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2012年 02月 29日

閏日(うるうび)

今日は父親の13回忌。

つまり、父が亡くなったのは、2000年。パレードの復活へ向けて大変な思いをしている時だった。

秋から入院していた父親を見舞うために帰郷しようと思いつつ、パレードの準備やら何やらでなかなか帰れず、ようやく2月に一旦帰る日を決めたものの、年度末が近づく中、HIV疫学研究班の報告会が入ったりして先延ばしに。それがゆえに、最期を見送れないままになってしまった。

容態が急変した時に側にいた叔母から「最期に、指で『ひでき』と何度も書いていた…」と聞いたときには、胸がつぶれそうだった…。


そしてまた、今日は、2005年に亡くなった姉の誕生日でもある。彼女は、4年に一回しかまわってこない閏日に父親が亡くなったことに苦しんでいた。

三つ年上だった彼女の年を、今の自分はとっくに越えている。なんだか不思議な気がする。


今日は、いろんなことを思い出したり、考えたりする一日になりそうだ…。
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by hideki_sunagawa | 2012-02-29 05:51 | Diary
2012年 02月 27日

LGBTニュース紹介 02/27

▼マレーシアでトランスジェンダー女性への暴力急増

マレーシアのクアンタンで、トランスジェンダー(TG)女性への暴力事件が、この半年間で少なくとも13件起きていると報告されている。

ある女性は、暴力を受け、首を切られている。また、別のメイクアップアーチストの女性は、バイクに乗った6人の男性からチェーンや鉄パイプなどで殴られ、止めに入った友人も殴らたという。

いずれも同じ集団によるものと見られており、警察もチームを組んでいるものの、調査が行われているか不明なようだ。

この事件について伝えるFridaeの記事


▼カメルーンで3人のレズビアンが逮捕される

カメルーンで逮捕された10名の女性のうち3名が「同性愛行為をおこなった」として起訴されているとイギリスのBBCが報道した。

カメルーンで、女性が同性愛によって裁判にかけられるのは初めてという。報道によると、レズビアンカップルの一人が、男性と結婚している女性と関係を持ち、そのことでもとめたことから、結婚している女性の夫が自分の女性も含めた彼女らを訴えと見られている。

3月の上旬までこの裁判は一時休止となっていると報告されているが、この裁判の行方を、世界の権利運動団体が注視している。

この事件を伝えるADVOCATEの記事


▼ジェンダー不一致のある子どもといじめに関する調査

ハーバードの公衆衛生の研究者たちが、ジェンダー不一致のある子どもたち(他の同性の子たちと同じように振舞わない子たち)が、身体的、精神的、性的な虐待を受けやすく、のちのちPTSDで悩むことが多いとの研究結果を発表した。

この研究は、Growing Up Todayという全国調査の結果から、9000人の若年層が思い出した子どもの頃の経験を分析したもの。

ジェンダー不一致のあった子どもたちは、そうでない子(ジェンダーが一致していた子)に比して、後々、PTSDで悩む可能性が倍だという。

調査チームは、「親は、ジェンダー不一致への差別が10分の1の子に影響を与えていることを認識すべきである。それは、幼少期に起きながらも、その後長らく大きな影響を与えているのだ」と述べている。

この調査結果についてのADVOCATEの記事


▼性同一性障害の女性を女性施設へ、と勧告

戸籍上は男性だが性同一性障害があるとして、手術で女性の体になった受刑者が、現在男性用施設に収用されていることから、兵庫県弁護士会は24日、女性用施設に移すよう法務省などに勧告したと発表した。性別適合手術を受けた収容者の移送を求める勧告は全国初という。

兵庫県弁護士会は、彼女が「男性用施設に収容されているのは人権侵害」とし、白承豪(はく・しょうごう)弁護士は「収容施設の区別は、変更のハードルの高い戸籍でなく、収容者の性自認によるべきだ」と話している。

弁護士会によると、同受刑者は、20歳前後に性別適合手術を受けたものの、戸籍の性別は変えていなかったという。

刑事収容施設の男女別は戸籍で判断されている。現在、刑務所側は女性看守を配置するなどしているが、頭髪は丸刈りで女性用下着を着けられず、入浴時は男性刑務官が監視しているという。

