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2012年 12月 29日

誕生日

昨日、12月28日は誕生日でした。46歳…。ふと、「23歳の倍か。23歳から23年経ったってことだよね、とすると、同じだけ経ったら次は、69歳じゃん!」と思い、驚愕。まぁ、それまで生きていたら感謝という感じだけれど…いずれにせよ、人生は短いってことだ。

なのに、いつまで経っても、不安定な生活で、明日の生活も知れないような日々。ま、自分で選択してきたことなのだけれど。そんな僕にとっての財産は、常に友人たちだった(もちろん、パートナーも!)。今もそう。いつも支えられている。

しかし、そんな一番の財産である友人たちが一番多くいる東京を離れてしまったのだよな、と最近思う。もちろん、沖縄にも、大切な、応援してくれる友人たちはいるし、少しずつそういう人も増えているけれど、21年の東京生活で築いたつながりから物理的に離れてしまったことって、どうだったんだろうって。

東京での生活に疲弊していたことも確かで、僕が沖縄に戻って来たのは、ある意味で「生き延びるため」だったので(ある人に言われた言葉で、そうだよなと自分でも納得)、後悔とかそういうものとは違う思いだけれど、友人たちやパートナーに失礼だったな、と申し訳ない思いが去来する。

東京で疲れた友人たちを沖縄で迎えられるように、ということが、沖縄に帰って来るときの目標の一つだったけれど、まだ十分に実現していない。来年(&46歳の歳)こそは。来年から、東京でとても親しかった友人も沖縄に越して来て、活動やら仕事を手伝ってくれることだし!

ということで、まだまだチャレンジは続く、のでした。この一年は、いい年(歳)になりそうな気がしています。
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# by hideki_sunagawa | 2012-12-29 01:35 | Diary
2012年 12月 09日

あれこれ

先月末の怒濤のイベントウィークで力つきておりました。講演会、残念ながら集客は多くはなかったけれど、朝倉景樹さんのお話も、辛淑玉さんのお話もすばらしかった。来られた方々も皆、口々に良かったと。

お二人をお招きするのが、沖縄に帰ってからの一つの目標だったので、それが実現できて感動でした。この内容は、一連の「『男女共同参画』を意識したコミュニティ活性化」事業のまとめに入れられるといいなぁ、と思っています。

これからも、多様性が大切にされる社会の領域を広げて行くために、いろいろな活動や講演をやっていきたいと思っています。賛同いただける方は、ぜひご支援、ご協力をお願いします。
http://gradi.jp


さて、衆議院選挙が近づいています。これまでも選挙に向けて暗い気持ちになることはよくあったけれど、これほど恐ろしい気持ちで選挙を迎えるのは初めてです。

全体主義(全体の統制のために個々人の権利を制限すること)を掲げ、社会保障を削減し軍国化を主張する政党が支持を集めているのです。なんて状態なのでしょうか。多くの人は、その主張自体は簡単に実現できないし、大丈夫と思っているようです。

たぶん、政権をとってがらりとは変わらないでしょう。でも、必ず少しずつ染み込むように社会に変化があらわれるはず。少しずつなので、その時々は気づかない形で。


仮に憲法が変わらなくても、そういう方向性を持っている政党が政権をとることで、あちこちで、社会統制を強めたいと思っている人たちは、その力を発揮し始めます。石原慎太郎が都知事だったとき、彼自身がわかりやすく命令しなくても、その意図をくみとってその意向にそった方向で動く人たちがいたわけです。中学高校での性教育ができなくなり、HIV/AIDSの啓発も縮小されました。

この先、どういう社会になるかと思うと暗澹たる思いになります…。


選挙に向けて政党に対しておこなった様々なアンケートの結果も報告されています。複数の調査が混同されて語られているようですが、ジェンダーやセクシュアリティ等に関して、わかりやすい調査結果が出ているのは、上野千鶴子さんらがおこなったもの。詳細はこちら。
http://p-wan.jp/site/

各党の回答の様子は、このpdfにあります。
http://gifu.kenmin.net/akenminh/kou-2/seitou/12fpa11.pdf
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# by hideki_sunagawa | 2012-12-09 12:58 | Diary
2012年 11月 18日

いよいよ一週間後!

いよいよ、1週間後、11月25日(日)に朝倉景樹さん、辛淑玉さんの講演会です。国際通りにあるてんぶす館の中にあるてんぶすホールで、19時〜です(18時半開場)。入場料1000円です。ぜひお越しください。

また前日、24日(土)には、GRADiで朝倉さんのお話を聞く会が15時〜17時あります。こちらもぜひ。

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# by hideki_sunagawa | 2012-11-18 20:50 | notice
2012年 11月 08日

故人との対話

昨日(11月7日)は、僕の一番の親友だった「がんすけ」の命日だった。2007年に亡くなって5年。命日でなくても、頻繁に思い出す。時に辛い時に。

今日は、GRADiは休みの日だったが、夕方に足を運んで、一人彼のことに思いを馳せたり、彼に語りかけたりしていた。

そんな風に故人と会話をしていると、自分の気持ちを整理することができる。今日は、最近一人で抱えている色んな思いを吐露して、少しすっきりした。


思い立って、彼が2000年につくった「Everything for You」をかけてみた。それを聴くと、また泣けて泣けてしょうがなかったけれど、「そういえば、彼は泣かれるのが嫌いだったな」と思い出して、「彼のことを思い出して泣くのはやめよう」と思った。

「君がいつか辛すぎて/その場にうずくまるような時に/思い出してごらん/僕に語ったあの大切な夢を」

僕が2000年のパレードに向けて死にそうになっていた頃に、彼は「Everything for You」をつくっていた。そしてパレードが終わった後に、「砂川のためにつくった歌だよ」というメールをくれたことを、昨日のように覚えている。

この歌詞は、いつまで立っても僕にとって大切な宝物。今こそ、彼に語った夢を思い出そう。

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# by hideki_sunagawa | 2012-11-08 01:13 | Diary
2012年 11月 03日

講演会 「多様な生き方の実現とコミュニティ活性化へ向けて」

〜イベント案内〜

沖縄ではなかなかお話をうかがえる機会のない、第一線でご活躍のお二人の講演会とクロストークです。お見逃しなく!

講演会&クロストーク
「多様な生き方の実現とコミュニティ活性化へ向けて」


講師:辛淑玉(株式会社香科舎 代表)/朝倉景樹(シューレ大学 スタッフ)

進行:砂川秀樹(レインボーアライアンス沖縄 代表)
主催:レインボーアライアンス沖縄  共催:なは女性センター
日時:2012年11月25日(日)午後7時〜午後9時15分(午後6時30分開場)
会場:てんぶすホール 入場料:1000円(小中高校生500円)


講師プロフィール

辛淑玉(しんすご):1985年人材育成会社(株)香科舎設立。ビジネスショー、モーターショー、オーディオフェア、地方博、万博などのパビリオンの運営・人材育成・研修を手がける。

1996年「人材育成技術研究所」を開設。約100名のインストラクターを養成し各界に送り出す。人事院や大手電器会社、保険会社、化粧品会社などの企業、テレビ局、新聞社などで研修を行い、大学、専門学校、ビジネススクールなどで講義、公開講座を受け持つ。

その他、自治体、教育機関、各種団体からの依頼による、改正均等法をベースにした人材育成、人権に関わる研修・講演を行う。著書に『放射能時代を生きる3つのアクション』、『女に選ばれる男たち―男社会を変える』、『怒りの作法』等多数。






朝倉景樹(あさくらかげき):フリースクール東京シューレのスタッフを経験した後、1999年のシューレ大学の設立からスタッフとして関わる。

シューレ大学は、自分とは何者か、如何に生きるかを知る・表現することを通して模索する学びの場である。そこで、主として不登校・ひきこもりを経験した若者の学びに寄り添い、自分から始まる研究、表現活動をサポートしている。

また、社会学者としての研究活動もしており、著書は『登校拒否のエスノグラフィー』の他、共著に『教育のエスノグラフィー』『こころの仕事』『閉塞感のある社会で生きたいように生きる』など多数ある。海外のオルタナティブ教育の研究や交流にも力を入れており、ロシア、アメリカ、韓国、などに招聘され講演などもしている。






*この講演会は、那覇市協働のまちづくり事業補助金受託事業である、「『男女共同参画』を意識したコミュニティ活性化事業」の一環としておこなうものです。
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# by hideki_sunagawa | 2012-11-03 19:43 | notice
2012年 10月 28日

『クリエイティブ都市論』

▼連続講座2修了

「『男女共同参画』を意識したコミュニティ活性化事業  連続講座2:ジェンダーとコミュニティの関係について考える」(主催:レインボーアライアンス沖縄 共催:なは女性センター)の三回目(最終回)が本日終了した。

一回目、二回目は定員(15名)を上回る参加があった。今日はワークショップにはちょうどいい10名の参加。ジェンダーやセクシュアリティについて、日々の生活の中で嫌だなと思うことを上げ、それを解決するために自分たちができることについて考えてみた。

このようなワークショップをやる度に、なかなか改めて話し合ったり、共有したりする機会のない問題を共有することって大事だなぁ、と思う。今回も参加者それぞれにエンパワーされたように見えた。

▼「ボヘミアン=ゲイ指数」

ワークショップの後に、リチャード・フロリダの『クリエイティブ都市論』について紹介。フロリダ氏は、統計分析を元に、都市と経済の関係についてとても興味深い結論を出したことで有名だ。誤解を恐れずにあえて単純化して言うと、「ボヘミアン=ゲイ指数」の高い都市(圏)はクリエイティブな人が集まり経済的に活性化するというもの。

