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2015年 08月 24日

イベント in 東京

9月に開催するイベントとセミナーのお知らせです。おそらく日本で初めてとなるLGBTスピーカー養成セミナーもあります(LGBTスピーカーというのはこのテーマで話をする人という意味で、LGBTでない人ももちろん参加できます)。

もちろん、「スピーカー」を目指さない人でも参加できます。ぜひまわりの皆様にもお知らせください。なお、申し込み、お問い合わせはそれぞれのメールアドレスへお願いします(*を@に変えてくださいね)。

*また、9/15(火)〜9/28(月)は、東京に滞在しています。講演等のご用命がございましたら、どうぞご連絡ください。

1. 『新宿二丁目の文化人類学』 出版関連イベント

(1)出版記念パーティー in 東京

<東京>

日時: 9月20日(日)14:00〜16:30(開場13:30)
場所: シューレ大学(新宿区若松町28-27)
http://bit.ly/1MFT0CF
参加費: 2,000円(軽食つき)
定員: 50名
申し込み:gradi*me.com <*をアットマークに変えてメールください。

パフォーマンス&トーク
   メロディアス=張由紀夫さん(アーティスト)


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アーティストであると同時に、HIV/AIDSアクティビストとして活動し、近年は、脱原発・反ヘイト活動にも積極的に参加している張由紀夫さん、彼の活動の経験とコミュニティ観について話をうかがい、またメロディアスとしてドラァグパフォーマンスを演じてもらいます。


(2)出版記念トーク

日時: 9月21日(月:祝日)17:30〜19:30(開場17:00)
場所: 九州男(新宿2丁目17−1−3F) https://goo.gl/maps/1GkWE
入場料: 1,500円(ワンドリンク付き)
問い合わせ:gradi*me.com(申し込み不要)

トークゲスト
   ・ 大塚隆史さん(造形作家/バー「タックスノット」店主)
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   ・ 杉山文野さん(株式会社ニューキャンバス代表/NPO法人東京レインボープライド共同代表)
     (聞き手:砂川秀樹)
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いち早くゲイ解放運動(ゲイリブ)に関心を持ち関わった大塚さんとは、大塚さんが見てきた二丁目、ゲイバー、そしてゲイリブについて、もともと新宿出身の杉山さんとは、都市における関係性やコミュニティ、そして、現在関わっている運動についておうかがいする予定です。


2. LGBTセミナー 〜スピーカー養成講座〜

講師: 砂川秀樹…文化人類学者・博士(学術)
日時: 9月22日(火:祝日)10:30〜17:30(開場10:00)
場所: ルノアール 新宿3丁目ビッグスビル店会議室7号室
(新宿2-19-1 ビッグスビル地下2階/03-5379-2766)
参加費: 1万5千円(コーヒー o r紅茶 2杯つき/冊子『LGBTとはなんですか』配布)
定員:14名
申し込み:gradi * me.com

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<セミナー趣旨>
LGBTイシューが日本でも注目を浴び、重要なテーマとなり、様々なところで、LGBT自身も以前よりもさらに顕在化してきました。そのため、教育現場でLGBTイシューをとりあげたり、LGBTなどの学生・生徒に対する対応を考えたりする必要性が高まっています。また、対人支援をおこなう場や企業でもこの問題への理解が求められています。

そのような中、多くのLGBT当事者もスピーカーとして活躍するようになっています。しかし、当事者の語りは理解を深める上でとても重要ものとはいえ、個人の経験の語りだけではLGBT全般に関する広範な知識を得ることは難しいことも多く、また時にセクシュアリティ研究にかかわってきた立場からは疑問に思う表現をされる方がいることも確かです。

この講座では、LGBT当事者か否かにかかわらずも一定の知識を提供できるようになること、セクシュアリティに関して、いくつかの見解がわかれることを踏まえた上でどういう立場をとるかを決め、その立場でLGBTに関わる問題に取り組んだり、まわりに伝えていけるようになることを目標にしています。ですから、「スピーカー」にならずとも、教育関係や対人支援に関係する仕事をされている方にはぜひご参加いただきたい内容です。