朝日新聞の記事
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by hideki_sunagawa | 2012-02-27 05:52 | LGBT/gender
2012年 02月 23日

東京からの来客

a0137527_18424775.jpg先週から今週にかけて、東京から、パートナーや友人カップルが相次いで来沖。

パートナーとは、のんびり家で過ごす時間がほとんど。右の写真は、高校時代よく通った喫茶店に行ったときのもの。

懐かしい〜という表情で撮影(笑)。



ちょうど入れ替わりで来た友人カップルとは、首里城周辺&金城町の石畳、美ら海水族館、佐喜眞美術館、県立美術館、平和祈念資料館をまわった。

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僕も練習がてらレンタカーを運転するはずだったが、結局、水族館の帰りと、平和祈念資料館の帰りにそれぞれ20分くらい運転しただけ。

でも、前回の練習よりだいぶ慣れてきた感じ。少しずつ進歩しているはず…。

今回、沖縄へ来てくれた二人には、東京での生活で本当に支えられた。どんなに感謝しても感謝しきれない。

多忙な二人だが、こうして時間をつくってきてもらえたこともうれしかった。次回は、僕が運転して案内できるようになっていなくちゃ。
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by hideki_sunagawa | 2012-02-23 18:46 | Diary
2012年 02月 20日

ニュースアップの代わり

今週もたてこんでいて、ニュースをアップできなそうなので、代わりに、10日の「なは女性センター」でおこなった講座の記事を。

琉球新報2月16日付。きっちりとしたまとめで、書くべきことをちゃんと書いてくださっています。これを執筆してくれた記者さんと、これだけのスペースを割いての掲載をオッケーしてくれたデスクさん(?)に感謝。

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by hideki_sunagawa | 2012-02-20 06:17 | LGBT/gender
2012年 02月 15日

Q&A

先週の金曜日のなは女性センターでの講座、多くの方に来ていただき、雰囲気もよく終えられました。ご来場くださった皆様に感謝。

さて、この講座に来てくださったある方から、メールで質問をいただきました。ご家族とPCを共有しているので、メールでやりとりはできないとのことでしたので、この場を借りてお答えしたいと思います。


質問は以下の二つでした。

>カミングアウトする勇気はどこからくるのでしょうか。
> 親に孫をみせられないことに対して、どう考え親とどうむきあっているのでしょうか。


(1)カミングアウトについて

実は、今の僕にとっては、もはやカミングアウトはあまりにも自然なことであるがゆえに、「勇気」を必要とするものではないのです。もちろん、最初からそうだったわけではありません。

自分が同性が好きだということを初めて友人に伝えたのは、中学時代でした。そのときは、とても緊張しましたが、友達は、「ふーん、そうなんだ?」という感じであっさりと受けとめてくれました(心境はどうだったかわかりませんが)。

そしてその後も、彼は僕の片思い話や、悩みを嫌がることなく聞いてくれ、その関係は高校時代もずっと続きました。この受けとめてもらえた経験が、僕にとってとても大きかったと思います。

その後、少しずつ、自分が信頼できる友人(当然それは自分にとって大切な人たちでした)に、伝えるようになっていきました。それでも、20代の半ばくらいまでは、そのことを口にするハードルは高かった事を覚えいてます。時には手紙で伝えました(まだメールのない時代です)。

けれど、自分のことを知ってくれる人が身の回りに増えていけばいくほど、次第に、なんでこのことを隠さなくちゃいけないの?と感じるようになりました。異性愛者は、異性との恋愛についてさんざん語っているのに…。

20代後半にはだいぶオープンになっていましたが(二人の姉にもその頃に伝えたと思います)、大きな転換は、大学院の面接試験のときに、「自分はゲイの立場から、ゲイのコミュニティの調査をします」と言ったことでしょうか。その後、大学院に入ってからの自己紹介でも同じことを繰り返し言いました。