「ボヘミアン=ゲイ指数」とは、芸術関連の人たちやゲイ/レズビアンの人たちの比率を言う。しかし、これはそういう人たちが集まっていることが直接的に経済的活性化に結びつくというより、その指数の高い都市は、新しい経験へ柔軟であり、そのような人たちへの寛容度の高く、それにより多様な人材をひきつけることでクリエイティブな産業が発達する、ということを意味している。

▼住む地域の重要性

実は、この本で強調されているのは、よく「グローバリゼーションにより世界がフラット化している」と言われるが、実際にはそうではない(一定の都市圏に人々やクリエイティブさなどが集積する傾向がある)ということ。そして、どこに住むかが人生に大きな影響を(特に経済的な面において)もたらすということだ。

ちなみに東京圏は、そのような最も集積度の高い地域の一つとして挙げられている。もちろん、幸福感は必ずしも経済的な面だけに左右されるものではないことは指摘されているが(そして、多くの人が、ある年齢になると故郷に戻ることを考えるとも)、自分を振り返りつつ、沖縄に戻ったことについて考えさせられたりもした。

▼GRADiの意味

しかし、これを読みながら、自分がGRADiという場所をつくって、やろうとしていることへの意味付けを改めて確認することもできた。今、僕は沖縄を舞台に、多様さがコミュニティに活力を与えて行くということを示すための実験的な実践をしてるんだなぁ、と。多様な人たちが交差し集まることをやってみて、そこから何が生まれるのか、どう地域に波及していくのか。

どの程度のことができるかわからないけど、いろいろ楽しみながらやっていこう。



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# by hideki_sunagawa | 2012-10-28 23:49 | Books
2012年 10月 18日

東京からの訃報

10日9日、以前新宿二丁目にあった「ラピス」という店をされていた「ひろしさん」の訃報がツイッターで流れているのを目にした。ツイートしている人から判断すると本当だろうと思って、リツイートをした。その後、東京の友人に確認して本当だとわかった。

彼は、「ラピス」のマスターをする前は、有名なバー「クロノス」で店員として働いてて、彼がそこにいるときに僕は「クロノス」に通うようになった。「クロノス」は、クロちゃんという名物マスターがやっていたのだけれど、彼と常連客との丁々発止のやりとりには入れなかったので、いつもひろしさんの前に座って話をしていた。

よく考えてみたら、「クロノス」は僕が常連になった初めての店で、ひろしさんは、初めて親しくなった(とはいえ、店の外での付き合いはほとんどなかったけれど)カウンターの向こうの人だったかもしれない。

僕より6〜7つ上だっただろうか。僕にとっては二丁目の先輩的な存在だった。2002年にクロちゃんが亡くなり(→2002年5月3日の日記と、5月7日の日記にその話を書いていた<読み直してしんみり)、その後しばらくして、クロちゃんの逝去との関係で、ラピスも閉店。

ラピスの閉店の日は、朝に店を閉めるまでいて、帰りに寂しかったことを覚えている。その後、残念ながら会ったのは一度だけだっただろうか。また会いたいなぁ、と思いながらそのまま沖縄に戻って来てしまった。

実際に会えるかどうかさておき、ある時代を共有している人たちがいなくなっていくことは、やはりとても切なく寂しく、悲しい。もちろん、いつかは誰もがいなくなるし、自分だっていつ去るかなんて分からないのだけれど。

ああ、やっぱりもう一度会って、きっちりとお礼を言っておけばよかった。

こういう思いを何度もしているから、いつも、お礼はまめにしっかりと言っていこうと思っているのだけれど、それでも、そういう思いが残る。


…ひろしさん、本当にありがとう。
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# by hideki_sunagawa | 2012-10-18 02:23 | Diary
2012年 09月 29日

(お知らせ)なは女性センターで講演

10月5日(金)なは女性センターで講演します。なは女性センターは、2000年から毎年僕を講師として招いてくれている。ほんとうにありがたい。

先日は、自殺対策の庁内研修(相談員等向け)でも、性的マイノリティをテーマにした回を設けてくれ、呼んでくれた。なは女性センターは、すばらしいスタッフがそろった、雰囲気もとてもいい素敵な部署。

女性対象ですが、電話相談/面談相談も受けています → 相談の案内

なは女性センターのスタッフとの出会いは、僕が「沖縄に帰ろうかなぁ…」と思うようになったきっかけの一つとなっている。以下、講演内容です。「行こうかな?」と思ってくださった方、場所、間違えないように〜(よく、「てぃるる」と間違う人がいる)。

ーーー

「LGBTをめぐる世界の変化と地域の課題」について考える講座

2012年10月5日(金)午後7時〜8時半

対象者:関心のある方
定員:30人(先着順)
会場:なは女性センター 第2学習室
沖縄県那覇市銘苅2丁目3番1号(新都心銘苅庁舎1F)
電話番号:0989513203
FAX:0989513204

*LGBTとは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字をつなげた略語です。

*一時保育(2歳児以上)・手話通訳をご希望の方は、10月1日(月)午後5時までに
  申し出ください。
ーーー

「参加します」と、なは女性センターに電話かファックスを入れていただけるとスタッフは安心しますが、予約無しでも大丈夫です。
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# by hideki_sunagawa | 2012-09-29 12:27 | LGBT/gender
2012年 09月 23日

GRADiのペット?

GRADiに先日やって来たシロクマ。

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GRADi(http://gradi.jp)にぬいぐるみが欲しいという要望に応えるべく、探しまくった一品。すごくよく出来ていて、触り心地もいい。

対面したときは、「イメージより小さいかな?」という感じだったけど、ちょうど小さな犬が(もちろん、これはホッキョクグマだけど)寝そべっているみたい。

これから、GRADiをなごませてくれるかと。先日から、木〜土の21:30〜0:30の3時間を、夜カフェ風「ドロップイン」(ふらりと立ち寄れる)時間としているのだけれど、誰も来ないときは独りで作業しているので、こんな感じで目のつくところに居てもらってなごんでいます。

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ーーー
amazonから買えますよ。他にも、同じ会社で制作のかわいいものが…。子どももいます。制作会社のサイトからも買えるのだけれど、カード決済がうまくいかなかったりして、ちょっと面倒だったので、結局amazonから買いました。




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# by hideki_sunagawa | 2012-09-23 10:53 | Diary
2012年 09月 16日

『自分をえらんで生まれてきたよ』(いんやくりお)

理生(りお)さんは、現在11歳の男の子。「ちょっぴり個性的な心臓と肺」(<お母さんの表現)により、これまで入院は30回以上になるという。彼が3歳頃から語り始めた言葉を、お母さんが書き留め、それをまとめたものがこの本だ。

「神さま」が頻繁に登場し、自分がどうやって生まれたきたかということについても語る彼の話を、「スピリチュアル」なものや「宗教的」なものとしてとらえる人もいるだろう。終わりには、医師による「胎内記憶」についての解説が掲載されている。このような話は、人によって考え方が大きく分かれるので、ここでどうやって紹介しようかと、少し迷った。

というのも、特に僕のまわりには研究者が多いこともあり、「近代的・科学的知」からは異質なものと見られがちなものを好まない人も少なくないからだ(「胎内記憶」に関してはたぶん、それらの立場からも理解できそうな気がするけれど…)。

しかし、ここで語られている言葉は、それぞれの立場で色々な読み方、受け取り方ができると僕は感じた。「スピリチュアル」なものや「胎内記憶」、その両方として、あるいは詩や物語として。あるいはまた、お母さんとの無意識的な相互作用の中で生まれつむがれた言葉として。

いずれにせよ、僕がこの本に収められた言葉の示唆するものに慰撫され、力をもらい、刺激を受けたことは確かだ。また、表現方法は違っていても、もともと自分が抱いてきた人間観と似ている部分も大いにあって、驚いたりもした。


「病気で生まれてきたから、ぼくはいろいろな体験ができる。ママもいろいろな体験ができる。だから、ママは喜んでいいよ」

「心は、小さな心が集まってできている。小さな心が集まって、中くらいの心になる。ひとりひとりには、その中くらいの心が入っている。でも、その中くらいの心の大きさは、人によって違う。中くらいの心と中くらいの心は、ぜんぶつながっている」

「人間は、約束があるから、生きられる。次の約束があるから、生きられる。」

「(略)いろいろな色があるのがいい。姿かたちとか、性格とか、みんな違うのが、いい。違うから、『あ、だれだれくん』って、わかる。みんな同じだったら、意味がない。」


僕はここで触れた言葉をヒントとして、自分の人生観、いのち観、死生観を少し整理することができた。なので、理生さんの言葉に出会えたことに喜びを感じ、心から感謝している。

彼は、去年の3月からお母さんと一緒に沖縄に住んでいるとか。「沖縄は神さまの島で大好き。ぼく、島んちゅになります!」と言ってるという彼に、いつか会える日があるといいなと思っている。



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# by hideki_sunagawa | 2012-09-16 18:36 | Books
2012年 09月 15日

講座延期のお知らせ

☆重要なお知らせ

台風直撃の恐れがあるため、明日(9月16日)に開催予定だった「コミュニティ心理学に学ぶ 第2回」は延期となりました。

第2回の内容「ストレス。メンタルヘルスとコミュニティによる支援。」は、翌週9月23日(日)に、第3回の内容「エンパワメント。弱者救済から市民参加という考え方へ。」は、9月30日(日)に開催します。時間は同じく、午後3時〜午後5時です。お申し込みお待ちしております。


