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2014年 12月 04日

那覇市議会議場を訪問

とってもきれいな那覇市議会の議場!

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(左:前泊さん。ちょうど僕の頭が市旗にかぶっている…失礼をば)

那覇市議会議員2期目の、前泊美紀さんが案内してくださいました。約2年前に新設されたばかりだけあって、きれいだし、設備もよくできてる(那覇市庁舎4階にあります)。

傍聴席は、議員と同じフロアにも二階にもあり、なんと、親子連れ用の傍聴席(子どもの声が漏れない部屋になっている)も。すばらしい。

前泊さんが紹介くださって、副議長の糸数昌弘さんにもお会いしました。とても気さくで話やすく、LGBTに関する話をアピールしてきました。

案内してくださった前泊さん、話を聞いてくださった糸数さんに感謝。
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# by hideki_sunagawa | 2014-12-04 16:02 | Diary
2014年 12月 03日

目標額達成!

わわわ、ありがとうございます! こんなに早く達成するなんて!

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先日紹介したばかりの、僕のクラウドファンディングのプロジェクト「新宿二丁目の『ゲイコミュニティ』について研究をした博士論文を書籍化したい」が、今日の朝、ちょうど1週間で目標額に達成したのです! なんとありがたいことでしょう! 

「期限の後半で成立したとして、1月の終わり頃から出版に向けての手直しかな」と思っていたけれど、すぐに取り掛かり始めなくちゃ!…とうれしい焦りを感じているところです。

応援してくれている仲間達も自分のことのように喜んでくれているのが、またうれしいことです。

これから出版するこの本は、今回のクラウドファンディングで支援してくださっている方々だけでなく、これまで僕を支えてきてくださった皆さんの本でもあります。だからこそ、一層うれしいのです。

長い時間をともに過ごしてきた人、知り合って間も無い人、たまにしか会えないけれどつながりを感じられる人、まだ会えていないけれど僕のことを気にかけてくれている人、疎遠になってしまった人、そして…もう二度と会えなくなってしまった人。そんな、あの人、この人、たくさんの人が一緒に喜んでくれますように。
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# by hideki_sunagawa | 2014-12-03 23:03 | Diary
2014年 12月 02日

オープンリーゲイの文化人類学者への道(笑)

博論出版のためのクラウドファンディングに取り組む中で思い出したことなど…


▼院試でのカミングアウト

僕は、自分の研究との関係もあり、大学院入試(院試)の面接試験の時に、自分がゲイであることをカミングアウトした。それまでも、知り合いが教えている大学の授業に招かれて、ゲイとしての経験を話したことがあったが、院試の時の方が、はるかにパブリック感の伴うカミングアウトだった。

面接試験は、そのコースの大学教員がずらりとコの字型で取り囲むように座っている中、事前に提出した論文と院に入ってからの研究計画についての質問に答える形。提出していた論文は、HIV啓発活動と関係したものだったが、研究計画について説明する中で「ゲイとして『ゲイ・コミュニティ』の調査をするつもりです』と伝えた。

ここでゲイであることを伝えたのは、フィールドワークでは、どういうポジションでどういう関わり方で調査をするかということがとても重要なことだからだ。

その話をする時に、「(文化人類学という学問分野的には)奇異な研究と思われるかもしれませんが…」と前置きをしたことを覚えている。そして、研究計画について一通り説明したあと、間髪入れず「私は奇異な研究だと思いません」と言ってくださったのが、のちに指導教官として長い間励まし続けてくださった先生だった。

そして、その先生のコメントに続いて「私も奇異な研究と思いません」と発言してくださったのが、やはり、その後、ことあるたびに励ましてくださり、私が歴史学にも興味を持つきっかけになった、フランス史を専門とする先生だった。

こう書くと、そういう場でのカミングアウトが何の問題もなかったかのように思われるかもしれない。僕も正直、当時は、「あれ、全然大丈夫みたい…?」と思ったものだった。その後も、基本的には予想していたほどの大変さはなかったのだが、全くないもないわけではなかった。


▼「ああいう学生を入れていいんですか…?」

とは言っても、直接的に攻撃を受けたわけではない。しかし、授業の中で、あからさまに僕への苛立ちを感じていて、それをぶつけてきているとしか思えない先生がいた。その先生は、しばらくは、廊下などで会ったときに僕が挨拶しても、いつも無視していた(しつこく挨拶し、ちゃんと?年賀状も書いたりしているうちに変わったけれど)。