遡って考えると、僕は別に「勇気」があったのではなく、自分のことをわかって欲しいという思いが強かったのだと思います。

次第に、いろんな人と出会う中で、自分がゲイであることをわかってくれる人がたくさんいることを実感し、そして、僕がつながりたいと思っているような人ほど、このことをちゃんと考えて受けとめてくれたので、「このことで離れる人がいるなら、それはそれでいいや」と思うようになったのです。

自分がつながれる人たちがたくさんいると実感できたことは大きいですね。


(2)親との関係について

父は2000年に亡くなったので、今は、母との関係ということになります。

僕は正直、これまで、「親に孫の顔を見せる」ということに重要な意味を感じたことがないので、この質問に答えるのは難しいなぁ、と思っています。異性と結婚しても子ができないことはたくさんあります。また、子をつくらないという選択をする人もいるでしょう。

冷たい言い方に聞こえるかもしれませんが、それで、親が残念に思ったり、悲しむとしても、それはしょうがないことです。人生において、誰しも自分の望みが常に叶うわけではありません。自分の望み、希望、夢が叶わないと知ったとき、そのことをどうとらえ、自分の中に生じる落胆をどう処理するかは、最終的にはその人自身が考え、消化するしかないことだと僕は考えています。

僕が不思議に思うのは、皆、そんなに親のために生きているのかなぁ?ということです。親の望む通りの子どもであり続けたのか? 親の望む進路を選んで来たのか? 親の望む通りのところに就職したのか? 親が望む相手と結婚したり、パートナー関係を結んで来たのか? 親の望む通り子をつくってきたのか? 親の望む通り生活をサポートしてきたのか?

同性愛者であるということを大事にして生きていくこと、それを伝えることをめぐって、親に落胆させることを責めるような言い方は世の中に溢れているのですが、そのような言葉を耳にする度に、僕は、上記のような疑問を感じたりしています。

親の期待にどれだけ応じるか、それぞれに違いはあるのでしょうが、同性愛者であるということは、僕にとってはとても大事なことですし、誰を好きになり、誰と人生を共にしていくか、ということを親の望みのために諦めたいとは思わないですね。

だからと言って、親と断絶する必要もないわけで、親が理解できるようにできる範囲で努力をし、関係もできる限りつないでいくことはできると思っています。

答えになっているかどうかわかりませんが、そういう風に考えています。

私自身の関係で言うと、伝えた当初、戸惑い、悲嘆していた母親ですが、今は、パートナーを連れて行くときには料理をつくって歓待してくれるようになりました。10年前には、そういうあり方は想像すらできなかったし、だからそういうことを望みもしなかったけれど、こうした受容を経験してみると、「こんなに幸せに感じるものなんだなぁ…」と実感しています(もちろん、人それぞれ親との関係は違うので、それぞれにどういう距離がいいのかは違うと思いますが)。

ーーー


<メールをくださった方へ>

さて、メールでのやりとりですが、ご家族とPCを共有していても、yahooやhotmail、googleなどでは、web上で自分だけで管理できるメールアドレスを得られるので、そういうところにメールアドレスをつくってメールをくだされば、もう少しやりとりできるかと思います。

また、電話でのやりとりは、自分が苦手なこともあり、今のところ対応していないので、今回はブログを通じてのお返事となりました。同じような質問を抱いている人も少なからずいらっしゃると思うので、自分の考えをまとめるのにいい機会をいただいたと思っています。ありがとうございました。
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by hideki_sunagawa | 2012-02-15 18:44 | LGBT/gender
2012年 02月 13日

LGBTニュース紹介 02/13

▼カリフォルニア州、同性婚禁止に違憲判決

結婚を男女間に限定するとしたカリフォルニア州の憲法改正に対して、サンフランシスコ連邦高裁が違憲との判断を下した。

カリフォルニア州では、州裁判所の判決に基づき、結婚の平等化(同性婚の認可)が2008年6月に開始されたが、「Proposition8」と呼ばれる、結婚の定義を男女間に限る、すなわち同性間の結婚を禁じる憲法改正案が2008年11月の住民投票により僅差で通ったため、同性婚が停止されていた。