☆第一回目の様子

第一回目の「コミュニティ心理学とは。その成り立ちと考え方。」は、とてもわかりやすいコミュニティ心理学について説明でした。

地域おこしに関わっている人や、NPO活動に関わっている人、行政で男女共同参画問題にかかわっている人、逆にそのような関わりがこれまでなかった人など、様々な立場の人が参加していることが、内容を一層充実させてくれたと感じました。

個人の抱えている葛藤や悩みを、個人の問題として位置づけたり解決を図るのではなく、コミュニティや社会の問題そのものを変えて行くという視点、個人が下支えされるコミュニティの仕組みづくりの必要性、といった考え方がコミュニティ心理学にはあります。

大嶺さんの使われる喩えは、水槽の中で苦しそうにしている金魚、あるいは病気になった金魚がいるとして、その金魚を別の水槽に入れて治療しても、もとの水槽の環境をそのままにして戻せば同じことになる、というものでした。

これは、様々な社会問題に取り組む人に必要な視点だと思いました。もちろん、ジェンダーやセクシュアリティに関係する問題に関しても。

なお、第2回目の冒頭では、1回目の内容を簡単にレビューする予定です。ので、ぜひ第2回目からでもご参加ください。


ーーー
なお、前回も紹介しましたが、講師を務めてくださる大嶺和歌子さんにうかがったところ、コミュニティ心理学に関して、以下のような入門書ことを教えてくれました。




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# by hideki_sunagawa | 2012-09-15 13:21 | LGBT/gender
2012年 09月 05日

(再掲)講座、ぜひご参加ください!

「男女共同参画」を意識したコミュニティ活性化連続講座
   ~「コミュニティ心理学」から学ぶ~(全3回)

「那覇市協働のまちづくり事業補助金」を受けて、「レインボーアライアンス沖縄」が開催する連続講座です。

 最初のテーマは、私たちの生活で起きる問題をコミュニティや社会という視点からとらえていく「コミュニティ心理学」です。「コミュニティ心理学」とは、社会的な文脈に人間の存在を置き、環境との適合、誰もがもともと持っている強さやコンピテンス(能力)を重視します。そして、問題の予防、人々を力づけていくという視点から、問題解決への選択肢を拡げます。

 講師は、琉球大学などで非常勤講師として心理学を教えている大嶺和歌子さん(臨床心理士)です。一回だけの参加でも(二回目、三回目だけの参加でも)大丈夫です。

第1回「コミュニティ心理学とは。その成り立ちと考え方。」
日 時:9月9日(日)午後3時~5時

第2回「ストレス。メンタルヘルスとコミュニティによる支援。」
日 時:9月16日(日)午後3時~5時

第3回「エンパワメント。弱者救済から市民参加という考え方へ。」
日 時:9月23日(日)午後3時~5時

主 催:レインボーアライアンス沖縄
参加費:無料
定 員:15人
申込み・問い合わせ:gradi☆me.com (☆を@に変えてください)

GRADiの場所は、サイトでご確認ください。→ http://gradi.jp/
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# by hideki_sunagawa | 2012-09-05 23:15 | LGBT/gender
2012年 08月 23日

『答えのない問い』

GRADi文庫(今適当に名前をつけただけですが…)に、ある写真集を加えました。『Questions without Answers』。352ページもある分厚い写真集です。

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この写真集を買うきっかけとなったのは、Stephanie Sinclairさんという女性の写真家が、インタビューに答えている映像でした。彼女は、「child bride(子どもの花嫁)」をテーマに写真を撮っていて、そのことについてのインタビューでした。

10歳にも満たない少女たちが、親の取り決めた結婚相手の元へ嫁がなくてはいけなかったりする地域がたくさんあり、そのような地域の結婚や、結婚した後も暴力に苛まれる女性たちの様子を、彼女は写真に収めています。

そのテーマの写真は、「NATIONAL GEOGRAPHIC」に掲載されています。

実は僕は、彼女の写真集と勘違いしてこの写真集を購入したのでした。実際には、この写真集は、たくさんの写真家が、主に戦場や苛酷な状況にある人々を写した写真が集められたものでした(そうでないものも少なからずあります)。

正直、あまりにもつらすぎる写真がたくさんありますが、世界のあちこちで実際に起きていることである以上、ただ目を背けているわけにも…とも思います。

この写真集が届き、そんな風に思っているときに、ジャーナリスとの山本美香さんの訃報が報道されました。悲惨な内戦状態が続きながら、日本ではほとんど報道されないシリア。山本さんは、まさに「目を背けているわけにはいかない」という思いに突き動かされていた人なんだろうな、と思います。

彼女は、僕が通っていた都留文科大学英文科の一学年上だったようです。同じ時期を同じ大学で過ごしていた人だったんだなぁ…と思うと、言葉にできない複雑な思いが去来します。

彼女が安らかに眠られることを祈るとともに、世界のあちこちで起きていることを伝えようとしている人たちに感謝し、そして、その無事を心から祈りたいと思います。

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『Questions without Answers』




「幼き花嫁たち」のテーマが収められている『NATIONAL GEOGRAPHIC』日本版 2011年 06月号


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# by hideki_sunagawa | 2012-08-23 13:08 | LGBT/gender
2012年 08月 21日

「ゲイ・ホロコースト」

ナチス・ドイツ下で、同性愛者も強制収容所に送られたという話は、あまり知られていない。そして、その前には、同性愛者はかなり社会の中で顕在化していて、権利運動も発達しつつあったことも。以下は、Wipe Out Hmophobia .comというサイトの、「ゲイ・ホロコースト」という記事の翻訳です。

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ゲイ・ホロコースト

1928年には、同性愛を明らかにしながらドイツに住んでいる男性は、120万人いたという。アドルフ・ヒトラーが台頭し力を得た結果、同性愛者の団体は禁止され、同性愛に関する学術書は燃やされた。

ヒトラーの人種イデオロギーは、同性愛を「寄生者」や倒錯者としてだけでなく、国家の敵として烙印を押した。1935年、ナチ政府は、同性愛の犯罪としての位置づけを拡大し、これが重要な意味を持つことになった。

SS(ナチ親衛隊)のトップの支持のもと、警察は「ピンクリスト」をつくり、同性愛の男性と女性に対して、不道徳なものとしての取締を開始した。多くが精神病院に送られ、裁判所の命令により去勢された者もいた。これらの男性のうち10万人が強制収容所へと送り込まれた。

ピンク・トライアングルが(今は、ゲイプライドのシンボルになっているが)、同性愛者であることを示すために、収容所に送られた彼らの胸に着けられた。5万5千人が処刑されたと推計されている。

Heinz Dormer氏は、約10年を刑務所と強制収容所で過ごした。彼は、「歌う森」から聞こえる「忘れ得ない苦悶の叫び」について語った。「歌う森」とは、有罪が宣告された人たちが絞首刑にされた高いポールの列のことだ。

「死刑を宣告された誰もが、そのフックに吊し上げられた。そのうめき声、叫び声は人間のものとは思えなかった。人間の理解を超えたものだった。」


続く迫害

キャンプが解放され、ユダヤ人犠牲者の窮状が世界に知られた後も、同性愛者の迫害は、戦後ドイツを通して続いた。多くの生存者(サバイバー)が、当初、強制収容所退去者向け施設で生活を再建し、家族との関係性を取り戻そうとした。

しかし同性愛者は、更なる迫害と社会からの排除に直面した。実際、多くのピンクトライアングル・サバイバーが、同性愛者であることで再度投獄された。戦後社会においても、同性愛者は逸脱者のままであった。


沈黙と恥と(Silent shame)

解放された(すなわち、更なる服役のなかった)ゲイ・サバイバーは、しばしば社会からの追放を経験することになった。戦後、家に戻ることが望まれなかった者もいた。それは、彼らが家族の名声にもたらした「恥」ゆえだった。

戻った者は、そのおぞましい出来事のセンシティブな性質が家族にさらなる苦悩をもたらすことを恐れ、その経験を自分の中にだけに留めておいた。その苦難を全く口にすることがない者もいた。


正義はどこに(No Justice)

1945年、解放に引き続きおこわれたニュンベルクの戦争犯罪裁判では、同性愛者に対する犯罪については言及されなかった。ピンク・トライアングルをつけられた収容者に対する特定の残虐行為について裁判にかけられたSSはいなかった。

SSの医師として知られていた多くの者は、同性愛者に手術をおこなったのだが、その行為について説明することは決してなかった。SS医師の中で最も悪名高かったのは、Carl Peter Vaernetである。

彼は、ブーフェンバルトやノイエンガンメの強制収容所でピンク・トライアングルを着けた被収容者に対して膨大な数の実験をおこなった。しかし彼は、その罪によって裁かれることはなく、南アフリカに逃げ、1965年に自由の身のまま亡くなった。

これらのことへの認識は少しずつ広がった。しかし、法により犯罪として扱われたまま残りの生涯を終えた多くのゲイの犠牲者やサバイバーにとっては、遅かった。

メモリアル(記念館/碑)が、ホロコーストの他の多くの犠牲者の記憶を留める一方で、一つのメモリアルがゲイの犠牲者を含めるのに、54年もかかった。1999年、ドイツはついに、同性愛者の犠牲者のための公式な追悼会をザクセンハウゼン強制収容所前で開催した。


