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2012年 08月 23日

『答えのない問い』

GRADi文庫(今適当に名前をつけただけですが…)に、ある写真集を加えました。『Questions without Answers』。352ページもある分厚い写真集です。

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この写真集を買うきっかけとなったのは、Stephanie Sinclairさんという女性の写真家が、インタビューに答えている映像でした。彼女は、「child bride(子どもの花嫁)」をテーマに写真を撮っていて、そのことについてのインタビューでした。

10歳にも満たない少女たちが、親の取り決めた結婚相手の元へ嫁がなくてはいけなかったりする地域がたくさんあり、そのような地域の結婚や、結婚した後も暴力に苛まれる女性たちの様子を、彼女は写真に収めています。

そのテーマの写真は、「NATIONAL GEOGRAPHIC」に掲載されています。

実は僕は、彼女の写真集と勘違いしてこの写真集を購入したのでした。実際には、この写真集は、たくさんの写真家が、主に戦場や苛酷な状況にある人々を写した写真が集められたものでした(そうでないものも少なからずあります)。

正直、あまりにもつらすぎる写真がたくさんありますが、世界のあちこちで実際に起きていることである以上、ただ目を背けているわけにも…とも思います。

この写真集が届き、そんな風に思っているときに、ジャーナリスとの山本美香さんの訃報が報道されました。悲惨な内戦状態が続きながら、日本ではほとんど報道されないシリア。山本さんは、まさに「目を背けているわけにはいかない」という思いに突き動かされていた人なんだろうな、と思います。

彼女は、僕が通っていた都留文科大学英文科の一学年上だったようです。同じ時期を同じ大学で過ごしていた人だったんだなぁ…と思うと、言葉にできない複雑な思いが去来します。

彼女が安らかに眠られることを祈るとともに、世界のあちこちで起きていることを伝えようとしている人たちに感謝し、そして、その無事を心から祈りたいと思います。

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『Questions without Answers』




「幼き花嫁たち」のテーマが収められている『NATIONAL GEOGRAPHIC』日本版 2011年 06月号


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by hideki_sunagawa | 2012-08-23 13:08 | LGBT/gender
2012年 08月 21日

「ゲイ・ホロコースト」

ナチス・ドイツ下で、同性愛者も強制収容所に送られたという話は、あまり知られていない。そして、その前には、同性愛者はかなり社会の中で顕在化していて、権利運動も発達しつつあったことも。以下は、Wipe Out Hmophobia .comというサイトの、「ゲイ・ホロコースト」という記事の翻訳です。

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ゲイ・ホロコースト

1928年には、同性愛を明らかにしながらドイツに住んでいる男性は、120万人いたという。アドルフ・ヒトラーが台頭し力を得た結果、同性愛者の団体は禁止され、同性愛に関する学術書は燃やされた。

ヒトラーの人種イデオロギーは、同性愛を「寄生者」や倒錯者としてだけでなく、国家の敵として烙印を押した。1935年、ナチ政府は、同性愛の犯罪としての位置づけを拡大し、これが重要な意味を持つことになった。

SS(ナチ親衛隊)のトップの支持のもと、警察は「ピンクリスト」をつくり、同性愛の男性と女性に対して、不道徳なものとしての取締を開始した。多くが精神病院に送られ、裁判所の命令により去勢された者もいた。これらの男性のうち10万人が強制収容所へと送り込まれた。

ピンク・トライアングルが(今は、ゲイプライドのシンボルになっているが)、同性愛者であることを示すために、収容所に送られた彼らの胸に着けられた。5万5千人が処刑されたと推計されている。

Heinz Dormer氏は、約10年を刑務所と強制収容所で過ごした。彼は、「歌う森」から聞こえる「忘れ得ない苦悶の叫び」について語った。「歌う森」とは、有罪が宣告された人たちが絞首刑にされた高いポールの列のことだ。

