存の支配的な枠組みに乗った方が、メッセージは届きやすい。しかし、ジェンダーの役割イメージを強化する効率の良さを選んでしまうと、男女関係における根本的な問題を置き去りにしてしまう。それは、女性が主体的に行動を選択できないがゆえに、自分が予防したいと思ったときに、それを言えない、男性任せになるという問題である。

おそらく、先の「交際の原則」も、男女関係には力関係が生じることが多いことを意識してのことなrのだろう。ならば、その力関係を使って、男性にベターなリーダーシップを求めるより、その力関係を問題にし、お互いコミュニケーションをとり、女性自身も意思を表明できるお互いが満足する性行為を、と言うべきではなかったか。


また、今なお「不特定多数」を強調していることにも、疑問を感じずにはいられない。世界的にみれば、女性の多くは「特定」の相手から感染しているし、日本でも(異性間、同性間にともに)「特定」の相手から感染する人は少なくない。

「不特定多数」を強調することは、誰でも感染しうる、と言いながら、結局は、「遊んでいる」人が感染するものというイメージを広めているような気がしてならない。
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# by hideki_sunagawa | 2011-12-02 05:49 | HIV/AIDS
2011年 12月 01日

HIV啓発活動の歴史(のほんの一部)

▼「ハートをつなごう HIV特集」

今日は世界エイズデー。この日に向けて、昨日までの三日間、NHK教育テレビ「ハートをつなごう HIV特集」が放送されていた。最後の二日間は、男性同性間のHIV感染の問題、新宿二丁目での啓発活動について取り上げていた(昨年撮影された映像も使われいたので、僕も密かにミーティングシーンに、チラっと映り込んでいた…笑)。

このような番組が作られていることは、本当にすごいと思う。「ハートをつなごう」が「ゲイ/レズビアン特集」を組んで以来、当たり前のように感じる人が増えているが、今も、こういう番組をつくるのはとても大変なことだ。実現した人たちには、心から敬意を表したいし、感謝する気持ちを伝えたい。

この番組は、「一般」向けに発信されたものとしては、分かりやすく、HIVや新宿二丁目の様子がゲイの視点から描かれてもいて、実に画期的な内容だ。でも、東京の(というより日本の)HIV活動黎明期から今までの様子を内部から見て来たものとして、足しておきたいなぁ、と思うことも色々あった。


▼資金の問題

とりあえず、その中から一つ。現在の新宿二丁目での活動が実現した背景について。

この番組は分析することが目的ではないし、見ている人に共感を呼ぶことが大事なのだから、「活動内容」という見えやすいところにフォーカスするのは当然だ。けれど、この活動が実現されるまでの背景とそこに至る流れは、重要なので書き記しておきたいと思う。

それは、ゲイ向けの啓発活動が大きく変化するきっかけとなった公的資金の投入、そして、それが実現した流れだ。コンドーム配布やコミュニティセンターは、ボランティアの動機や志だけで成り立っているわけではない。いや、過去においてもそのような試みはかなりされてきたわけで、それが持続しなかったり、規模が小さかったのは、(比較的)安定した資金があったかどうかの差につきると思う。

安定した資金による活動の下支えが実現したのは、厚生省(現:厚生労働省)から、当初は、研究費という形で、後には事業費という形で(財団を通して流れるものも含めて)資金が提供されたことによる。「ゲイコミュニティ」へにおけるHIV啓発活動の分岐点は明らかにこの時点にある。


▼それは国際エイズ会議から

その流れを生んだきっかけは、1994年に横浜で開催された国際エイズ会議だ。このとき、「ぷれいす東京」の代表の池上千寿子さんが、世界のHIVのNGO/CBO(community based oragnization)の統括役となった。

国際エイズ会議では、NGO/CBOの影響力が大きい。厚生省と池上さんが統括するNGO/CBOコミュニティが恊働する中で、当時の厚生省の担当官はNGO/CBOと恊働することの大事さを知り、また池上さんも厚生省と信頼関係を築くことができたのだと思う。