また、当時人気のあった先生だが、ある海外の有名研究者の悪口を冗談まじりに言う中で、「それにホモだし」とおもわず口走って、それにつられて皆が笑うということがあった。その直後に、「あっ!」と気づいて、僕の顔をみてバツの悪そうな顔をした。さすがにその先生には、後で抗議をしたが、「日本の大学でゲイであることをオープンにしている学生と初めて会ったので、逆にそれが無意識にそのような冗談につながったのかもしれない」という返事だった。

僕の研究をどうしても文化人類学のものと認めたくないのだろうという態度で接し続けた先生もいたし、修士論文の中間発表で、明らかに性的指向について誤解した上での、研究の本質は関係のない批判めいた質問を受けたこともった。

また、実は、院試のあと、退官間近だった教授が、ゲイであることをカミングアウトした僕のことについて、「ああいう学生を入れていいのか…?」と発言していたと知ったのは、博士課程に入ってからのことだった。


▼変化したセクシュアリティの定義

今から考えると、「結構、嫌な思いもしたなぁ…」と思うが、当時は研究で精一杯だったし、院生仲間との関係では嫌な思いをしたことはなかったおかげで、そのようなことで折れることはなかった。

それこそ、当時は、どの大学でも院でゲイであることをオープンにするような学生は極めて稀なことで、その頃、日本の文化人類学の学問分野でオープンにしていたのは僕一人だったし(今も?)、「ま、しょうがない…」という気分だったかもしれない。

僕が入った頃、日本の文化人類学で書かれていた論文でのセクシュアリティの定義は、「男女の間」に限られてたもので、僕は、それに対して、「なんじゃこりゃ!」と憤っていた。しかし、僕がオープンにして論文を書いたり、研究会などで発表するうちに、それはあっと言う間に変わっていった。

そんな風に直接的、間接的なやりとりの中で、修正していく先生方の様子を見て、僕は、率直に(全く嫌味ではなく)「すごいなぁ、優秀な研究者は修正能力が高いなぁ…」思った。そして、自分がゲイであることをオープンしてセクシュアリティ研究をしてきた意味があったかもしれないと思った。


▼交差点としての「私」

嫌な経験をあれこれ書いてしまったけれど、応援し支えてくれる先生方もいたし、そのことの方が僕の、学徒時代(?)の思い出の多くを占めている。もちろん、面接時に援護射撃的なコメントしてくださった先生方もそうだし(間髪入れずにそのような発言をしてくださったのは、否定的な反応があり得ることを見越してのことだったと思う)、その後、特にジェンダーを意識して研究している女性の先生方にとても支えられた。今も、変わらずに、応援してくださっている先生もいる。

博論を提出し審査が終わった後、博論完成お礼パーティーを開いたとき、ずっと励まし続けてくださった指導教官の先生が、僕がこの研究で博論を書き、口頭試問でも高い評価を得たことについて、「(まわりに対して)ざまぁみろという気分」と表現してくださったのが印象的だった。実は、僕以上に、この研究に対する冷たい視線を先生は感じていたのかもしれない。


今回のクラウドファンディングでも、大学院にいる間に知り合った人たちからも支援いただいている。あの頃、直接的なやりとりは少なくても、同じところで、それぞれの研究に四苦八苦したり、授業の準備に大変な思いをしたりしていたことが、つながりをつくってくれた。

こうして、博論が出来上がってきた自分の過程を振り返ると、あらためて、自分は、関係性の交差点のような存在だな実感する。そして、まさに、僕にとって、博論は、その交差点の表象だなー、と。さらにそこに、クラウドファンディングを通じて、新たな交通ができて、新しい交差点として、自分が更新されていく。この貴重な経験もまたなんらかの方法で現していけたらいいなぁ、と思いながら、まずは、今の交通を楽しみつつ。
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# by hideki_sunagawa | 2014-12-02 00:19 | Diary
2014年 11月 29日

クラウドファンディングをめぐる思い

▼新しくクラウドファンディング始めました

クラウドファンディング「READYFOR?」で二つ目となるプロジェクトを始めました。それは、「新宿二丁目の『ゲイコミュニティ』について研究をした博士論文を書籍化したい」というものです。

今回は、私が2008年に東京大学大学院に提出した博士論文(=博論)を書籍化するために始めました。その博論は、新宿二丁目のゲイバーを調査したもので、その街を「ゲイコミュニティ」と呼ぶ意識がどのように生まれてきたのかを、様々な観点から分析したものです。