謝罪

しかしながら、実際の謝罪がおこなわれたのは、2000年12月になってのことだった。ドイツ政府は、1949年以降の(訳者注1)ドイツにおける同性愛の迫害についての謝罪を発表し、同性愛者を第三帝国の犠牲者として認めることに同意した。

サバイバーは、ようやく、前に進む力を得て、ホロコーストの間の彼らの処遇に対する保障を訴えた(保障のための訴えの登録は2001年いっぱいでとなっていたが)。

ジュネーブに拠点を持つ支援組織、「移民のための国際組織」がこの訴えの扱いについての責任を担っている。

2002年5月17日、このプロセスは、数千人の同性愛者が(彼らは第三帝国の下で苦しんだのだが)、ドイツ政府から正式に謝罪を受けたことで完遂された。約5万人のゲイ男性が含まれた。ドイツの司法省大臣、Hertha Daeubler-Gmelinは国会で述べた。

「私たちは、皆知っています。私たちの今日の決断が50年以上遅かったことを。しかし、それにでも、このことは必要です。私たちは、過ちに満ちたナチの司法の犠牲者たちへの義務として、このことを負っています。」

2008年5月、ベルリンのティールアガルテン公園にある、ユダヤ人犠牲者のためのメインのホロコースト記念館の真向かいで、ナチの強制収容所で亡くなった同性愛者のための記念碑の除幕がおこなわれた。

私たちは、決して、決して、忘れてはならない。


(訳者注1)原文には、このように書かれているが、他の記事では、このときの謝罪は「議会は、ナチズムの被害者となった同性愛者たちの名誉が回復されるべきであることを確信し、1969年に至るまで同性愛者の市民に対する危害について謝罪する」というものであったという(参考サイト)。

「1949年以降の」という表現が、「1969年に至るまで」の誤りか、同盟国の管理が終了し新生ドイツとしてスタートした1949年以降の責任を認めたものか、この文章からでは明らかではない。1969年まで、というのは、その年まで同性愛が違法とされていたことによる。


ーーーーーー

このナチスドイツ下でのゲイの強制収容所送りに関して書かれた本の日本語訳『ピンクトライアングルの男たち ー ナチ強制収容所を生き残ったあるゲイの記録1939-1945』も出ています。日本語でこのことについて読める貴重な一冊です。


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# by hideki_sunagawa | 2012-08-21 14:35 | LGBT/gender
2012年 08月 16日

催しのお知らせ

GRADiで開催する催しのお知らせです。(1)、(2)どちらとも、どなたでもご参加頂けます(要事前申し込み)。

(1)「自分をケアするワークショップ~コラージュ体験~」

 コラージュとは、画用紙に切り取った写真や絵をのりではりつけて作品づくりをするものです。静かな自分のための時間のなかで、工作気分で作品づくりを楽しんでみませんか。
 講師は病院臨床、教育関係で経験を積んだ臨床心理士の島袋裕子(GRADiアドバイザー)がつとめます。島袋自身、病院臨床でコラージュグループをおこない、一緒に作成してきたことで、その楽しさ/奥ゆきに魅了された一人です。当日は、各大きさの画用紙を用意しておきますので、それぞれの気分で選んで制作していただき、持ち帰っていただく予定です。
 なお、このワークショップは、特に心理状況を診断するものではなく、コラージュを楽しむことで気分転換をはかるものです。講師はコラージュづくりを楽しむ立場にいるのでお気軽にご参加ください。

日 時:8月29日(水)午後6時半〜8時半
参加費:1,000円(茶菓付き)
定 員:8名(申し込み順)
申込み・問い合わせ:gradi☆me.com (☆を@に変えてください)
持参いただくもの:はさみ
(+できれば、写真の多いいらない雑誌や広告などを持参ください)



(2)「男女共同参画」を意識したコミュニティ活性化連続講座
   ~「コミュニティ心理学」から学ぶ~(全3回)


「那覇市協働のまちづくり事業補助金」を受けて、「レインボーアライアンス沖縄」が開催する連続講座(4つのテーマ、各テーマ3回の構成)です。
 最初のテーマは、私たちの生活で起きる問題をコミュニティや社会という視点からとらえていく「コミュニティ心理学」です。「コミュニティ心理学」とは、社会的な文脈に人間の存在を置き、環境との適合、誰もがもともと持っている強さやコンピテンス(能力)を重視します。そして、問題の予防、人々を力づけていくという視点から、問題解決への選択肢を拡げます。
 3回とも出席できる方を優先いたします。講師は、琉球大学などで非常勤講師として心理学を教えている大嶺和歌子さん(臨床心理士)です。

第1回「コミュニティ心理学とは。その成り立ちと考え方。」
日 時:9月9日(日)午後3時~5時

第2回「ストレス。メンタルヘルスとコミュニティによる支援。」
日 時:9月16日(日)午後3時~5時

第3回「エンパワメント。弱者救済から市民参加という考え方へ。」
日 時:9月23日(日)午後3時~5時

主 催:レインボーアライアンス沖縄
参加費:無料
定 員:15人(全3回出席できる方優先)
申込み・問い合わせ:gradi☆me.com (☆を@に変えてください)



GRADiの場所は、サイトでご確認ください。→ http://gradi.jp/

ーーー

講師を務めてくださる大嶺和歌子さんにうかがったところ、コミュニティ心理学に関して、以下のような入門書ことを教えてくれました。僕も今、勉強しているところです。




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# by hideki_sunagawa | 2012-08-16 15:07 | notice
2012年 07月 03日

GRADiのミッション

5月から始めたGRADi(グラディ)。ミッションとサポートのお願いについての文章を加えました。
http://gradi.jp/

これまで、どういう形態でやっていくか迷いがあったのですが、やはり「ソーシャルビジネス」という位置づけがしっくりくるかな、と思っています。

以下、サイトに掲載した文章を再掲します。


ーーー GRADiとは ーーー

(1)ミッションについて
(2)ソーシャルビジネスとして
(3)サポートのお願い


(1)ミッションについて

「GRADi(グラディ)」という名前は、「多様性のための草の根アクション(GrassRoots Action for Diversity)」の頭文字をとったものです。

GRADiは、人々の多様性が積極的に肯定されること、それにより社会的マイノリティが生きやすい領域を広げていくこと、その実現のために必要な社会・人文学的な知と想像力を広げて行くこと、を「ミッション(mission)」としています。

「ミッション」という言葉は、そのニュアンスが日本語にしづらい語の一つですが、この場合、「志(こころざし)」という表現が近いかもしれません。

GRADiは、そのミッション(≒志)に共感する人びとが、集ったり、出会ったりできる場をつくりだすこと、また、そのミッションと共振するような、様々な時代や地域で生まれた言葉、その土台にある思考に触れられる機会を提供していきたいと思っています。そして、その中から社会に働きかけていくような思考や活動の源が生まれ、広がって行くことを願っています。

それは、人と知と活動をつなげていくことなのだと考えています。そして、それを「つながり、学び、変えていく」という言葉で表現しました。


(2)ソーシャルビジネスとして

GRADiは、営利を優先し追求するものではありません。しかし、日本では今も、非営利団体(NPO)に対して、無償で働いたり、無料サービスを提供したりすることというイメージが強いこともあり、GRADiはそのあり方をソーシャルビジネスと表現しています。

ソーシャルサービス/社会的企業(起業)というのは、社会問題の解決に向けて活動したり、様々な人がより生きやすい社会を実現するために働きかけをおこないながらも、企業やそれに近い形の形態をとる組織のことを言います。日本でも最近増えており、注目を浴びています。

ソーシャルビジネスは、寄付などの「善意」だけに依存するのではなく、事業によって組織の経済的基盤をつくることを目標とするものです。GRADiもそれを目指し、ミッションに合致するものであることを軸にした事業を展開していきます。


(3)サポートのお願い

先述の通り、GRADiは事業を展開していきます。しかし残念ながら、場所を維持していくための資金を十分に得られていないのが現状です。

GRADiは、現在のスペースを持たなくなったとしても続ける予定ですが、LGBTをはじめ様々な人々がふらりと寄れる、また学習会などの集まりを開くことができるこのスペースが維持されることは、大きな意義があると思っています。GRADiのミッション(≒志)を支援したいという方がいらっしゃいましたら、無理のない範囲でのサポートをお願いします。

<サポートの方法>

▼講座/講演への参加 … 関心を持っていただけましたら、gradi☆me.com(☆を@に変えてください)へメールをください。随時、案内をお送りしますので、都合のつくときにご参加ください。

▼英語塾への申込み … 体験受講もできます。上記メールアドレスへご連絡くださるか、お電話ください(098-866-1370)。留守の場合には留守番電話にお名前と連絡先をお残しください。現在、学生向けですが、成人向けの講座も考えています。ご相談ください。

▼寄付 … お振り込みいただいた後、上記メールアドレスへお名前とご住所(郵便をお送りしても差し支えなければ)をお送りください。よろしくお願いします。

<振込先(主宰者の個人名義口座になっています)>

ゆうちょ銀行
同行から:[記号]17080 [番号]16259141 スナガワ ヒデキ
他金融機関から:[店名]七〇八(ナナゼロハチ) 普 1625914 スナガワ ヒデキ

みずほ銀行
北沢(キタザワ)支店 普 2101828 スナガワ ヒデキ

沖縄海邦銀行 
泊(トマリ)支店 普 0536731 スナガワ ヒデキ
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# by hideki_sunagawa | 2012-07-03 00:23 | notice
2012年 06月 21日