その後、厚生省科研費のHIV研究班に、ぷれいす東京が研究の一部に加わる形で参加。それに少し遅れて、ぷれいす東京のゲイグループ「Gay Friends for AIDS」が、ゲイグループとして初めて、男性同性間のHIV研究班に、研究協力者として参加した。

それは、男性同性間の啓発活動や研究を牽引することになる市川誠一さんらが中心となっていた疫学研究グループがゲイサウナでおこなっていた調査方法をめぐっての意見交換や、その調査がおこなわれているゲイサウナへの啓発介入への参加という形だった。


▼批判の矢面に…

その調査方法に関してはゲイグループからの反発が強かった。そのため、当時「Gay Friends for AIDS」の代表だった僕は、その調査とセットとなっていた啓発介入に参加するかどうかという決断をめぐって、悩み、苦しんだ。苦しみの末に決断し参加したが、結局、ゲイのHIV関係団体で、その研究班に参加したのは僕たちのグループだけだった。それどころか、参加した後、他のグループからの激しい批判の矢面に立つことになり、眠れない夜が続き、泣いた夜もあった。

しかしその後、次第にHIV研究班にゲイのグループが参加することが当然のこととなり、市川さんが分担研究者から、主任研究者として啓発活動を含んだ研究班を持つようになり…。そんな風に、次第に大きな(とは言っても、状況を考えると不十分だと思うが)資金が「ゲイコミュニティ」に流れるようになった。

当然、その流れは自然にできたものではなく、市川さんや、ぷれいすの生島さんや池上さん、JaNP+の長谷川さんらが厚労省にその必要性を認めさせる努力をし、また、厚労省の中でもその実現へ向けて動く人たちがいたことによってできたものであることはいくら強調してもし過ぎることはないだろう。


▼歴史を書き記すこと

こういう変化が、活動の質と規模に大きな影響を与えていっことを書き記しておかなければ、今度、何かを実現していくための参考にはならないだろうと思う。

もちろん、はっきり言って、「あのときの僕の死にそうだった苦しい経験を忘れないでちょだーい!」と言いたい思いもある。あのとき、一つ間違っていれば、僕はその苦しみの中、精神的に病んだかもしれない。でも、そんな苦労も、誰も覚えちゃいないもんだねー(苦笑)

もちろん、エイズ会議の約10年前から、南定四郎さんがいち早く、自身が編集する雑誌『アドン』を通じてHIVの情報を流し、エイズアクションという団体を率いて活動していたし、電話相談もおこなっていた。『アドン』の影響力は本当に大きかったと思う。

また、アカー(動くゲイとレズビアンの会)は、ゲイとエイズが結びつけられることに強く抗議をしていた。それをどう評価するかは色々な意見があるが、ゲイがHIV問題に取り組んできた歴史として重要なことは確かだろう。

もはや、ゲイのエイズ問題への取り組みは、一つの歴史となっている。やはりこのことをちゃんと書き記さねば…と改めて思う。それは別に自分の苦労を覚えておいて欲しいからではなく(いや、もしかしたら、少しはそんな思いもあるかもしれない)、そうやって具体的にしっかりと書き記しておかなければ、ゲイの重要な歴史自体なかったことになってしまうし、他の分野に役立つこともないだろうからだ。

ということを前々から言いつつ、全然実現できそうな目処はたっていないけれど…。
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# by hideki_sunagawa | 2011-12-01 06:34 | HIV/AIDS
2011年 11月 30日

青いパパイヤ

僕のイメージの中では、沖縄的&東南アジア的なイメージのある野菜の一つ、青パパイヤ。タイ料理の「ソムタム」というサラダで食べたことがある人も多いだろう。でも、沖縄では、基本的にチャンプルーにして食べる。ツナ缶と一緒に炒めることが多いような…。