同性婚反対派は、連邦最高裁に上告する予定だが、最高裁はカリフォルニア州の問題として訴えを却下する可能性もあるとみられている。


▼ウガンダで、反同性愛法案、再度提出される

これまで、二度に渡りウガンダで提出され、可決は免れて来た反同性愛法案が、また国会に提出されたとBBCが報じた。

ウガンダでは、もともと同性愛は違法となっているが、この法案は、それをさらに厳しくしようとするもので、場合により死刑に処せられる可能性もある。国会に提出される度に、国際的な反対運動がおこなわれ、イギリスや米国の首脳も圧力をかけてきた。

日本でも、昨年6月、ヒューマン・ライツ・ウォッチ、アフリカ日本協議会、東京プライドが、駐日ウガンダ大使館を訪問し、同国の性的少数者の人権状況について意見交換を行い、ウガンダの性的マイノリティの人権が守られるよう要望書を提出している。

同意見交換の報告書(pdf)


▼欧州議会、反同性愛の冊子配布に有罪の判断

欧州議会は、「同性愛は『道徳的な退廃』」などと書かれた冊子を配布した4人のスウェーデン男性に対する有罪判決を支持した。同法廷は、スウェーデンでくだされた有罪判決は、言論の自由を犯してはいないと判断した。

このリーフレットには、同性愛を性的逸脱であり、社会の道徳的崩壊の結果とし、HIVの広がりの責任と書かれてあり、小学校などで配布していた。


▼サンクトペテルブルクで、反同性愛法案が通る

ロシアの第二の都市、サンクトペテルブルクで市議会に提出されていた、同性愛などを公の場で「推進」することを禁じた法律が通った。この法律は、街頭で性的マイノリティのパレードやイベントなどを開催したり、人権を求める活動を禁じるもの。

これまでも、パレードの主催者らが罪の問われてきた。

この法律をめぐっては、昨年からインターネット上で25万人を超える人の反対署名が集まっていた。また、オバマ大統領がこの法案を批判。それに対して、ロシアの外相が反論するなど、国際的にも関心の高い動きとなっている。
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by hideki_sunagawa | 2012-02-13 06:05 | LGBT/gender
2012年 02月 09日

メディアの責任

『オキナワグラフ』というローカルな写真月刊誌がある。昭和33年に第三種郵便物の認可を受けているようなので、約55年の歴史があるということになる雑誌である。しかし、歴史がある=優れたメディアということではないようだ。

その今月の特集は「沖縄のおネエたち」。基本的には、地元のいわゆる「ニューハーフ・ショーパブ」の紹介と、そこで働いている人たちのインタビューとなっている。それに加え、沖縄の性同一性障害の人たちを多く診ている医師のインタビュー、そして観光バーを営んでいるゲイのインタビューが掲載されている。

地方に住んでいるトランスジェンダーの彼女たちが顔を出してインタビューに答えている心意気には心動かされるものがある。

しかし、医師のセクシュアリティ観は時代錯誤的(あるいはとてもオリジナルな奇異なもの)だし、ゲイのインタビューの中で、記者の文章として出てくる「世の中には、息子の性癖を…」という言葉には唖然とする。ゲイであることを性癖と表現しているのだ。

ゲイの方のインタビューは、全体として、親には子のあり方を理解して欲しい、という内容でいいものだ。しかし、「性癖」と位置づけられているものをどれだけの親が受け入れられると言うのだろうか。「癖」なら治せ、という話になりかねない。

僕は、<基本的には>細かい表現にこだわって抗議するのは賛成しない。しかし、この「性癖」という表現は看過できない。なぜならば、それはセクシュアルマイノリティの問題の根幹だからだ。同性を好きになること、体と異なる性自認を持つことは、そういう「性癖」などといったものではないということを理解させるために多くの人たちは闘って来たのだ。

それでも、ちょっとした文章なら見逃したかもしれない。しかし、これは、医師のインタビューも登場する特集記事なのである。


僕は、この特集を組んだ人たちは、この言葉の問題を指摘すれば理解するかもしれない、と思い、メールを送った。気になる部分がいくつかあります、と書いて。電話番号も書いておいたら、編集者の一人から電話がかかって来た。声の感じからすると、そんなに年齢はいっていない女性という印象だ。