講師は、25年にわたりHIV/AIDSやLGBTに関する活動にかかわってきた活動家であると同時に、大学院でゲイ・コミュニティやセクシュアリティについて研究し、博士号を取得した研究者でもある砂川が務めます。大学での講義も含め、さまざまな人たちを対象に20年以上講演を続けてきた経験も持っています。また、16年続けてきた那覇市での講演が、今年、那覇市が出した「性の多様性を尊重する都市 なは宣言」の土台を形成したとも言われます。

少人数でじっくりと向き合いながら、基本的な事柄の説明の方法、なぜ性別や性的指向が大きなテーマとなるのかという根本的な問題、社会と性の関係への視点をお伝えしたいと思います。


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博論を書籍にした『新宿二丁目の文化人類学:ゲイ・コミュニティから都市をまなざす』(太郎次郎社エディタス)出版されました!
新宿二丁目に関する初めてのアカデミックな本です! ぜひぜひお買い求めくださいませー。

新宿二丁目のルミエールさん、上野のBIGGYMさんでも扱っていただいています。お寄りの際はぜひ、そちらもご利用ください。

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# by hideki_sunagawa | 2015-08-24 20:27 | notice
2015年 08月 11日

ピンクドットが変えた沖縄

7月19日に開催されたピンクドット沖縄2015で、那覇市が「性の多様性を尊重する都市 なは宣言」(通称:レインボーなは宣言)を宣言した。城間幹子市長自ら読み上げた。

翌日の琉球新報、沖縄タイムスともに、ピンクドット開催とレインボーなは宣言をとりあげた。琉球新報はトップ記事だ。

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この日、両紙とも一面以外にも記事を掲載していたが、後日掲載された沖縄タイムスの記事はすごかった。

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両紙ともピンクドットの初回から何度も大きくとりあげて来てくれた。若年層では、沖縄でも新聞を読まない人が多くなっているが、影響力はまだまだ大きい。この両紙が掲載し続けてくれたことは、沖縄のLGBTに関する関心を高めたことは間違いない。

また、今年は、テレビでも琉球放送、琉球朝日放送、テレビ沖縄がニュース内でこの宣言とピンクドットをとりあげ、沖縄県内にある放送局ではNHKおきなわ以外はとりあげたことになる。しかも前者2社は昨年に引き続き、小特集扱いだった。


今年のピンクドットは、企業からの支援も広がった(実行委員の営業のがんばりの成果でもある)。今回初めて特別協賛枠に「居酒屋 わらゆい」さんが名乗りを上げてくださった。

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ピンクドットの会場のてんぶす前広場に面するわらゆいさんの窓には、ピンクドットの前後に「ピンクドット沖縄を応援しています」という文字を掲げてくださり、その後もレインボーマークとLGBTフレンドリーの文字が目立つ位置に貼られている。

また、沖縄で初めてLGBTウェディングを打ち出した「カフーリゾートフチャク コンド・ホテル」さんも、今年初めてスポンサーとなってくださった。このような大きなホテルがLGBTをターゲットにした企画を大々的に宣伝することの影響は計り知れない。

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そして、沖縄のビジネス界で最大のアライ(支援者/連帯者)企業と言えるのが、初回からスポンサーとなってくださっている「ホテルパームロイヤルNAHA」さん。LGBTフレンドリーを明言していて、いつも、玄関脇のポールにレインボーフラッグが掲げられ、ロビーにも小さなレインボーフラッグが置かれている。

そのパームロイヤルさんが、ピンクドット開催の前日に掲げたフラッグがこれ。とても美しく、心揺さぶられた。

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このようなLGBTを意識したマーケティングを始めたのは、代表取締役総支配人の高倉直久さん。30代半ばの若き経営者であり、これから沖縄を代表する経済人の一人になるであろう、彼がLGBTアライであることは心強い。すでに彼のおかげで、沖縄の経営者の間でのLGBTへの関心が高まっている。

今年のピンクドットでJALグループの「JAL JTA セールス」さんが当日の抽選商品として旅行商品券を提供してくださったのも、高倉さんとが、同グループさんへLGBTとビジネスについて講演した結果だった。

そして、やはり高倉さんのつながりで、若い経営者の団体である那覇青年会議所でも、「LGBTとビジネス」をテーマにした講演会が開催され、高倉さんと僕とで話をする機会もいただいたりもした。