「死刑を宣告された誰もが、そのフックに吊し上げられた。そのうめき声、叫び声は人間のものとは思えなかった。人間の理解を超えたものだった。」


続く迫害

キャンプが解放され、ユダヤ人犠牲者の窮状が世界に知られた後も、同性愛者の迫害は、戦後ドイツを通して続いた。多くの生存者(サバイバー)が、当初、強制収容所退去者向け施設で生活を再建し、家族との関係性を取り戻そうとした。

しかし同性愛者は、更なる迫害と社会からの排除に直面した。実際、多くのピンクトライアングル・サバイバーが、同性愛者であることで再度投獄された。戦後社会においても、同性愛者は逸脱者のままであった。


沈黙と恥と(Silent shame)

解放された(すなわち、更なる服役のなかった)ゲイ・サバイバーは、しばしば社会からの追放を経験することになった。戦後、家に戻ることが望まれなかった者もいた。それは、彼らが家族の名声にもたらした「恥」ゆえだった。

戻った者は、そのおぞましい出来事のセンシティブな性質が家族にさらなる苦悩をもたらすことを恐れ、その経験を自分の中にだけに留めておいた。その苦難を全く口にすることがない者もいた。


正義はどこに(No Justice)

1945年、解放に引き続きおこわれたニュンベルクの戦争犯罪裁判では、同性愛者に対する犯罪については言及されなかった。ピンク・トライアングルをつけられた収容者に対する特定の残虐行為について裁判にかけられたSSはいなかった。

SSの医師として知られていた多くの者は、同性愛者に手術をおこなったのだが、その行為について説明することは決してなかった。SS医師の中で最も悪名高かったのは、Carl Peter Vaernetである。

彼は、ブーフェンバルトやノイエンガンメの強制収容所でピンク・トライアングルを着けた被収容者に対して膨大な数の実験をおこなった。しかし彼は、その罪によって裁かれることはなく、南アフリカに逃げ、1965年に自由の身のまま亡くなった。

これらのことへの認識は少しずつ広がった。しかし、法により犯罪として扱われたまま残りの生涯を終えた多くのゲイの犠牲者やサバイバーにとっては、遅かった。

メモリアル(記念館/碑)が、ホロコーストの他の多くの犠牲者の記憶を留める一方で、一つのメモリアルがゲイの犠牲者を含めるのに、54年もかかった。1999年、ドイツはついに、同性愛者の犠牲者のための公式な追悼会をザクセンハウゼン強制収容所前で開催した。


謝罪

しかしながら、実際の謝罪がおこなわれたのは、2000年12月になってのことだった。ドイツ政府は、1949年以降の(訳者注1)ドイツにおける同性愛の迫害についての謝罪を発表し、同性愛者を第三帝国の犠牲者として認めることに同意した。

サバイバーは、ようやく、前に進む力を得て、ホロコーストの間の彼らの処遇に対する保障を訴えた(保障のための訴えの登録は2001年いっぱいでとなっていたが)。

ジュネーブに拠点を持つ支援組織、「移民のための国際組織」がこの訴えの扱いについての責任を担っている。

2002年5月17日、このプロセスは、数千人の同性愛者が(彼らは第三帝国の下で苦しんだのだが)、ドイツ政府から正式に謝罪を受けたことで完遂された。約5万人のゲイ男性が含まれた。ドイツの司法省大臣、Hertha Daeubler-Gmelinは国会で述べた。

「私たちは、皆知っています。私たちの今日の決断が50年以上遅かったことを。しかし、それにでも、このことは必要です。私たちは、過ちに満ちたナチの司法の犠牲者たちへの義務として、このことを負っています。」

2008年5月、ベルリンのティールアガルテン公園にある、ユダヤ人犠牲者のためのメインのホロコースト記念館の真向かいで、ナチの強制収容所で亡くなった同性愛者のための記念碑の除幕がおこなわれた。