補助金交付決定&交流会のお知らせ

レインボーアライアンス沖縄で申請していた、那覇市の「恊働のまちづくり事業補助金」交付が決定しました。小額ではありますが…。

内容は、LGBT関係というよりもジェンダー関係のものです(もちろん、LGBTのことも含みますが)。これから先、講座、講演会等を展開していきます!お楽しみに。

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さて、昨日より、シカゴの大学で勤めている友人が沖縄に来ています。彼女は、米国で同性のパートナーと子育てをしています。その経験を聞いたりしつつ、交流する会を24日(日)18時〜21日に開催します。

LGBTフレンドリー/サポーティブな方ならどなたでも参加できます。ドリンク&軽食付きで1500円(差し入れ歓迎!)。場所は、国際通りからすぐのGRADiにて。ご希望の方は、23日の正午頃までにご連絡ください。

hideki_sunagawa☆hotmail.comです(☆をアットマークに変えてください)。
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# by hideki_sunagawa | 2012-06-21 23:49 | LGBT/gender
2012年 06月 09日

生活保護問題(稲葉剛)

生活保護問題について、「NPO法人自立生活サポートセンター・もやい」の稲葉剛さんが書かれた文章です。本当は行政がやるべき仕事を、彼のような人たちが苦労しながら担ってきた。それすらも無にしようとする最近のメディア、国政の動き、それに後押しする人たちの意見には、憤りを覚える。


******************

生活保護問題:困窮者実情踏まえ議論を

NPO法人自立生活サポートセンター・もやい代表理事 稲葉剛

 生活保護制度が揺れている。「高額所得者の芸能人の母親が生活保護を受給」という報道に端を発した騒動は、親族の扶養義務と公的な援助の関係をめぐる議論に発展した。

 小宮山洋子厚生労働大臣は、生活保護受給者の親族が受給者を扶養できない場合、親族側に扶養が困難な理由を証明する義務を課す制度改正に言及し、自民党の生活保護に関するプロジェクトチームは、親族の扶養義務を徹底させる生活保護法改正案を今国会に提出するとの方針を固めた。
 世論の後押しもあり、短期間のうちに制度改正が決まってしまいそうな勢いである。

  しかし、生活に困窮した人々の状況を少しでも知る者なら、今回の扶養義務強化をめぐる動きが福祉の現場を踏まえない乱暴な議論であることが分かるだろう。
 私がこれまで関わった方々の中には、扶養義務に基づく親族への連絡がネックになり、生活保護の申請をあきらめかけていた人が多くいた。私たちは虐待やドメスティックバイオレンス(DV)に関連する場合、親族に連絡しないよう役所に要請しているが、1人で窓口に行って以下のような対応をされた人も少なくない。

  Aさん(20代男性)。大学卒業後、正社員として就職するが、過労によりうつ病を発症して退職。実家に戻り療養生活に入るが、両親はうつ病を理解せず「働かざる者食うべからず」と連日罵倒される。食事も与えられなくなり、栄養不良状態に。家を出て、福祉事務所に相談に行くが、実家に戻って養ってもらうように言われた。

 Bさん(30代女性)。職場結婚したが、連日暴力を振るわれた。自分の貯金を引き出して家出し、ビジネスホテルを転々と。お金が尽きそうになり、福祉事務所に相談に行ったが「離婚が成立していないため、配偶者に連絡をする」と言われ、申請せずに帰ってきた。

 現行でもこうした対応なのだ。扶養義務が強化された場合、親族から虐待や暴力を受けた経験のある人たちは、役所が親族に連絡することを恐れ、窓口に相談にすら行かなくなるだろう。その先にあるのは、最悪の場合、困窮による餓死や自死、孤立死である。生活保護制度が最後のセーフティーネットである以上、それを利用できるかどうかは生命に関わる。

 虐待などの経験がない人であっても「家族に迷惑をかけたくない」という意識から申請を控える人は多い。「きょうだいに知られたくない」という理由で申請をためらっている代の路上生活者を、私は何人も知っている。こうした人々もますます福祉の窓口から足が遠ざかるだろう。

 1950年に制定された現行の生活保護法には、親族による扶養は「保護に優先して行われるものとする」との規定があるが、旧生活保護法のように親族が扶養できないことを必須の条件とはしていない。この制度改正には、現代社会において親族間の扶養を過度に強調することは時代錯誤的であり、先進国としてふさわしくないという当時の政府の認識があった。

 今回の動きは、60年以上も前に時計の針を逆戻りさせようとするものである。例外的な事例をもとにムード先行で議論を進めるのではなく、生活困窮者の実情を踏まえた冷静な議論を求めたい。


ーーー

<2012年8月23日追記>この問題に関して、『間違いだらけの生活保護バッシング-Q&Aでわかる生活保護の誤解と利用者の実像』という本が出ました。


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# by hideki_sunagawa | 2012-06-09 11:03 | labor/poverty
2012年 06月 03日

伝わらない話…

ひょんなことから、僕の言ったことを間違って受け取り、批判しているブログを見つけた。

基本的に、ネット上で僕について書かれていること、特に匿名のものは見ないようにしいてるし、見ても、大部分が嘘や誇張、話のすり替えなど、あまりにもくだらない内容なので、気にしないようにしている。

しかし、このブログでは、真面目にセクシュアリティやジェンダーについて書いているようなので、誤解をちゃんと指摘しておきたい。


記事のタイトルは、「人を見たら多数派と思う」

コメントとして書き込んだのだが、エラーが起きたので、そして、書いている人の連絡先も見つからなかったので、こちらで書いておくことに。

まず、これを書いている人は、僕が講演で次のように言ったと書いている。

ーーー
「じゃあとりあえずよくある質問とその答でも」と
砂川さんが話し始めたのが
「ゲイってどんなセックスをするの?」
という問いと
「別に全員アナルセックスするわけじゃないよ。
ていうか初対面の人にあなたはどんなプレイをするの?
なんて異性愛者には聞かないよね。なぜなら失礼だから」
という答。
ーーー

おそらく、「別に全員がアナルセックスをするわけじゃないよ」というようなニュアンスのことを言ったのは確かだろう。僕は、講演では、「ゲイがセックスと意識する行為の中でインターコースの占める割合は、異性愛者がセックスと意識する行為の中でインターコースの占める割合より低い」とい話をするからだ。性行動調査の結果をもとに。

しかし、その後がまったく逆の話になっている。僕は最初にゲイとして大学で話をしたときから、<必ず>、「そういうことを聞くと、異性愛者にはそういうこと聞かないのに、失礼と怒る人がいるけれど、僕は決してそのような質問には怒りません。情報がないので、不思議に思ってある意味では当然だと思います」という言い方をする。

たぶん、これを書いた人は、「全員がアナルセックスをするわけじゃない」という話を聞いた時点で、僕の話を勝手に推測し、その結果、僕の言ったことをちゃんと聞いていなかったのだろう。

「似たような話を本やなんかで見た覚えがあったし」という意識が、そういう風に聞き違いを起こしたのかもしれない。


ちなみに、「けれど機先を制して下世話な話をたしなめるのは無知なマジョリティから無神経な質問や失礼な扱いを多くされてきた結果だろうと後からようやく思い至って」とあるけれど、僕はそういう質問を受けたことがほとんどない。

むしろ、「何を聞いたら失礼になるのか…」と控えめになる傾向があるので、先のような、「そういうことを聞いても怒りませんよ」と言うようにしているのだ(もちろん、ホモフォビックのような発言があったら、返答の語気は荒くなりがちだろうけれど)。


そして、「テーマ的にみて受講者のセクマイ率はきっと高かったはず」と、この書き手は推測しているが、僕が色んな大学でたくさんの講演や講義をしてきた経験として、そういうことはない。もしかしたら、他の授業より高いことはある<かも>しれない。

もちろん、全ての聴衆のことを把握しているわけではないが、書かれるコメントから、「当事者」やそれに近い人の占める割合は、常に極めて低い。


社会問題も含め、真面目に書いているブログなのに、誤解(あるいは記憶違い)や、勝手な憶測を根拠にこのような文章が掲載されるのはとても残念だ。

しかし、聞き手には常に聞き違えや誤解をする人はいるもの(自分もそういうときもあるだろう)。そういうものとして諦めなくてはいけない面もあるかもしれない。しかし、それに基づいた批判が誰もがアクセスできる中にあるという現実。

そのように聞き違えや誤解をした人の情報が溢れていて、それにまた誰もがアクセスでき、往々にして再生産もされる…やはり、メディアリテラシー教育が必要だと痛感する。
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# by hideki_sunagawa | 2012-06-03 06:13 | Diary
2012年 05月 23日

「世界のLGBT事情を考えるパネル展」の報告

同性愛差別に反対する国際デー(IDAHO:International Day Against Homophobia)にあわせておこなった「世界のLGBT事情を考えるパネル展」、46名の来場者がありました。ご来場くださった皆さん、どうもありがとうございました。


▼再会

一日目は、身近な知り合いが何人か顔を出してくれました。姉も来てくれ、「見てよかった。大人がかわらなくちゃダメだね」と後でメールをくれました。

二日目は、その日に、「琉球新報」「沖縄タイムス」に小さいながらも紹介が載ったことで、それを見て来てくださった方がたくさんいました。

パネルを見始めるなり涙を流された女性は、僕のスライドを使った説明を聞き終えた後すぐに、どなたか(おそらく自分にとって大切な人)に電話をし「見て欲しかったー」と話していました。