なぜこのプロジェクトを始めたのか、その思いはプロジェクトページにたっぷりと(笑)織り込んでいます。このページを読んでいただけるだけでも意味があると思っています。どうぞよろしくお願いします。

(クラウドファンディングとは、インターネットのサイトを通し、自分の実現したいプロジェクトへの資金提供を募るもの。賛同する人は、クレジットカードで予約をする。「READYFOR?」 は、期限内に目標額に達成しなかった場合、プロジェクトにはお金は払われず、予約した人にも課金されない仕組み。)


▼緊張の初日

さて、クラウドファンディングに挑戦するのは二回目とは言っても、前回と違い、今回は私自身に関わること…もちろん、この博論が世に出されることは社会的な意味があると考えてのことですが、そうはいっても、「結局自分のためじゃん」と言われかねないもの。きっと口の悪い世界ではあれこれ言われているだろうという想像も頭をかすめる。

そのため、前回とは異なった緊張感とプレッシャーが…。「このプロジェクトに協力してくれる人はどれくらいいるのだろうか…社会的な意味も理解してもらえるだろうか…」。

そして、27日(木)正午少し前に公開スタート。出足は遅く、ヒヤヒヤしながら待っていたら、いつも私を支えてくれている仲間が一番乗り。そして、それからポツポツと申し込みが入り始め、気がつけば、1日で50%越え。READYFOR?側から、3日間で20%は到達させるようにということを強く言わていたので、かなり良い数字だ。

しかし、その数字以上に僕の心を揺さぶったものが、ひとりひとりのお名前と応援コメントだった。


▼泣き濡れた1日

名前の中には、大学院時代、そんなに接点があったわけでもない後輩もいた。疎遠になっていた大学院同期の仲間も。そして、『こういう方法で博論を出版しようとすることに眉をひそめるかも…』と思ってヒヤヒヤしながら報告した指導教官からも。日頃一緒に活動している仲間からの支援もあれば、だいぶ前に少し仕事での接点があっただけの人もいる。そして、ネットだけのつながりの人からも、面識のない人たちからも。また、これまでたくさんたくさん負担をかけた元パートナーも。

その皆の名前が次々に応援コメント欄にあがっていくたびに、涙がこぼれた。

僕は、これまでも、ほんとうに感謝しきれないくらいたくさんの人に支えられえ、愛されてきたことを実感しているけれど、その一方で、心のどこかに「全然ダメな自分」という劣等感や、「多くの人に嫌われてもいる自分」という思い込みを抱えてもいる。それは、大きくはないものの、強い存在感を放ちながら潜んでいる。そして、時にそれが発する力に振り回される。

その感情は、現在のように経済的に切羽詰まり困窮すればするほど、他のネガティブな感情も呼び寄せて、重みも増していく。正直、博論を出さなくちゃという思いのどこかには、いつまで自分ががんばれるかわからないから、出しておかなければという考えもあった(もちろん、人生なんて、いずれにせよいつまでかあるかわからないという意味も含めて)。

そんな僕だから、一つ一つの支援(システム上は「引換券購入」)の予約とメッセージが入るたびに、背中にそっと手を置いてもらったかのような暖かさと励ましを感じ、涙が溢れてきたのだった


▼「申し訳ない」という気持ち

だから、僕は感謝の気持ちでいっぱいになった。でも正直、実は、わずかだけれど、どこかに「申し訳ない」という思いもあった。もしも、自分がもっともっと経済的にしっかりしていたら、皆の力を借りずに出せたはず、あるいは、もし人気研究者のような力があったら…という考えがぬぐいされなかったからだ。

応援してくださった人たちの中には、決して余裕のある生活を送っているわけではない人たちがたくさんいることを僕は知っている。ギリギリの中から出してくれている人もいる。だから、自分自身の力があれば、その人たちに負担をかけなくて済んだのではないかと。

でも、お礼のメールを書き、返事をもらう中で、疎遠になっていた人と久しぶりにやりとりができたり、それぞれの人が今置かれている状況を知ったりする中で、この方法でよかったと思えるようになってきた。「支援の機会をくださってありがとう」と言ってくださった方もいる。僕がおこなってきた活動にお礼を言ってくれる人。伝えたいと思っていた思いを改めて伝えてくれた人。

その中には、深刻な問題を抱えて闘っている人がいることも知った。その中から暖かい言葉をかけてくれた。


▼成功へむけて

実は、来年は僕がHIV/AIDSやLGBTの活動を始めて丸25年になる。今回のプロジェクトは、この25年間を振り返りながら、いろんな人たちとの関係を思い出し、紡ぎ直す機会となっている。