青パパイヤ、スーパーでみると一個300円〜500円という値段。好きなのだけれど、その値段に、「結構、その辺の庭でなっていることを考えると高く感じるなぁ…」と思い、なかなか買えずにいた。そんなときに、友人から「パパイヤ好き?」のメール。

a0137527_22151155.jpg「大好き!」と言ったら、三個も持って来てくれた。

なんと、妹さんの庭に勝手に育ったパパイヤの木から取れたものらしい。

庭でパパイヤ等ができる生活って憧れるなぁ…。

取り立てなこともあって、緑色がとても美しくて、見惚れるくらい。庭で取れたというこんなに美しいパパイヤをお裾分けでいただくなんて、なんか幸せ。

ちなみに…黄色い状態で果物として食べるパパイヤと違う種類なのではなく(もしかしたら、果物に適した品種があるかもしれないけど)、黄色くなる前にもいだパパイヤを青パパイヤという。というか、もともと沖縄ではパパイヤといえば、この青パパイヤだった(今も基本的にそうだけど)。

果物として食べるという習慣は、比較的最近までなかったと思う。最近は、果物としての黄色いパパイヤも出回るようになったので、もともとのパパイヤが青パパイヤと呼ばれるようになったという感じ。

パパイヤは、ウルシ科の植物で、実からも出る白い樹液が手につくととてもかゆくなるので、手袋して扱わねば。そういえば、随分前に、母親から、「昔は、お祝いのときに、パパイヤの木を切り倒して、それを食べた」って話を聞いたことあるけど、他の人からは聞いたことないなぁ。一体どこをどうやって食べるんだろう?

そうだ。一個、実家に持って行って、聞いてみよう。
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# by hideki_sunagawa | 2011-11-30 06:04 | Okinawa
2011年 11月 29日

HIVの活動を始めた頃の話の話

昨日から始まったNHK教育テレビ「ハートをつなごう HIV第4弾」(午後8時〜8時半)、今回のテーマは「HIV/AIDS 30年の歴史」。水曜日まで三日連続の放送らしい。

イベント後のローな気分のせいか、何もやる気が起きず、この番組のことをすっかり忘れていたが、ふとつけたらやっていて、最後の十数分だけ観ることができた。

今日は、血友病の人の血液製剤によるHIV感染をめぐる話が中心だったようだ。


▼1990年に活動に参加した頃

僕がHIVの活動に参加し始めたのは、1990年。HIVと人権・情報センター(JHC)の東京支部の勉強会に参加し、あっという間に電話相談やらロビー活動やらを手伝うようになっていた。

当時、JHC東京で活動している人の数は、4−5人ほどしかいなかった。そのせいもあり、血友病の人たちもゲイも完全に混じって一緒に活動をしていた。おかげで、僕にとって血友病の人たちは身近な存在だったし、HIVの問題に共に取り組む仲間だった。彼らからいろんな話を聞き学んだ。

医師と血友病の人の関係、その中での告知の有無の問題、感染している子が思春期に差しかかるときに、どう伝えるかという問題、等々。今のように、薬でHIVを抑え込めるような時代でなかったから、問題は極めて深刻だった。

すべての政党をまわるロビー活動にも、補償を求める行政交渉にも何度も同行した。AIDSの発症に苦しむ我が子を病院が受け入れてくれない、と泣きながら語る母親の話には、胸がつぶれそうだった。しかし、厚生省(当時)の官僚は、ただ黙って聞くばかりで、とても何かの進展が期待できるようなやりとりではなかった。


▼ある血友病の青年

僕がJHC東京に入った頃に、中心メンバーの一人に血友病の青年がいた。彼もHIV感染していて、深く苦しんでいた。しかし、20代前半だった当時の僕は、その苦しみの意味も、彼が抱えていた精神的問題も全く理解していなかった。

僕は、すぐに会の中で発言力のある立場になっていったのだが、問題行動があった彼に対して、冷たい態度をとってしまい、とても傷つけてしまった。その後、僕は会を離れ、彼とやりとりすることは無くなり、そうこうしているうちに訃報を聞くことになった。