スライドの後も、何か話したげに残っていた男性は、実は、小学生の頃から思春期にかけての顔見知りで昔のご近所さんでした。少し迷いつつも、自分もゲイであることと、僕とのつながりを語ってくれ、驚きながらもうれしい再会となりました。


▼それぞれの生きづらさ

その日の夜、年配の男性が来場。彼が、スライド説明の後、「人は皆バイセクシュアル」と言いながらも、ホモフォビックな主張を声高にしたため、僕は強く反発し、激しいやりとりに。そのやりとりを聞いていた女性(non-LGBT)が、自分が経験してきた生きづらさを語ってくれ、LGBTの生きづらさと結びつけて話してくれました。

その年配の人が帰った後、その議論の前からいた男性が、自身もゲイであることと自分が抱えている問題についても率直に語ってくれました。

実は、その日は、早い時間からゲイライツアクティビストの大先輩が来てくださっていました。先の年配との男性との応酬をあえて黙って見つめていた彼は、僕の対応について「それでよかった、他の人が安心して話せる空間をつくったのだから」と、後のスタッフ慰労会で言ってくれました。どんな対応しても「これでよかったのか」という思いが残る中、その言葉にどれだけ救われたことか。


▼アライズ(allies)と当事者の出会いから

三日目、60代とおぼしきご夫婦が、雨の中、道に迷いながらも来てくださいました。パネルに書いた文章を、本当にじっくりと時間をかけながら熱心に読んでくださっている姿に、その文章を書いたものとして涙が出ました。

スライドの説明を聞いた後、夫が「親にカミングアウトできないというのはどういう気持ちなんでしょうね…。親なら受け止めるでしょう?」と語った言葉が印象的でした。その言葉に、妻は「そうでもないよー、私知ってる人がいるけど…」と。温かい雰囲気を漂わせた素敵なご夫婦でした。またお会いしたいものです。

その日、一人で訪れた男子大学生と、60近いというnon-LGBTの女性が、たまたま一緒にスライドを見る機会がありました。女性が、「差別する人の気持ちの方がわからない」と語り、自分の身近なレズビアンの方の話をするのを聞いた後に、男子大学生が同性に恋をしたときの難しさについて語ってくれました。

その後、その大学生と活動に興味を持ってくれているレズビアンの女性と僕と三人、年代が違いながらも、いろんな話を共有し、楽しく語らいました。彼女が、後でくれたメールに、「こういう場をつくってくれたことに、感謝します」と繰り返し書いてくれた言葉に力づけられました。


▼希望を感じる出会いの数々

最終日。
いつも応援してくれている大学教員の異性愛カップルが、忙しい中、時間をつくって来てくれました。この日、二人の温かいサポーティブな雰囲気にエネルギーをもらってのスタートに。

レズビアンの方がたくさん来てくれ、彼女たちが、強い問題意識を持って、展示のことを受け止めてくれた方が多かったのが、印象深く、そんな彼女たちからたくさんのエネルギーをもらいました。そんな様子を見つつ、沖縄のLGBTの活動を活発にするのはレズビアンかもな…思ったりも。

終わり時間近くに来てくれたのは、若者三人でした。実は、僕の非常勤講師先の講義を受講した女子大学生が、一緒にエイサーをやっているという二人(男性)を連れてきたのでした。

三人とも真摯な態度でパネルを読み、スライドを使った説明も聞き入ってくれました。その様子に、僕も語りつつ、声を詰まらせることもありました。スライドが終わった後も、そのエイサー団体の代表らしい若者が話を深める質問をしてくれ、その様子を見て、一緒にスライドを見ていたゲイカップルの友人が、自分の話をしてくれました。

若者三人の、明るく、まじめな姿には、将来の希望を感じました。


▼感謝の思いをもって

ここにはすべてを書ききれなかったけれど、他の来場たち者の様子や言葉もすべて心に残っています。決して多くはない来場者の数だったけれど、それだからこそ実現した密なやりとりが多く、多くの人に向けて伝えるだけでなく、個々人と対面しながら語り合っていくことの意義を痛感しました。

そして、このような場所があることの意味も(維持するのは、経済的にはかなり困難だけど…)。

今回のこの展示も、ともに活動している仲間や、友人たちに支えられておこなうことができました。いつも支えてくれている活動仲間の二人、電話番をしながらずっとこの空間に共にいてくれた友人、さりげなく差し入れを持ってきてくれたり顔を出してくれたりした友人。遠くから応援してくれているパートナーや友人たち。

そんな支えと、来場者の皆さん、そして、宣伝してくださった方々のおかげで、とても意義深い展示となりました。あらためてお礼を。どうもありがとうございました。
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# by hideki_sunagawa | 2012-05-23 12:09 | LGBT/gender
2012年 05月 15日

「同性愛差別に反対する国際デー」に

5月17日は、IDAHO(アイダホ)と略される、International Day Against Homophobiaです。

沖縄レインボーアライアンスでは、この日にちなみ、5月17日〜20日まで「世界のLGBT事情を考えるパネル展」をGRADiで開催します。


なお、これまで、「国際反ホモフォビアデー」と日本語訳されていました(もちろん、僕もその訳を使ってきました)が、今回、「同性愛差別に反対する国際デー」と訳し直してみました。

というのも、「ホモフォビア」という言葉が多くの人にピンとこないことや、字面的に「反ホモ」という部分が先に目について、一瞬むしろ同性愛に反対するという意味に見えたりもすること、等々が以前から気になっていたのです。

ホモフォビアは、訳すとしたら確かに「同性愛嫌悪」なのですが、文脈によっては、どうもフォビアと「嫌悪」という言葉の間のニュアンスの差が大きい気がして…。今回の日の呼びかけの趣旨を考えると、「差別」という言葉の方が近いかなという気がします。


パネル展と言っても、とても簡単なものですが、ぜひ、GRADiの様子を見がてらお越しください。


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# by hideki_sunagawa | 2012-05-15 21:55 | LGBT/gender
2012年 05月 10日

今日の雑感

GRADiというスペースをオープンして、近々、英語塾をスタートさせるということで、その準備にかかりっきり。このブログもなかなか書けそうになく…。去年からしばらく書いていたLGBTニュース紹介も、当分は無理かなー。まとめてではなく、ちょこちょこと紹介するかも。


ということで言うと、今日のツイッターのタイムラインは、オバマ大統領が同性婚支持を明言したことに関する喜びの声でいっぱいになっていました。日本のニュースでも紹介されていたし。大盛り上がり。

僕も、朝にツイッターを開いて、海外のLGBTニュース系のツイッターのアカウントがこのニュースを流していたので、「おー」と思って、そのままリツイート。でも、日本のツイッターでも(もちろん、LGBTやLGBT関連のことに関心のわる人を中心として、だけど)こんなに盛り上がるとは思わなかったなー。


というのも、オバマ政権は、昨年、LGBTの人権問題にグローバルな規模で積極的に取り組んで行くことを正式に発表し、その直後、クリントン国務長官が国連でLGBTの人権についてスピーチをする、という流れがあったし、基本的には同性婚には支援的な感じではあったので。

それでも、米国内でも大きく盛り上がったのは、「大統領選に向けて、これを前面に出すんだな」ということがはっきりしたからだろう。


ツイッターでも書いたけれど、僕としては、今年の3月に国連事務総長の潘基文(パン・ギムン、 반기문)のLGBTの人権に関するスピーチの方が歴史的だなぁ…と思ったし、インパクトが大きかったんだよねぇ。

Ban Ki-moon: : The Time Has Come. REMIX!‬
(alloutが音楽とキャプションをつけたもの<英語)

まぁ、今回のことも含めて、世界のLGBTをめぐる状況は動いてるということ。この問題に限らず、世界のいろいろな動きに関心を持ちつつ、地元で動いていきたいなー。GRADiは、小さいけれど、そんな思いを持って進めていきます。


GRADiのFacebookのアカウントもできました。どうぞよろしく〜。
こちらから
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# by hideki_sunagawa | 2012-05-10 20:40 | Diary
2012年 05月 04日

多目的スペースオープンしました!

すっかり、ブログ更新が滞っていたのは、多目的スペース「GRADi」(グラディ)をオーブンさせる準備で奔走していたからでした。

昨日、身近な友人たちに声をかけ、オープニングパーティを開催。小さいスペースながら、48人(うち子ども6人)もの人がが来てくれました。感謝!