正直、プロジェクトの成功にむけて、これからはこれまでのようなテンポでは進まないだろう(知人、友人の多くにはすでに情報が行き渡っているので)。ここまでで、すでに大きなものを得て、嬉しく幸せだけれど、支援を表明してくれた人たちの気持ちに応えるためにも、できるだけ多くの人に理解してもらって、成功につなげよう、と改めて意気込んでいる。

皆の応援で出版される、新宿二丁目について研究した博士論文…改めて考えてみると、意義だけでなく、単純にとても素敵なプロジェクトのような気がしてきた。がんばろう。


「新宿二丁目の『ゲイコミュニティ』について研究をした博士論文を書籍化したい」
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# by hideki_sunagawa | 2014-11-29 23:55 | Diary
2014年 10月 16日

READYFOR OF THE YEAR 2014

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10月14日、東京大学伊藤謝恩ホールで、READYFOR OF THE YEAR 2014が開催された。

これは、日本最大のクラウドファンディングサイト「READYFOR?」で成立したプロジェクトを対象に、社会的インパクトや意義を基準に賞が与えられるというもの。クラウドファンディングとは、サイトを通して資金を集めるシステム。

今回、僕が出したプロジェクト「同性カップルの『里帰り結婚式』をピンクドット沖縄で実現したい」が、当日会場でのプレゼンテーションの機会をいただいたことから、東京に赴くことに。

成立したプロジェクト480のうち25に賞が与えられ、僕のプロジェクトはソーシャルニーズ部門賞をいただいた。「成立するのだろうか」という不安を抱えながら、必死に取り組んだプロジェクトだったので受賞は本当に嬉しい。

そして、それにもまして、当日、プレゼンテーションをする5つのうちの1つとして選んでいただけたことには、久しぶりに晴れがましい気持ちを感じた。また、様々な活動をしている人たちにLGBT活動のことを伝えられたのは意義深いことだったと思う。READYFOR? を立ち上げた米良はるかさんも、このプロジェクトにとても関心を持っていたというコメントをくださった。

しかし、今回、僕が得た最大のものは、他の人たちのプレゼンテーションに触れたことによってインスパイアされたことであり、その方々と知り合えたことかもしれない。

「気仙沼の高校生が考案!地元食材を活かした新商品『なまり節ラー油』を全国に届けたい」の小川悠さんは、「運動部でも、文化部でもない、地元にちらばる"いいね!"にに気づく、形にする、伝える、新しいクラブ活動 i club」 をされている。将来を嘱望される若者、という表現はこういう人のためにある言葉だなぁ、と思った。

「医療の現場で空間アート『霧はれて光きたる春』を開催したい!」のハナムラチカヒロさん。大阪府立大学の教員でありながら、役者もされているとか。彼のプレゼンテーションからからは、哲学とアートと活動の融合を感じた。こんなに多彩な人がいるんだなぁ、と圧倒された。


「若年無業者白書-その実態と社会経済構造分析-」の工藤啓さんは、「若者と社会をつなぐ支援NPO/認定NPO法人育て上げネット」の理事長を務められていて、『無業社会 働くことができない若者たちの未来 』の共著者。淡々とした雰囲気の中に深く積み重ねられた経験と思想を感じさせる人だった。

「70年の時を越えて、幻の国産車『くろがね四起』復元計画始動!」の小林雅彦さんは、最縁遠い感じの方だが、とにもかくにもREADYFOR?で過去最高の1300万余りを集めた力はすごいなぁ、と思った。

今回、皆のプレゼンテーションを観て、正直落ち込んだ。これまで、プレゼンテーションもスライドづくりもそれなりにできているつもりだったけれど、皆のプレゼンテーションの上手さに圧倒されたのだ。小林さんの話の構成の巧みさ、ハナムラさんのパフォーマンス、工藤さんの飄々とながらも人を惹きつける話し振り、etc.

しかし、その一方で、いろんなところで面白い活動をしている素晴らしい人たちがいるなぁ、と感動し力づけられもした。実は、もともととても人見知りなのだけれど、これからはもっと積極的に、様々な人たちと会っていきたいなぁ。

今回、このような貴重な機会をくださったREADYFOR?の皆さんに心より感謝したい。

(当日の様子が MAKE2020にアップされています→ みんなでかなえる1億円プロジェクトも発表「READYFOR OF THE YEAR2014」
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# by hideki_sunagawa | 2014-10-16 20:56 | Diary