今、当時のことを思い出すと、自分の幼さがただ恥ずかしい。


▼婚約破棄の話

彼は、右手の薬指に指輪をしていて、それを意識しているような仕草が印象的だったのだが、その指輪が、彼がHIVに感染していることを告げた結果去ってしまった恋人との婚約指輪だったことを、会に入ってすぐの頃、会話をする中で知った。

その婚約者と別れた話を聞いたときに、心のどこかで、ほんの少しながら「そりゃそうかもなぁ…」と思っていたことは否めない。当然ながら、一緒に鍋をつつき、飲み物を回し飲みすることにもためらいを感じたことは一度もなかったけれど(当時は、それをためらう人がたくさんいた時代なのだ!)、当時はまだ、HIV陽性者のセックスはタブーだと思っていたのだ。

今や、薬の開発が進み、25歳くらいで感染した人のその後の平均余命は52.7年という推計が出るようになり、また、多くのHIV陽性者やそのパートナーの経験から、セーファーセックスを十分に気をつければ移ることがないということがはっきりしている。

僕自身も、彼と知り合って2年ほどしたときには、HIV陽性者のセックスに対する見方もだいぶ変わっていた。しかし、今もなお、当時の僕のように考えている人はまだ多いのかもしれない。


▼不思議なエピソード

ある日、彼が事務所の中で必死に何かを探していた。指輪が無くなったという。いつも肌身離さずつけていたのに。ソファーの間や下を一緒にだいぶ探したが、結局見つからなかった。そして後日、その日の夜に、元婚約者から電話がかかってきたこと、結婚することになったと告げられたことを、彼から聞いた。

彼は、「そういうこともあるんだねー、不思議だねー」と、思ったよりサバサバとした表情で語った。今となっては彼のそのときの思いは聞けないけれど。

1990年代前半に知り合ったHIV陽性者の多くは、この世を去ってしまった。彼らのことを思い出す度に、胸がしめつけられる。そして、今ならもっと寄り添いつつ話が聞けたかもしれないと、当時の自分の未熟さが悔しく、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

けれど、彼らの姿は、僕に何かを確実に残してくれた。そして、実はそれが、今もHIV/AIDSの問題に関わり続けている動機の一つになっているのかもしれないとも思う。
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# by hideki_sunagawa | 2011-11-29 06:14 | HIV/AIDS
2011年 11月 28日

LGBTニュース紹介 11/28

▼映像によるキャンペーンが評判に

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オーストラリアのGetUp!という非営利団体が公開した映像が評判を読んでいる。この映像は、ある男性の恋の始まりからプロポーズまでの様子を物語にして描いているもの。

プロポーズまで、相手の目線で描かれ、その相手が登場しないところがポイントだ。この映像のタイトルは、「It’s time(今がその時)」となっているが、何をすべき時なのか、は最後にテロップが…。

GetUp!は、様々な重要な社会的問題に関して、人々の意識を喚起する活動を展開している草の根団体で、いずれの政党から距離をとりつつ、経済的公平性、社会的正義を実現した国会が実現していくことを目標にしている。

GetUp! 「It's Time」


▼ 米国がロシアの反同性愛法を批判

米国の国務省が、同性愛を公にすることに罰金を科すサンクトペテルブルク(ロシア)の法案をめぐって、厳しく批判する声明を発表した。

「同性愛者の権利は人権であり、人権とは同性愛者の権利でもある」と、国務省は発表し、国務長官であるヒラリー・クリントン氏がその宣言を繰り返した。また、米国がこの問題について非常に懸念しているとも述べている。

この法案は、「同性愛、バイセクシュアル、トランスジェンダーなどのアイデンティティを未成年者に対して勧める公的な行為を行う個人や団体」に罰金を科すというものだが、サンクトペテルブルクでは、今年開催されたプライドパレードでも、アクティビストを逮捕しており、このような行動を包括的に禁止する狙いがあるものと見られている。