私たちは、決して、決して、忘れてはならない。


(訳者注1)原文には、このように書かれているが、他の記事では、このときの謝罪は「議会は、ナチズムの被害者となった同性愛者たちの名誉が回復されるべきであることを確信し、1969年に至るまで同性愛者の市民に対する危害について謝罪する」というものであったという(参考サイト)。

「1949年以降の」という表現が、「1969年に至るまで」の誤りか、同盟国の管理が終了し新生ドイツとしてスタートした1949年以降の責任を認めたものか、この文章からでは明らかではない。1969年まで、というのは、その年まで同性愛が違法とされていたことによる。


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このナチスドイツ下でのゲイの強制収容所送りに関して書かれた本の日本語訳『ピンクトライアングルの男たち ー ナチ強制収容所を生き残ったあるゲイの記録1939-1945』も出ています。日本語でこのことについて読める貴重な一冊です。


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by hideki_sunagawa | 2012-08-21 14:35 | LGBT/gender
2012年 08月 16日

催しのお知らせ

GRADiで開催する催しのお知らせです。(1)、(2)どちらとも、どなたでもご参加頂けます(要事前申し込み)。

(1)「自分をケアするワークショップ~コラージュ体験~」

 コラージュとは、画用紙に切り取った写真や絵をのりではりつけて作品づくりをするものです。静かな自分のための時間のなかで、工作気分で作品づくりを楽しんでみませんか。
 講師は病院臨床、教育関係で経験を積んだ臨床心理士の島袋裕子(GRADiアドバイザー)がつとめます。島袋自身、病院臨床でコラージュグループをおこない、一緒に作成してきたことで、その楽しさ/奥ゆきに魅了された一人です。当日は、各大きさの画用紙を用意しておきますので、それぞれの気分で選んで制作していただき、持ち帰っていただく予定です。
 なお、このワークショップは、特に心理状況を診断するものではなく、コラージュを楽しむことで気分転換をはかるものです。講師はコラージュづくりを楽しむ立場にいるのでお気軽にご参加ください。

日 時:8月29日(水)午後6時半〜8時半
参加費:1,000円(茶菓付き)
定 員:8名(申し込み順)
申込み・問い合わせ:gradi☆me.com (☆を@に変えてください)
持参いただくもの:はさみ
(+できれば、写真の多いいらない雑誌や広告などを持参ください)



(2)「男女共同参画」を意識したコミュニティ活性化連続講座
   ~「コミュニティ心理学」から学ぶ~(全3回)


「那覇市協働のまちづくり事業補助金」を受けて、「レインボーアライアンス沖縄」が開催する連続講座(4つのテーマ、各テーマ3回の構成)です。
 最初のテーマは、私たちの生活で起きる問題をコミュニティや社会という視点からとらえていく「コミュニティ心理学」です。「コミュニティ心理学」とは、社会的な文脈に人間の存在を置き、環境との適合、誰もがもともと持っている強さやコンピテンス(能力)を重視します。そして、問題の予防、人々を力づけていくという視点から、問題解決への選択肢を拡げます。
 3回とも出席できる方を優先いたします。講師は、琉球大学などで非常勤講師として心理学を教えている大嶺和歌子さん(臨床心理士)です。

第1回「コミュニティ心理学とは。その成り立ちと考え方。」
日 時:9月9日(日)午後3時~5時

第2回「ストレス。メンタルヘルスとコミュニティによる支援。」
日 時:9月16日(日)午後3時~5時

第3回「エンパワメント。弱者救済から市民参加という考え方へ。」
日 時:9月23日(日)午後3時~5時

主 催:レインボーアライアンス沖縄
参加費:無料
定 員:15人(全3回出席できる方優先)
申込み・問い合わせ:gradi☆me.com (☆を@に変えてください)



GRADiの場所は、サイトでご確認ください。→ http://gradi.jp/

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講師を務めてくださる大嶺和歌子さんにうかがったところ、コミュニティ心理学に関して、以下のような入門書ことを教えてくれました。僕も今、勉強しているところです。




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by hideki_sunagawa | 2012-08-16 15:07 | notice