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行政では、今回のレインボー宣言を出した那覇市が一番進んでいる。このような宣言は、淀川区に次いで全国で二番目だが、長のリーダーシップに基づいてつくられた淀川区と異なる点は、行政の職員からの発案で進められた点だ。まだ具体的な施策はおこなわれていないが、関心を持つ行政職員が増えている証拠だろう。それを反映するかのように、今月出された、各戸に配布される那覇市の広報誌の一面全面にこの宣言とピンクドットについての記事が掲載された。

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今回の宣言に先立ち、那覇市議会では、所属の異なる三人の議員がピンクドット沖縄の名前を出して、LGBTに関する施策の必要性について質問を出してくれていた。様々なポジションの人がこの問題に関心を持ち動き始めていることを感じる。

実は、他の市の首長や、議員から「我が市でも、LGBTに関する施策をおこないたい」「パートナーシップ条例をつくりたい」という声が寄せられている。近々、その首長と懇談することになっており、また、那覇市のある議連の勉強会で話をする予定も。

これだけ各方面にLGBTに関する関心、知識、理解が広がっている地方は、沖縄以外にないのではないかと思う。このきっかけとなったのが、ピンクドット沖縄であることは間違いない。もちろん、そのピンクドット沖縄とは、それに関わり支えてくれている行政の人(特に、なは女性センターの人たち)や、スポンサーの皆さん、実行委員、ボランティア、参加者、様々な人々の集合体のことだ。もちろん、それを始めた僕自身への自負もある(笑)


けれど、最後に触れておきたいのは、共同代表の宮城さんの存在だ。彼女は、これまでフツーに目立つこともなく穏やかに暮らしてきたのに、僕が、共同代表になってくれるように頼んだがゆえに、沖縄で初めて実名を出してメディアに出たオープンリーレズビアンとなることになった。

僕のような、何かと特別に(学歴や東京在住歴の長さなどの点で)見られる人とは違うタイプの人が共同代表になることの必要性をわかって、彼女は、この重い任務を引き受けてくれた。代表としてこのような活動の団体の顔になるということの大変さは、なったものでないとわからないだろう。それこそ、これまでいろいろな団体の代表を務めたことある僕でさえ、その大変さが平気になることはない。

彼女が過去三回、共同代表を務める間、どんなに大きなプレッシャーを受けてきただろう。しかも大変な慢性病も抱えながら。しかし、そんな中、彼女は、僕の愚痴や不満、苛立ちを聞き、時に笑わせながら励ます役割を果たしてくれた。そのことだけが理由ではないが、彼女と彼女のパートナーのまゆみさんがいなければ、僕はとっくに沖縄を離れただろう。

いつも僕の陰に隠れる形になるけれど、彼女がいなければピンクドットは三回も開催できなかった。実は、沖縄を変えたピンクドットには、そんな彼女の存在もある。彼女は沖縄のLGBTの状況を変えた重要な一人であることはいうまでもない。

さてさて、この3年間、僕と宮城さんが顔となってきたが、若い人たちも随分と育ってきた。ピンンクドットも新しい段階に入る頃だろうか。どんな形になるとしても、沖縄はまだまだ変わり、さらにLGBTに関する先進県になることだろう。


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<砂川からの宣伝>

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# by hideki_sunagawa | 2015-08-11 20:51 | LGBT/gender
2015年 03月 19日

振り返りエッセイ(2)

僕がパートナーの前で声をあげて大泣きしたのは、あれが最初で最後だった気がする。

僕が沖縄に越してから半月ほど経った頃、彼が沖縄を訪れ、僕が一人暮らしをするアパートに1週間ほど滞在してくれた。一緒に料理をしたり、家からあまり遠く無い範囲を散策したり、沖縄の友人を家に招いてホームパーティーをしたりして、ともに時間を過ごした。

のんびりと過ごせたのは良かったけれど、僕が沖縄に帰ってからもペーパードライバーのままで、車を運転できるようになっていなかったため、どこにも連れて行ってあげられないことを心苦しく思ったことを今も、チクチクとした痛みをもって思い出す。

彼が帰る前夜か前々夜だったろうか。もう眠ろう、と布団を並べて寝始めたのだが、ほとんどずっと一緒の状態で1週間を過ごして別れるつらさや、全く先のことが決まっていないことへの大きな不安に押しつぶされそうになった気持ちが込み上げてきた。