また、何が未成年者に対して「勧める」行為として判断されるか曖昧であり、世界のLGBTグループが抗議の声をあげている。

AFPのニュース(英語) 


▼英国の教会が、HIV陽性者に対し「神の力で治る」とアドバイス

英国の福音派系の教会で、HIV陽性の信者が、神の力によってHIVを治すことができると言われていたことがSky Newsの取材によって明らかになり、問題になっている。

Sky Newsが、the Synagogue Church of All Nations (SCOAN)という教会に、三人のHIV陽性のスタッフを送り、潜伏取材をおこなったところ、いずれの人物も「治る」と牧師に言われたという。

スタッフは、水を顔にスプレーでかけられ、大きな声を浴びせられていた。それにより、悪魔を追い出すことができる、嘔吐や下痢が続くことは、悪魔が出て行く兆候と言われていた。

薬を飲むことを止めるようにアドバイスを受けることも人もおり、そのために亡くなった人もいることが指摘されているようだ。

Pink News の記事(英語)
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# by hideki_sunagawa | 2011-11-28 06:20 | LGBT/gender
2011年 11月 27日

1週間

まるまる一週間滞在していた相方は、今日の午前中に、帰京…。

最初は、「結構たっぷり時間があるなぁ」と思っていたけれど、うないフェスティバルの展示や、上映会&トークがあったこともあり、あっという間に過ぎていった。沖縄での活動のスタートを一緒に過ごせたのはとても良かった。レインボーアライアンス沖縄の始まりを一緒につくってくれた仲間を紹介することもできたし。

a0137527_2158153.jpg前回、彼が沖縄に来てやはり1週間ほど滞在したときの最後は、今以上に不安だらけで、よくわからない混乱した気持ちになってしまったけれど、今は、沖縄で根付きつつある自分が迎えて送るという感覚が固まってきていることを感じている。

もちろん、やはり寂しい気持ちも強いし、まだまだ自分の生活の目処が立っていないことへの不安も大きくて、ちょっとしたことでつぶれてしまいそうになる面もあるけれど。

でも、金曜日のイベントを振り返るとき、僕に話しかけて来てくれた人たちが、楽しそうな顔をしていたことが思い出されて、自分にできることが沖縄にもまだまだあるかもという気持ちになれる。

相方が次回来るときには、また、楽しい、前向きな気持ちで何かに向かって動いているといいなー。というか、少しずつ動いていこう。

(写真は、近所の公園で撮ったもの。内容とは関係ないけど、なんとなく…。)
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# by hideki_sunagawa | 2011-11-27 06:32 | Diary
2011年 11月 26日

初イベント、大成功!

昨日開催した「ハーヴェイミルク」上映会&トークセッション「社会を変えるために」、初イベントとしては大成功でした!

参加者数123名。大学で教えている教員の協力もあり、若い人が多く参加してくれました。アンケートの回収率も76%! かつ、いい評価が大部分で、ほっとしました。

トークは、聞き手役の僕が今ひとつ踏み込んだ質問ができなかったなぁ…と反省していますが、普段、語られることのない、高里鈴代さんの個人的な話も聞けたのは良かったのではないかと思っています。

このイベントの実現に向けて、ともに準備を進めてくれたMYさん、いつも前向きに励ましてくれたMOさん、東京から来て手伝ってくれた相方の悠、直前のお願いにもかかわらず快く手伝ってくれた友人たち、本当にありがとう。そして、来場くださったみなさんへ、心から感謝を…ありがとうございました。

a0137527_244241.jpgまた、こんなに素敵なお花もいただきました。感激です。

実は、11月27日がハーヴェイミルクの命日。

たまたまその日に近い日にこうしたイベントを開催できたこと、オーバーに言えば運命的なものを感じます。

これからも活動を少しずつ広げていきたいなぁ、と思っています。どうぞ、ご支援のほどよろしくお願いします。
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# by hideki_sunagawa | 2011-11-26 06:25 | LGBT/gender
2011年 11月 25日

いよいよ本日!