実に様々な人が来てくださり、面白く温かい雰囲気でした、

この場所では、中学高校生向けの英語塾や、誰でも参加できる講座や講演などを開催していきます。

なお、現在、くま絵師・悠のイラストを展示中です(数は少ないのですが)。5/4-5/6の13時〜18時オープンしています。フリードリンクもご用意しています。よかったら、一息つきがてら、ご来場ください。

場所は、那覇市牧志1-1-37 インド料理屋の2Fです。http://t.co/mhacJmlT
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# by Hideki_Sunagawa | 2012-05-04 16:01 | Diary
2012年 04月 17日

一周年

4月15日、沖縄に帰って来てまる一年となった。あっという間だったなぁ。この一年間、なんとか無事に過ごせたことに感謝。東京での日々と同じように、いろいろな人に支えられつつ…の一年でした。

でも、無事に過ごせた、とはいえ、これまでの一年間はほんとど休養していたようなもので、これからの一年間が勝負。この先を考えると、プレッシャーに押しつぶされそうだけど、「2000年にパレードをやったときの苦労に比べれば…」と感じたりもする(振り返ると、本当にあのときは命を削ってたんだなぁ、と)。


沖縄に帰って来てからの変化と言えば、一つに、「アイデンティティ」や「文化」をめぐっての考えがある。でもそれは、それまでと考え方が変わったというのではなく、以前から考えてきたことを実感し、深めることができたという感じ。

その土台には、僕が文化人類学という学問分野の中で学んできたことがある。おそらく、その時のアカデミックなトレーニングがなければ、今感じている「もやもや」を整理できなかっただろう(まぁ、いまだに研究者にしては言語化が下手なんだけど)。


そう考えると、東京で経験したこと、学んだことが、ちゃんと今につながっていることがはっきりわかる。でも、それは先々のことまで見通して計画して進んできたのではなく、むしろ、僕の中に色々なものが入り込んできて、それらが次の何かを取り込んで、だんだんと僕の中で生成していくような感じ。もちろん、折々に、何かの決断を「自分」がするわけだけれど。


一年後も、これまでやってきたことを発展させられたなぁ、と思えるといいな。とりあえず、これからしばらくはがんばり期。やれるだけやってみよう。
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# by hideki_sunagawa | 2012-04-17 14:45 | Okinawa
2012年 04月 16日

LGBTニュース紹介 04/16

ニュースを翻訳したりまとめたりする気力がなく、約一ヶ月休んでしまいましたが、久々に。

ーーー

▼サンクトペテルブルクで「反同性愛プロパガンダ法」により逮捕者

4月8日(日)、ロシアのサンクトペテルブルクで、「反同性愛プロパガンダ法」に違反したとして、Sergey Kondrashov氏が逮捕された。

彼は、「家族の親愛なる友人の一人はレズビアンだ。私の妻も私も、彼女のことを愛しているし尊敬もしている。そして、彼女の家族も、私たちと同様に。」というプラカードを掲げたことを理由に逮捕された。

サンクトペテルブルクでは、(このニュース紹介でも何度も紹介したように)、同性愛を「推進する」ような言動を公にとることを違法とする法律が制定された。

現在、この逮捕への抗議とSergey氏への支援のための署名が呼び掛けられている。

*署名のページ(英語)*


▼ハンガリーでも反同性愛法案が上程される

ロシアで施行され広がりを見せている「反同性愛プロパガンダ法」と同様な法律が、ハンガリーの極右政党によって、国会に提出された。

これは、「反秩序的性行動、特に同性間での性的関係」を肯定的に表出することを禁止するための三つの法案で、そのうちの一つは、憲法修正だという。この法案が通れば、「反秩序的」と判断されるイベントや発言が禁止される。

罰則としては、罰金刑の他、3年までの(ケースによっては8年前での)禁固刑が科せられる内容。。なお、この法案の策定をもくろむ極右政党、Jobbik党は、ハンガリー国会の386議席中47議席を持っている。

また、首都ブタペストの警察は、今年の6月に予定されているLGBTプライドマーチの開催許可を却下している。

*このニュースを伝えるPink Newsの記事(英語)*


▼ガンビアで三人の同性愛者が逮捕される

二人のガンビア出身の女性と、一人のナイジェリア人の男性が同性愛行為を理由に逮捕されたと、ガンビアの新聞が報じた。

ガンビアのYahyeh Jammeh大統領は、今年のはじめに、同性愛は外国の文化的現象であると言い、「私たちは、人権とはどういうものか知っている。同性の人間は結婚できないし、デートもできない。私たちの文化を壊すことが人権と考えるならば、それは大きな間違いを犯している。もしそうならば、ガンビアにいることが間違っている」と明言していた。

同国では、同性間の性行為は、最高で14年の禁固刑に処せられる犯罪と位置づけられている。ガンビアはイスラム教が中心の共和国である。

*このニュースを伝えるPink Newsの記事(英語)*


▼米国でカミングアウトと健康の関する調査結果が発表される

両親にゲイ、レズビアン、バイセクシュアルであるということをカミングアウトしている場合、特にその親が支援的ならば、精神的健康状態がより良好であるという、研究結果が報告された。

この研究は、ボストン大学の研究チームによるもので、薬物濫用の傾向性などが低くなるという結果などが示されている。

例えば、ゲイやバイセクシュアル男性では、両親が支援的でない場合、深刻な鬱やアルコール濫用で苦しむ傾向が6倍〜7倍高かった。レズビアンやバイセクシュアル女性では、鬱が5倍、薬物濫用が7倍高かった。

この調査は、18歳〜64歳の5658人を対象としたもの。うち75%が親にカミングアウトしており、その平均年齢は25歳だった。

調査からは、カミングアウトによる健康への好影響は、女性の方が高いことも明らかになった。これについて、調査者のRothman博士は、「一般論として、ゲイやバイセクシュアル男性の方が、セクシュアリティにかかわる生活を両親から切り離すことに関して、よりストレスが少ないのではないか」と語っている。

*この調査結果を伝えるPink Newsの記事(英語)*
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# by hideki_sunagawa | 2012-04-16 06:00 | LGBT/gender
2012年 04月 13日

引き継ぎながら

東京滞在記を書いた後、力つきたように(?)ブログを更新するエネルギーも起きず、またブルー期間に入りつつあるのを感じていた。気分はどんどん低下し、昨日は、鬱々とした気分だったので、早く寝よう…と思ってベッドへ。

そのときなぜか、普段はしないのだが、書庫の扉を開けて「寝る前に何か英語の本を読もう…でも簡単なものがいいな」と一冊の本を手にした(ちなみに…「書庫」と読んではいるが、本棚を並べて本を詰めたただのクローゼット<苦笑)。


その本は、'The Gifts of the Body'(by Rebecca Brown)。だいぶ前に、何かでチラッと文章を読んで、とても読みやすいシンプルな英語を気に入って買った短編小説集。どういうものだったか思い出さないまま読み進めた。


最初は、流し読みしていたのだが、途中で「ん?これは?もしかして…」と思い、また最初に戻ってじっくり読み始めた。こういうストーリーだった。

ーーー

「私」は、毎週の火曜日と木曜日にRickの家を訪問している。行く前にいつも、「何か必要なものある?」と聞くけれど、頼まれることは一度もなかった。ある日、朝食を食べ損ねた自分のために、ある店でシナモンロールとカフェオレを買い、特に訊くこともなくRickのぶんも買った。

そのシナモンロールを見たRickはとても喜んだ。そこのシナモンロールは彼の大のお気に入りで、日曜日の朝に、焼き上がる早い時間に行き、一番おいしい、オーブンの鉄板の真ん中のシナモンロールを買っていたという。それはシナモンシュガーが絶妙にとけて、中がふわふわなのだ。

それからというもの、「いつものやつ」と言って、それを買って行くようになった。しかしある日、Rickは「今日はいらないよ」と電話口で明るく言った。

けれど、家に着くと、彼はリビングに布団を敷いて具合い悪そうに寝ていた。「主治医を呼ぶ?」と聞いたら、すでに、UCSのMargaretに連絡をしたという。「電話したときは元気だったのに、急にこうなって…」。

彼は背中にびっしょり汗をかきながらも「寒い」と言って、毛布を握りしめている。その手の震えはだんだん大きくなっていく。「毛布をもう一枚持って来ようか?」と尋ねると、「行かないで!」と。「私」は、毛布にもぐりこみ、背中に体をくっつけ、手を彼が痛がっているお腹に乗せて彼を温めた。彼はその手を強く握りしめた。


Margaretとともに車で移動するRickに、「戻って来るときのためにきれいにしておくからね」と「私」。彼は笑みを浮かべようとした。「後で連絡するから!」。彼は、何も言葉を発する事もできないまま去っていった。

「私」は、部屋をきれいにしようと台所に一旦入るが、あることに気づき、そこは最後にすることに。そして全てを忘れ、彼がすぐに戻って来るかのように、他の部屋やシャワーを掃除する。そして、台所に戻った。

そこには、Rickのお気に入りのコーヒーカップが二つ、彼自身のものとパートナーだったBarryのものが。コーヒーもすぐに入れられるようにしてあった。

そして、デザート皿に、二人分のあのシナモンロールが。絶妙な解け具合のシナモンロール。「私」は、思いを馳せる。彼にとってとても長いはずの道のりを歩いた彼のことを。天板の真ん中の美味しいシナモンロールを買うために、いったいどんな早くに家を出たのだろう…。


Rickは、Barryと一緒に、リビングに引っ張り出して来た布団で、日曜日の朝食を「bed-and-breakfast」スタイルのようにして食べていたことが恋しいと、いつか語っていた。しかし、Barryが亡くなってからは、日曜日の朝には、あのシナモンロールの店まででかけるようにしていた。彼の体調が許すまでは。


「私」は目を閉じ机に突っ伏し、RickやBarryに思いを馳せた。しかし、しばらくして、目を開けて、彼が自分のために用意してくれたものを食べた。

ーーー

「ああ、これは、HIVの治療が今ほど進んでいなかった時代のゲイの物語なんだ」と僕はすぐにわかった(買うときもそれと知って買ったのだろうけど、すっかり忘れていた)。

実際に、このストーリーを読み終わって、著者のプロフィールと紹介文を見ると、ホームケアワーカーとしてAIDS患者の支援をしていたと書かれてあった。出版は、1994年。HIVの治療の方法が革新的に発展する直前だ。