そして、実は21年間住んだ東京の方がふるさとよりも身体感覚として馴染んでいたということに気づいてしまっていたことへの戸惑いなど、様々なよくわからない思いがこみ上げてきて、僕の目からポロポロと涙が流れ始めて、そのうち堪えきれずに声をあげて泣き始めたのだった。

その日から、もう4年になろうとしている。引っ越してきた頃の沖縄での人間関係と今の人間関係はだいぶ変わり、広がりもした。沖縄でもLGBTに関する活動を大きく展開し、ともに活動するすばらしい仲間もでき、沖縄でのLGBTに関する社会問題への関心を高めることずいぶんと寄与できたと思う。でも、あのときのつらさ、不安、戸惑いといった気持ちを完全に乗り越えられたかと問われると、正直自信がない。むしろ根深くなってしまったものもあるかもしれない。

いろいろ変わったようで、変わっていないようで、でもどんな風に過ごしても時間は流れていく。東京での21年間を、止まってしまった失われた時にするのではなく、沖縄に帰ってきてからの4年間を接ぎながら新しい花をつけ実をつけていこう。
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# by hideki_sunagawa | 2015-03-19 20:49 | Diary
2015年 02月 15日

ドラマ「未来からの挑戦」とファシズム

「未来からの挑戦」

NHKアーカイブズで、少年ドラマシリーズ「未来からの挑戦」(1977年)を取り上げられていた。僕が小学生時代に最も夢中になったドラマだ。今でもその主題歌を歌うことができる。

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少年ドラマシリーズ自体、人気を博したようだが、特にこのドラマは今なお強い思いを持っている人が多いらしい。NHKには、VTRは一部しか残っていなかったものの、視聴者が保存していたVTRをもとに復刻され、復刻記念の上映会もおこなわれたとか。

このドラマは、「眉村卓の『ねらわれた学園』『地獄の才能』を原作にしたSF作品で、受験名門中学校を舞台に、学校を支配し、人類社会を改革しようとする未来人と、その企みを阻止しようとする中学生の姿を描いた」もの(NHKサイトより)。


「ファッショ」

アーカイブズでまるまる放送されていた回は、支配が進んで行くところだった。

未来人が背後で糸を引く中、学校支配が始まる。超能力を持つ生徒会長の下、校則違反やいたずらを摘発するための校内パトロールがおこなわれ、違反者は処罰されるようになる。「それは行き過ぎ」という教師も、超能力の力により屈せられる。それに抵抗する主人公は、家でその話を父親にするのだが、父親は、自分たちが経験した「気づいたら身動きがとれなくなる」と、「ファッショ」について語る。

「ファッショ」という言葉がその中使われていたことを全く覚えていなかったが、そのようなシーンを見ながら、当時このドラマに夢中になっていた感覚を思い出していた。


二つの志向

私がこのドラマが好きだったのは、当時、超能力にとても関心があったことが大きいと思う(超能力や超常現象が人気が高い時代背景もあり)。しかし、今振り返ると、超越的な力を持つ者やエリートによる支配と、それに疑問を持つ主人公の戦い、という物語構造に惹かれていたのだなと気づく。

そして、その感覚を思い出す時、はっとするのは、僕は、抵抗する主人公に強く共感していたものの、エリートによる支配とそれによる秩序形成にも魅了されていたということだ。僕の中には、明らかに矛盾した二つの志向があった。この時の自分について考えることは、今のファシズム志向を考えるうえで重要な気がする。


ファシズムに魅了される人々

ファシズムに魅了される人は、当然ながら、自分を支配する側としてイメージし、自分の価値観で支配できると妄想する。しかし、誰しも程度の差こそあれ、どこかに支配的価値観にそぐわない部分を持つ。あるいは、全般的には支配的価値観に合致してても、自分の変化により、逸脱する時があったり、支配者側でなくなる時が来たりする。そうでなくとも、常に支配的な価値観の中で生きなければならないという状況は、息苦しくなるものだ。

今、ファシズム志向の人が、そこに向けて動くことに生き生きしていることができるとするならば、それはそうではない世界がまだ広がっていて、その中でやっているからであって、本当にファシズムが強大になったときには、多くの人は自分も息苦しいことに気づくだろう。

