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2015年 02月 15日

ドラマ「未来からの挑戦」とファシズム

「未来からの挑戦」

NHKアーカイブズで、少年ドラマシリーズ「未来からの挑戦」(1977年)を取り上げられていた。僕が小学生時代に最も夢中になったドラマだ。今でもその主題歌を歌うことができる。

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少年ドラマシリーズ自体、人気を博したようだが、特にこのドラマは今なお強い思いを持っている人が多いらしい。NHKには、VTRは一部しか残っていなかったものの、視聴者が保存していたVTRをもとに復刻され、復刻記念の上映会もおこなわれたとか。

このドラマは、「眉村卓の『ねらわれた学園』『地獄の才能』を原作にしたSF作品で、受験名門中学校を舞台に、学校を支配し、人類社会を改革しようとする未来人と、その企みを阻止しようとする中学生の姿を描いた」もの(NHKサイトより)。


「ファッショ」

アーカイブズでまるまる放送されていた回は、支配が進んで行くところだった。

未来人が背後で糸を引く中、学校支配が始まる。超能力を持つ生徒会長の下、校則違反やいたずらを摘発するための校内パトロールがおこなわれ、違反者は処罰されるようになる。「それは行き過ぎ」という教師も、超能力の力により屈せられる。それに抵抗する主人公は、家でその話を父親にするのだが、父親は、自分たちが経験した「気づいたら身動きがとれなくなる」と、「ファッショ」について語る。

「ファッショ」という言葉がその中使われていたことを全く覚えていなかったが、そのようなシーンを見ながら、当時このドラマに夢中になっていた感覚を思い出していた。


二つの志向

私がこのドラマが好きだったのは、当時、超能力にとても関心があったことが大きいと思う(超能力や超常現象が人気が高い時代背景もあり)。しかし、今振り返ると、超越的な力を持つ者やエリートによる支配と、それに疑問を持つ主人公の戦い、という物語構造に惹かれていたのだなと気づく。

そして、その感覚を思い出す時、はっとするのは、僕は、抵抗する主人公に強く共感していたものの、エリートによる支配とそれによる秩序形成にも魅了されていたということだ。僕の中には、明らかに矛盾した二つの志向があった。この時の自分について考えることは、今のファシズム志向を考えるうえで重要な気がする。


ファシズムに魅了される人々

ファシズムに魅了される人は、当然ながら、自分を支配する側としてイメージし、自分の価値観で支配できると妄想する。しかし、誰しも程度の差こそあれ、どこかに支配的価値観にそぐわない部分を持つ。あるいは、全般的には支配的価値観に合致してても、自分の変化により、逸脱する時があったり、支配者側でなくなる時が来たりする。そうでなくとも、常に支配的な価値観の中で生きなければならないという状況は、息苦しくなるものだ。

今、ファシズム志向の人が、そこに向けて動くことに生き生きしていることができるとするならば、それはそうではない世界がまだ広がっていて、その中でやっているからであって、本当にファシズムが強大になったときには、多くの人は自分も息苦しいことに気づくだろう。

ただ、一つ厄介なのは、ファシズムの表象は、人々を熱狂させる力を持つということだ。このドラマでは、SFらしく超能力がその役割を果たしているが、学校を支配する生徒会長(女生徒)が教師に向けても発するきっぱりとした物言いや態度、その背後にいるという設定の未来人である男生徒のクールで陰のあるキャラクターが、見ている人を惹きつける(男生徒の方は、結局、主人公側に立ち支配体制を壊す役割を果たすのだが)。


自分にも残る志向

そして、自分を振り返るとき、今は意識的に持つことはないけれど、子どもの頃に感じていたエリート支配と秩序形成への志向は、自分の奥底に潜んでいるということを、38年ぶりにこのドラマを観て気づいた。そのことを警戒感を持って覚えておきたい。

その上で、今後考えていきたいのは、両方に惹かれる自分があったとして、どちらに傾くかというのはどこで分かれるのだろうか、ということ。僕の場合、ゲイであることを意識し始めたことが大きい気がするが、ゲイの中でもファシズム志向の人が少なくないことを考えると、それだけじゃないだろう。

分かれていく理由は複雑だろうけれど、自分もそちらに行く可能性があった/あるということを考えながら、社会がファシズムへ流れていく中、自分がやるべきことは何かを考え、実践していきたいと改めて思う。
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by hideki_sunagawa | 2015-02-15 16:36 | Diary
2015年 02月 11日

振り返りエッセイ(1)

「寂しそうにしてますぞ」という言葉に、胸を突かれた気がした。

お世話になっていた、東京・二子玉にある小さなお茶屋さんの店主の言葉。20年余り住んだ東京を離れて故郷である沖縄に帰ると決め、その時が近づく中で言われたものだ。

僕には、付き合いはじめて4年(当時の段階で)になっていたパートナーがいた。その彼とは、僕が沖縄に帰ることをめぐって、きちんと話し合うことはなく、そのまま遠距離の付き合いになることが暗黙の了解となっていた。彼は、そのお茶屋さんのロゴやメニュー等のデザインを手伝っており、その店主は僕と彼の共通の友人でもあることから、先の言葉をかけてくれたのだった

パートナーは、沖縄に帰りたいという思いを持つ僕に気を遣い、直接「寂しい」とか「帰って欲しくない」と口にすることはなかった。それをいいことに、僕は、彼の気持ちを見ないようにしていたと思う。そんな中、言われたのがその言葉だった。その言葉は今も心に残っていて、思い出す度に、胸が締め付けられる。

心のどこかで、沖縄で彼と一緒に暮らせたらと思っていたけれど、東京に生まれ育ち、まだまだやりたいことがある20代後半の彼に、強くそれを求めるのは無理な話だった。それとなく、沖縄での求人を紹介してみたけれど、彼がそれに関心を示すことはなかった。それは、当時もいたしかたないことと思えたし、ましてや、今から振り返って考えると、とても賢明なことだったと思う。

共に沖縄に越すという選択は難しく、しかし、引き止めることは僕の望みに反すると思い我慢した彼の気持ちはどんなに切なかっただろう。自分の気持ちに言葉を与えてはっきりさせたり、表現することが必ずしも上手いわけでもない彼は、イラストでそれを形にする。そんなイラストのあちこちに、寂しさが出ていた。けれど、前向きで、僕のやりたいことをいつも応援してくれていた彼らしく、それを抑えて、僕を見送った。

あの時、僕は東京での生活に疲れ果てていたし、ちょうど任期付きの仕事が終わりとなり、74歳になっていた老いた母親も心配だったことなどから、沖縄に帰ることした。もし、それを選択しなかったら、どうだったろうかと度々考える。彼との関係も、生活も。

とはいえ、選ばなかった未来を想像しても、あまり意味のないこと。とりあえず、選択してからの自分を少し振り返りながら、「振り返りエッセイ」として記録してみようかと思い立った。まぁ、最近はすっかり更新が少なくなったブログなので、いつ、どれくらいの頻度で書くかはわからないけれど。気が向いたときに。
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by hideki_sunagawa | 2015-02-11 23:12 | Diary