a0137527_0434647.jpgいよいよ、本日、ドキュメンタリー「ハーヴェイ・ミルク」上映会&トークセッション「社会を変えるために」の開催です!しつこく宣伝。

ーーー
<トーク出演者>
高里鈴代(元那覇市議会議員)・砂川秀樹(レインボーアライアンス代表)

<日時>
2011年11月25日(金)
18:30~21:15(18:00 開場)

<会場>
てんぶすホール

<料金>
1000 円(小中高校生500 円)

<主催>
レインボーアライアンス沖縄

<共催>
うないフェスティバル実行委員会・那覇市

<後援>
サンフランシスコ観光協会
ーーー

今週の月曜日には、琉球新報でもこのイベントのことを取り上げてくれました。こうして、多くの人が読んでいる地元の新聞が記事にしてくれるのは、本当にありがたい。

こうした記事が、自分のセクシュアリティのあり方に気づいて間もない若者の目にとまって、LGBTの皆が自分のことを隠して生きているわけではないことが伝わるといいなぁ。

さてさてどのようなイベントになるだろうか。どきどき。
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# by hideki_sunagawa | 2011-11-25 06:39 | LGBT/gender
2011年 11月 24日

実家にて相方と食事

ここ2〜3年、沖縄に相方の悠と来た時に(僕が越してからは、相方が沖縄に来た時に)は、一度、実家へ一緒に行って食事をするようにしている。母親と姉と姪と、僕と相方の五人でともに過ごすこの時間は、僕にとってとても大切な時間だ。

母親や姉の手料理を食べつつ、ほんの一時間ほどおしゃべりをして帰るのだけだけど、やはり、相方に僕のことを知ってもらうこと、母親や姉に相方のことを知ってもらうことは、とても意味があることだと感じている。


最初の2回くらいは、ちょっとぎこちなかった母親だけれど、今回は、そんな感じはなくなっていてたし、体調が良かったせいが大きいのかもしれないけど、普段より元気で活き活きしているように見えた。

a0137527_21382488.jpg料理も、僕がいつも食べている(きた)ようなもの。それを相方に食べてもらって、味を共有するのも素敵なことだ。今回食べたものは、鶏肉と大根と人参のみそ汁(と言っても、みその味がそんなにするわけではなく、お吸い物とみそ汁の間みたいな感じ)、キャベツ(たまなー)と島豆腐とポークの缶詰の炒め物。

どれも素朴だけれど、とてもおいしい。悠も、いつも「おいしいー」と言って食べてくれるし、帰り道も「おいしかったねー」と話しながら帰る。


ささやかな、でも、ほんわかとした幸せな時間。

ふと『カミングアウトレターズ』(太郎次郎社エディタス)の昌志さんの手紙の一節を思い出した。

「俺がゲイやってことを知られたくないって理由だけで、俺なりに幸せなこと/悲しいこと/嬉しいことも分けあえず生きる人生を続けるのは嫌やったから。……(略)……親子でも分けあえなくてもええことも、きっとあるんやろうけど、俺は、俺が幸せやということを、分からせてやりたかった。生んでもらって感謝してること、伝える方法は他にないやろ?」


母親は、高い教育も受けていないし、セクシュアリティについて知識もないし、こんな僕のことにただただ戸惑い、つらくも思った時期もあったみたいだけれど、それを越えて、こうして接してくれるようになったことに、さらに感謝の思いを深めている(という割に、しょっちゅう喧嘩してしまうけど)。

そして、相方の親や姉に会うというのは、とてもプレッシャーがかかることだったと思うけれど、そうしてくれた悠にも心から感謝。
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# by hideki_sunagawa | 2011-11-24 06:14 | Diary
2011年 11月 23日

車の練習…

運転免許をとってから、一度も運転しないまま、早、ん十年…。超ペーパードライバー。しかし、地方はたいていそうだが、沖縄では車が運転できるのとできないのとでは、生活の幅や質がぜんぜん違うので、なんとか運転できるようにならねば…と思っている。