僕は、1990年からHIVの活動にかかわっているので、その頃までのこの病気の状況を良く知っている。そして、実際に闘っていた人たちのことを思い出した。Rickと何人かの人が重なった。

そして、HIVだけでなく、他の病気と闘いながらも亡くなっていった僕の大切な人たちのことも思い出した。僕はその人たちから、何かを託されたり、引き継いだりしている…そのことを思い出して、少し自分を奮い立たせることができた。完全に、というわけにはいかないけど。

まだまだ僕にはできること、やらなければらならいことがあるはず…
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# by hideki_sunagawa | 2012-04-13 01:25 | Diary
2012年 04月 07日

東京滞在記5(完)

東京に住んでいる間は、沖縄に長期滞在すると、東京に住んでいるのが幻のよう…といつも感じていたが、沖縄に住むようになると、全く逆の感覚になる。

幼い頃に4年間ほど尼崎市に住んでいたので、沖縄を一旦離れる前の沖縄居住歴は16年間。山梨の大学に入ったことで、3年間山梨県都留市に住むことになり、大学4年生の頃に東京へ引っ越し。そして、東京に21年間住んだ。そう考えると、長さで言えば、東京に住んでいた期間が一番長いことになる。

もちろん、幼い頃の方が周りからの影響を受けやすいので、単純に年数では比較できないけれど、ゲイとして自己受容をし、関係性を築いたのは沖縄を離れてからなので、東京の影響も大きい。

そういう自分は、山梨や東京にいる間、まわりの景観だけでなく、コミュニケーションの取り方や関係性の築き方もだいぶ違うなぁ、と感じていた。でも、沖縄の中にいても、自分が内面化した異なるあり方を強く感じる(両親が宮古島出身ということも関係しているだろう)。

どこにいても、異なりを感じる、その感覚は、文化人類学という学問分野に身を置いて以降、一層意識するようになった。それは、往々にして、寂しさや痛みのようなものを感じさせるが、観察したり、思考を深める上では重要なものとなっている。


東京にいる間も、改めて、人々の表情、振る舞い、コミュニケーションの取り方が、自分が馴染み戻りつつある那覇のそれとは違うなぁ、と感じた。もちろん、すぐに東京の雰囲気にも馴染むのだけれど。

引っ越してから、東京に滞在するのは三度目だった。最初は、移行期間みたいなもので、「のりしろ」だな、と思っていたけれど、それともまた違うのかもしれない。二つの位置を行き来する往復運動のような感じ…うまい喩えは見つからないけど。

いずれにせよ、この二つの故郷を持つことができたことは、僕にとって豊かな思考的な実りをもたらすものであることは言うまでもない。最近は、どん欲さを増して、海外にも出たいなと思ったりする(あまりにも色々な障壁があって、難しいけれど)。

って、あまり東京滞在記的な文章ではなかったけれど、なんとなくまとめとして。
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# by hideki_sunagawa | 2012-04-07 12:43 | Diary
2012年 04月 06日

東京滞在記4

帰る前日、東京プライド主催の「ウェルカムデー」という、パレードに向けての説明会&ワークショップがあったので、最初の30分だけ参加した。

僕の後に代表になった門戸大輔(もんこだいすけ)さんから、「挨拶しますか?」と言われたけれど、僕がしゃしゃり出る場でもないな、と思って断った。

参加者は20名くらい。門戸さんが、最初の挨拶で、「震災後、パレードをやる意味について悩みましたが、僕たちに出来ることが二つあると考えました。一つは、人と人をつなぐこと、もう一つは、未来を見せること」と語ったとき、僕は涙しそうになった。


僕が任期を終える頃から、東京プライドは混乱した。僕のやってきたこと、やり方に反発した人たちが、僕の後の東京プライドを自分たちのものにしようと、あれこれ動いたからだ(「自分のものたちに」というのは、もちろん、僕の立場からはそのようなモティベーションで動いているとしか見えなかったということ)。結果、その人たちが推した代表候補者が総会での選挙に負け、その人たちが東京プライドを出て新しい団体をつくることになった。

正直言って、この過程自体は様々な団体の中で(企業の中でも)よくあること。しかし、LGBTのコミュニティは、こういうことを面白おかしく語ったり、過剰にネガティブに見たりするきらいがある。二つの団体ができたという、それだけのことなのに、パレードそのもの、活動そのものを避けるようになる。


そして、新しい団体をつくった人たちは、東京プライドについてネガティブキャンペーン的な噂を流してダメージをあたえた。「LGBTコミュニティー」(?)は、そういうネガティブキャンペーンが好きらしい。これまで東京プライドが築いてきたことを全く見ずに、すぐにそういう言葉に飛びつく。そんな中、門戸さんはがんばってここまでやってきたのだ。

ちなみに、東京プライドを出て新しい団体をつくった人たちは、パレード開催(今月末頃にあるらしい)の前に辞めてしまい、今は、その後を継いだ人がやっているという。しかし、そうやって騒いで出て行って、しかし結局最後までやり切らずに辞めるような人たちの言葉を信じて、それまで活動を積み重ねて来た東京プライドを応援しなくなる人たちも少なくなかった。そういう中、東京プライドを継続させながらがんばり続けるのは実に大変なことだ。

その中で、文字通り身を削って奮闘している彼が語る言葉だからこそ、胸に響く。

正直、そういう背景を経て開催する今年のパレード(8月11日開催予定)は、まだいくつもの困難を乗り越えなくてはならない。でも、彼ならやってくれるだろうと信じてる。しかし、もしも開催を前に、断念することがあったとしても、僕はここまでがんばってきた彼に拍手を送りたい。


今は、彼が彼自身の言葉で、東京プライドパレードに向けて旗を振り呼び掛けている。僕は、自分が東京でがんばったものが一つ継がれたのを見て、ほっとした。


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# by hideki_sunagawa | 2012-04-06 21:40 | Diary
2012年 04月 05日

東京滞在記3

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憧れの田辺繁治先生との握手に力づけられた翌日、東大で非常勤で教えているときの「教え子」でもあるゲイの学生とお茶を。

彼は大学院への進学が決まっているので、その研究テーマについての話など。また、彼が米国に留学しているときの体験を聞くのも面白かった。

一応、立場的には「(元)教え子」なのだが、僕自身、彼から学ぶことも多い。

進む分野が僕とはだいぶ違うし、同じく自身を「ゲイ」と意識する者とはいえ、きっと立ち位置はかなり異なるだろう。

でも、理論先行型ではないところに強い共感を覚え、関心を持った。今後に期待。

僕は、なにかにつけ勉強&研究不足なので、若く有望な研究者と話しをすると恥ずかしくなるのだが、大きな刺激も受ける。おかげで、少しずつでも勉強も研究も続けよう、と思った。

別れ際に握手。前日には、文化人類学者として大先輩となる田辺先生と握手し、翌日には、若いゲイの研究者(の卵)と握手。僕は、学問の分野では、まだまだ十分に何もできていないけれど、ちょっとは何かを継ぐ者として存在しているのかな、と感じた。

そんな風に、沖縄に引っ越して以降の東京滞在は、自分を振り返り、確認する旅になるなぁ…と思いつつ過ごす東京滞在となった。(たぶん、まだ続く…苦笑)
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# by hideki_sunagawa | 2012-04-05 13:19 | Diary
2012年 04月 04日

東京滞在記2

3月30日に、今回の投稿滞在の主要な目的である指導教官の退職記念セミナー&パーティーに出席(セミナーの方は、パートナーも一緒に)。

セミナーのタイトルは「人類学を学ぶ」。

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船曳先生がアカデミックなキャリアを積む中で交流のあった人たち(フランスの神話学者であるジョルジュ・デュメジルや、哲学者ミッシェル・フーコーも含まれる)の話や、若き頃のフィールドワークの話をされた。

そしてその後、現在執筆されている、制度を巡る人類学的な考察の論文の一部を発表され、ゲストのコメントと質問に応答するという形だった。


制度を巡る論文は、三者関係というものを一つの軸としていて、これは僕の博論とテーマが重なっているのだが、抽象化し、論理として突き詰めるレベルが、僕とは比べようもないくらい高く(当然なのだけれど)、大きな知的刺激を受けた。

この論文は、だいぶ「理論的」な印象を受けるが、船曳先生は、基本的に「理論には興味ない(論理には興味があるが)」とおっしゃっていて、フィールドワークによるfactsは強いし、いつまでも残ると強調されていたことが印象に残った(もちろん、記述の質によるわけだが)。僕は、その学問的志向を先生と共有してきたなぁ…と実感。


また、セミナーやパーティーで、大学院時代をともに過ごした「学友」や先生方と会えて、一気に院時代に戻ったような感覚に包まれたことが、とても印象に残った。今、沖縄に住んでいるのが幻のようにも感じる、不思議な時間の流れ…。

文化人類学界のビッグネームな方々もたくさんいらしていて、緊張した。特に、僕が以前より尊敬し、その書かれたものに影響を受けてきた(しかし、お会いしたことがなかった)田辺繁治先生にご挨拶する時は、超緊張。でも、握手していただけたことは、大きな励みとなった。


このセミナー&パーティーへの出席と、その翌日会った若いゲイの研究者(の卵)との歓談は、最近すっかり失いかけていた研究へのモティベーションを高めてくれた。その話は、また次回に(というわけで、続く)。
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# by hideki_sunagawa | 2012-04-04 20:21 | Diary