僕はなるべく落ち着き目に話をし始めたのだが、最初から、防衛的な印象の強い応答であった。そして、ある言葉のやりとりで怒りのスイッチが入った。それは、僕が「現在、ゲイであることは性的指向として表現されるようになっていますが、それはどうしてだと理解されているのですか?」と聞いたときに、「どのようにお答えしても、お怒りは変わらないでしょうから」という返答が帰って来たときだ。

コミュニケーションを遮断する言葉。そして、自分の勉強不足、知識不足は全く認めないというスタンス。

いろんなやりとりがあったが、全体として、彼女が、僕の発言を活動家(=特別な立場の人)の一面的な意見、としてしか見ておらず、それよりは、彼女がインタビューしたバーの人の方がリアリティがあると判断しているということを感じ、愕然とした。

僕が、「セクシュアルマイノリティの自殺率が高いと言われていることをご存知ですか?(それを頭において記事を書いていますか?)」と尋ねたことに対して、「それって、どうなんですか? Pさん(そのバーの人)に聞いたら、自分のまわりでは知らないと言っていました」と。

唖然。統計として現れているもの、専門家とのやりとり、いろいろな活動を通じて、僕が得て来た知識を否定し、自分がたまたま知り合ったバーの方の一人の経験だけを根拠とするなんて、いったいどういうことか。


「性癖」という言葉も、「インタビューに答えた人が使ったので」ということを言い訳にしていた。しかし、インタビュー内容は「」内で表現されているが、その言葉には「」はついていない。彼女ら編集者がそう思っていたという証拠だ。また、ちゃんと勉強していれば、インタビュイーが使った言葉でも、この言葉を使うのにためらい、どう使うかを考えただろう。

もちろん、その観光バーの方のリアリティは、その方のリアリティである。その言葉を自分のことを語る言葉として持っているのかもしれない。しかし、その一人の人の発言をより広い文脈の中でどう位置づけるか、そのまま使っていいのか、他の言葉に置き換えてはダメか、ダメならどうフォローを入れておくべきか、を考えるのが、メディア制作者の役割ではないのか。


当然、そのためには、ある程度の知識が必要になる。僕は、「どういう書籍を参考にされたのですか?」と聞いた。彼女の答えは、「今後、ご教示ください」というものだった。一冊の本も読んでいないようだ。なんたること。

彼女は、その勉強不足について、「月刊の雑誌なので一年もかけて勉強することもできませんし」と言う。また「誰もが100%満足できるものはつくれませんから」といった極端な例を持って来て言い訳する。誰も、そんなものは求めていないというのに。

2−3冊の本を読むこと(あるいは見比べた上で1冊の本を読むこと)すらせずに、よくこんなセンシティブな面のある問題を扱ったもんだと思う。しかし、彼女は、そのようなセンシティブなものとして扱う態度を、何度も「ナーバスな」と呼び、そして、「こうして噛み付くのは逆効果じゃないですか」とも言った。

「はるな愛さんのように、楽しく、自虐的なところもありますけど、そうしていったほうが理解が広がるのではないか」ということも。

何度も「こうしてとりあげたことに意味がある。となりにいるんですよ、と伝えたかった」ということを言っていた。繰り返しになるが、僕は、インタビューに答えた人たちのことは尊敬している。だが、この企画自体には、そんな意味はない。なぜなら、既にメディアで提示されているイメージをなぞっただけのものだからだ。何のオリジナリティもない。沖縄でも既に「オネエキャラ」としてテレビに出ている人もいるのだ。


とにもかくにも、その電話で話をした彼女が、丁寧な言葉づかいながらも、全く間違いを認めもせず、こちらの意見を「噛み付いている」ものであり、過剰なものであり、ナーバスなものであるという位置づけしかしない応対に、怒りが込み上げた。