ということで、先日、友人につき合ってもらって、車の少ないところで運転練習を(ああ、ありがたや)。今日の練習のために、ネットで座学的にあれこれ勉強し、さらに、数日前に、事前練習(?)として、別の友人に、やはり車が全然来ないようなところで色々教えてもらいながら、運転したのだが、その割に……。とほほ。

道のりは長い。けれど、くじけずにがんばらねば。友人がプレゼントしてくれた初心者マークが早く不要になるといいなー。

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# by hideki_sunagawa | 2011-11-23 06:27 | Diary
2011年 11月 22日

「うないフェスティバル」の展示

以前からお知らせしていましたが、「うないフェスティバル」、日曜日に開幕しました。
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「レインボーアライアンス沖縄(RAO)」と「くま絵師 悠」の展示は、モノレール牧志駅そばのサイオンスクエアの3Fにある、ほしぞら公民館で。エスカレーターでのぼった左手に隣り合っています。26日午後3時までの開催で、閲覧時間は、午前9時半〜午後8時まで(但し、最終日は午後3時終了)。23日は休みです。

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「レインボーアライアンス沖縄(RAO)」は、『カミングアウトレターズ』の抜粋と、基礎知識「知っていますか? 性自認と性的指向」、「誤解していませんか? 同性愛と性同一性障がい」、「考えてみませんか? 性自認と性的指向はプライベートなものですか?」(当然、性自認と性的指向を言うか言わないかはそれぞれの選択であるべきだけれど、日常生活でそれらはプライベートなものとなっていないという話)の説明と、同性婚についての世界の状況、東京でのパレードの様子を展示しました。

「くま絵師 悠」の無料配布ポストカードは、置いてから数時間後にはなくなっていました。

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# by hideki_sunagawa | 2011-11-22 06:26 | Okinawa
2011年 11月 21日

LGBTニュース紹介 11/21

▼サッカー選手、カムアウト

モントリオール・インパクトやバンクーバー・ホワイトキャップでプレーしてきたDavid Testo選手が、ゲイであることをカミングアウトした。

「ゲイで、プロのアスリートとしての生活を生きるのは、本当につらかった、信じられないくらいに」と語っている。また、「いつも秘密を持ち歩いているようで、そして、それは大きな荷物のようなもので。自分自身であることが許されていないような感じだった」と。

彼の両親やチームメートは前から知っていたが、2009年に、最優秀選手に選ばれたときに、スピーチでパートナーに感謝する言葉を言えなかったことで、気持ちが混乱し、カミングアウトを決意したという。

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edge on the Netの記事


▼香港プライドパレード開催

11月13日(日)に香港パレードが開催され、2000人が参加したと報告されている。

パレードのテーマは、「For queer, for love, for equality(クィアのために、愛のために、平等のために)」だったとのことで、パレードでは、LGBTへの差別を禁止する法律の制定を求めるという趣旨も掲げられていたようだ。

パレードの様子がYouTubeにアップされている…YouTube

Fridaeの記事


▼サンクトペテルブルグで…

土曜日にも書いたが、サンクトペテルブルクで、性的指向を公にするゲイやレズビアンなどに対して罰金を科す法律が仮決定(?)されたようだ。

具体的には、未成年者が見るかもしれない、プライドパレードや、LGBTに関して公に展示したり議論したりすること等を違法とする法律だ。

個人に対して 100ドル〜160ドル(約7700円〜12000円)、団体に対して約12万円の罰金が設定されている。

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The Moscow Timesの記事


▼マサチューセッツ州でトランスジェンダー権利保護法

マサチューセッツ州で、トランスジェンダーの人たちの権利を保護する法律が通りそうだ。
上院を95対58で通り、両院での投票を経て知事のサインを待つことになる。知事が支持を表明していることから通る見込みが高いと見られている。

edge on the Netの記事
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# by hideki_sunagawa | 2011-11-21 06:18 | LGBT/gender