ただ、一つ厄介なのは、ファシズムの表象は、人々を熱狂させる力を持つということだ。このドラマでは、SFらしく超能力がその役割を果たしているが、学校を支配する生徒会長(女生徒)が教師に向けても発するきっぱりとした物言いや態度、その背後にいるという設定の未来人である男生徒のクールで陰のあるキャラクターが、見ている人を惹きつける(男生徒の方は、結局、主人公側に立ち支配体制を壊す役割を果たすのだが)。


自分にも残る志向

そして、自分を振り返るとき、今は意識的に持つことはないけれど、子どもの頃に感じていたエリート支配と秩序形成への志向は、自分の奥底に潜んでいるということを、38年ぶりにこのドラマを観て気づいた。そのことを警戒感を持って覚えておきたい。

その上で、今後考えていきたいのは、両方に惹かれる自分があったとして、どちらに傾くかというのはどこで分かれるのだろうか、ということ。僕の場合、ゲイであることを意識し始めたことが大きい気がするが、ゲイの中でもファシズム志向の人が少なくないことを考えると、それだけじゃないだろう。

分かれていく理由は複雑だろうけれど、自分もそちらに行く可能性があった/あるということを考えながら、社会がファシズムへ流れていく中、自分がやるべきことは何かを考え、実践していきたいと改めて思う。
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# by hideki_sunagawa | 2015-02-15 16:36 | Diary
2015年 02月 11日

振り返りエッセイ(1)

「寂しそうにしてますぞ」という言葉に、胸を突かれた気がした。

お世話になっていた、東京・二子玉にある小さなお茶屋さんの店主の言葉。20年余り住んだ東京を離れて故郷である沖縄に帰ると決め、その時が近づく中で言われたものだ。

僕には、付き合いはじめて4年(当時の段階で)になっていたパートナーがいた。その彼とは、僕が沖縄に帰ることをめぐって、きちんと話し合うことはなく、そのまま遠距離の付き合いになることが暗黙の了解となっていた。彼は、そのお茶屋さんのロゴやメニュー等のデザインを手伝っており、その店主は僕と彼の共通の友人でもあることから、先の言葉をかけてくれたのだった

パートナーは、沖縄に帰りたいという思いを持つ僕に気を遣い、直接「寂しい」とか「帰って欲しくない」と口にすることはなかった。それをいいことに、僕は、彼の気持ちを見ないようにしていたと思う。そんな中、言われたのがその言葉だった。その言葉は今も心に残っていて、思い出す度に、胸が締め付けられる。

心のどこかで、沖縄で彼と一緒に暮らせたらと思っていたけれど、東京に生まれ育ち、まだまだやりたいことがある20代後半の彼に、強くそれを求めるのは無理な話だった。それとなく、沖縄での求人を紹介してみたけれど、彼がそれに関心を示すことはなかった。それは、当時もいたしかたないことと思えたし、ましてや、今から振り返って考えると、とても賢明なことだったと思う。

共に沖縄に越すという選択は難しく、しかし、引き止めることは僕の望みに反すると思い我慢した彼の気持ちはどんなに切なかっただろう。自分の気持ちに言葉を与えてはっきりさせたり、表現することが必ずしも上手いわけでもない彼は、イラストでそれを形にする。そんなイラストのあちこちに、寂しさが出ていた。けれど、前向きで、僕のやりたいことをいつも応援してくれていた彼らしく、それを抑えて、僕を見送った。

あの時、僕は東京での生活に疲れ果てていたし、ちょうど任期付きの仕事が終わりとなり、74歳になっていた老いた母親も心配だったことなどから、沖縄に帰ることした。もし、それを選択しなかったら、どうだったろうかと度々考える。彼との関係も、生活も。

とはいえ、選ばなかった未来を想像しても、あまり意味のないこと。とりあえず、選択してからの自分を少し振り返りながら、「振り返りエッセイ」として記録してみようかと思い立った。まぁ、最近はすっかり更新が少なくなったブログなので、いつ、どれくらいの頻度で書くかはわからないけれど。気が向いたときに。
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# by hideki_sunagawa | 2015-02-11 23:12 | Diary