そして、怒りがおさまると、とても悲しい気持ちになった。今は、そのやりとりで、自分がとても傷ついたんだということを実感している。彼女は、僕のことについて、新聞記事などから先に知っていたようだ。その新聞記事から勝手なイメージをつくりあげていたのだろう。

「砂川さんはオネェカルチャーなどにも違和感を感じられるでしょうが」という、よく分からない事も言われた。僕は、メディアの「オネェ」の括り方、扱いかたにはとても疑問を感じているが、「オネェカルチャー」に違和感を感じたことなどない。

そんな風に勝手に決めつけられ対応されたことを含め、バカにされたという印象が残った(「砂川さんに監修をしてもらえば、良かったのでしょうが…」という言い方もされた)。

もちろん、彼女は「そんなつもりはない」と言うだろう。この特集も、理解を広める「つもり」でやったと主張で正当化するのだから。まぁ、僕の「バカにされた」という印象はさておき、メディアはどんな「つもり」でやったかではなく、どういう言葉を書き、どういうイメージをつくったかで責任が問われるべきであることは言うまでもない。

そして、自分の制作したものへ意見が寄せられたときに、応答し、制作したものを振り返る姿勢がない者は、メディアをつくるプロとは言えない。
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by hideki_sunagawa | 2012-02-09 05:20 | LGBT/gender
2012年 02月 06日

なは女性センターで講座します

毎週月曜日はLGBT関係のニュースをアップしているけど、今日はちょっとしんどいので休みまーす。かわりに(?)、今週金曜日に「なは女性センター」での講座の宣伝を。お近くの方で時間のある方はぜひお越しくださいませ。

ーーー
「同性カップルの社会的認知へ向けて〜同性間パートナーシップと結婚の平等性について〜」
日時:2月10日(金)午後7時〜8時半
会場:なは女性センター第2学習室
(那覇市銘苅2-3-1 新都心銘苅庁舎1F <てぃるるじゃないよ!)
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by hideki_sunagawa | 2012-02-06 06:09 | LGBT/gender
2012年 02月 03日

まだまだ大丈夫

a0137527_1382951.jpgローな日記をアップした一昨日の午後、友達がドライブがてら海が見えるカフェへ連れて行ってくれた。

僕からお茶に誘ったところ、ちょうど声をかけようかと思ってたと。

晴れて気持ちの良い暖かい日。西に傾いた太陽が海面に反射してきれい。海の音はやはり落ち着く。沖縄での海との距離感、やっぱりいいなぁ。

落ち込み気味な日記を読んで心配してくれたのねー、と思った。

別の友人も、後日「食事しに来ませんか」と誘ってくれた(こちらは、時間の都合上、お断りすることになったけど)。ありがたいことだ。

たぶん、しばらく、あれやこれや考えて、気持ちはすっきりしないかもしれないけれど、こうして身近に会え人がいるうちはまだまだ大丈夫な気がする。
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by hideki_sunagawa | 2012-02-03 06:19 | Diary
2012年 02月 01日

ちょっとしたこと

ここ最近、ちょっとしたことで心身の健康が低下しつつある感じ…

ふと振り返ってみると、引っ越してしばらく、近くのJAで地元の野菜をよく買って食べていて、歩くことも多く、特に意識せずとも体重も減少していた。

しかし最近は、料理をする気が起きずに、夕飯は弁当を食べることが多くなり、なぜか以前は全然飲まなかったダイエット・コークが習慣化。外出も減り、当然、体重も増加。

憂鬱な気分がそうさせたのか、そういう生活が憂鬱な気分にしたのか…。そんな中、人間関係もネガティブな方向に考えて、余計に悪化させ、また憂鬱な気持ちに。とほほ。

なんて思っていたら、急に妙な腰痛が始まった。やはり、心と体は別ものじゃないんだなー。

気持ちは目に見えないし、コントロールするのは難しい。とりあえず、生活をできるところから建て直すことにしよう…とはいえ、そのエネルギーが起きにくい状態が問題なので、どれだけできるかわらからないけど。

2月は、楽しい予定もあるし、節分もあるし(?)、きっと気分も入れ替わるはず。
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by hideki_sunagawa | 2012-02-01 05:58 | Diary