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2010年 11月 20日

弱い自分

またまた風邪をひいたので、寝る時間が長めに。不思議なことに、長時間寝ていると夢見が悪くなる。わかりやすい怖い夢を見ることもあるが、どうしてそれが「悪夢」なのかわかりにくいものもある。その一つが、高校時代に戻る夢だ。

高校時代に戻ると言っても、半分は今の自分の意識だったりするので、ちょっとややこしい。「ああ、最近授業に行っていないなぁ、卒業できるかな」と思ったり、校舎に行って、「自分の知っている先生はもういないなぁ…」と思ったり(でも、気持ちの半分は在校生)、もう授業が始まっている時間なのに準備ができていなくて焦ったり。

大したことない夢のようだが、そういう夢を見ると、夢を見ているときもそうなのだが、目覚めた直後にとても虚しい、切ない気持ちに襲われ、どんよりしてしまう。『ネバーエンディング・ストーリー』に、悲しみにとらわれると、動けなくなり沈んで行くという「悲しみの沼」が出てくるが、その沼に沈んで行きそうになる、そんな気持ちだ。

そうなる理由はよくわかっている。高校時代が何か自分のピークだったような気分がずっと根底に流れているからだ(辛いこともたくさんあったのに…)。

冷静に考えれば、今の方が幸せの要因はたくさんあるのに、奥底に潜んでいる合理的でないそんな感情が、ふとした瞬間に吹き出してくる。おそらく、その感情を見つめ続けると、本当に「悲しみの沼」で身動きがとれなくなってしまうだろう。

だから、あるときから僕は、その感情を棚上げする(というより奥底に抱え込む)ようになった。

人生という旅ができる時間は限られている。過去を見つめて嘆息しているうちに、旅の日々は過ぎ、せっかくの風景を見逃し、出会いの機会も逸してしまうのだ(もちろん、時々休む必要はあるだろうし、たまには過去を振り返ってため息をつくことも悪いことではないのだが)。

過去が黄金の時代に見えて(本当はそんなものじゃないのだけれど)、今が、銀や銅の時代に見えても(しつこいけど、本当はそういうわけじゃないけど)、「銀や銅もきれい」と思えばいい。


…なんて話を書いたのは、以前ある人と話していて、僕が「いつも前向きに、確固たる自信を持って力強く歩んでいる人」というイメージを持たれることがあると知り、ちょっと驚いたもので。

僕も、不安や虚しさに押しつぶされそうになったり、悲しみに押し流されそうになったりすることがしょっちゅうで、自分では自分のことをとても弱い人間だと思っている。実はもともととても自己評価が低い人間。コンプレックスもたくさんある。

だから、今の自分が実際にどうか、ということを内省し続けると落ち込んでしまう。なので僕は、なるべく、どういう人間でありたいかを想像し、ほんのちょっとでもそんな人間に近づくことを考えるようにしている。それを実践するのは、とても難しいことだけれど…
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by Hideki_Sunagawa | 2010-11-20 02:14 | Diary
2010年 11月 14日

出会い

最近、twitterのフォローをきっかけに、23年前に出会った人とメッセージのやりとりがあった。

雑誌を通じて知り合い、手紙の交換と電話での会話が何度かあったけれど、直接会ったのは1度か2度だけだったと思う。それでも、僕には印象深い人だったし、向こうも覚えてくれていたようだ。

今は、異国の地で暮らし、芸術的な工芸作品を制作しているらしい。

このやりとりをきっかけに、ふと思い立って、ここ5年くらい連絡の途絶えていた、やはり23年くらい前に知り合った人に電話をかけ会ってみた。以前と変わらないやりとりになんだか気持ちがなごんだ。

23年前…山梨の大学に入り、出会いを求めてゲイ雑誌を通じていろんな人とやりとりをしていた頃。その多様なタイプの人との出会いを通じて、僕は人とのコミュニケーションとのとり方を学び、自分自身のことを振り返ったり、生き方を考えたような気がする。

もちろん、つらい経験も少なからずあったけれど、今からみれば、それも成長の糧となったことがわかる。

20代のときなんて(いや、たぶん30代前半くらいまで)、その時々の関係性しか見えなくて、「(色恋的な意味に限らず)つき合うのかつき合わないのか」「自分のこと好きなのか、嫌いなのか」「良い関係なのか、悪い関係なのか」という答えをすぐに求める傾向が強かった気がする。そのため、変に感情的になることがよくあった。

けれどこうして、昔知り合った人とまたやりとりしたり、あるいは、長らくつながっている人との関係を振り返ったりしてみると、関係性ってわからないなと思う。

時に、ちょっとやりとりしただけの人の言葉が心に残って、自分の生き方を助けることもあり、また再会することもある。

知り合って間もない時期には、「この人ってもう…」と思う人でも、長くつき合っていく中で、その人が変わり自分も変わり、関係性が落ち着くこともある。

逆に言えば、そのときに自分にとって遠ざけたい関係になって、そうしても、またやりとりが始まりつながることもある(これはなりより、インターネットの影響が大きい!)。だから、別に距離を置くことも、あるいは相手が離れて行くことも怖れることはない。

もちろん遠ざけて(遠ざけられて)、それっきりになってしまう関係もたくさんあるけど…。

当然これからも、たくさんの人との出会いがあるわけだけど、20代の頃の率直さと、40代になってようやく身に付いてきた、長いスパンで関係性を考えられる落ち着きとをもって、それぞれの出会いに向かい合っていけるといいなと思う。
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by Hideki_Sunagawa | 2010-11-14 10:25 | Diary
2010年 11月 11日

忘れられていく「慰安婦」問題

大学の授業で「日本軍慰安婦」問題をとりあげて7年。毎回、重い気持ちを抱えつつ、伝えねばと吉見義明さんの『従軍慰安婦』(岩波新書)をもとに基本的な説明をし、元「慰安婦」の証言ビデオを見せている。

最初の年から、「あまり知らない」「全然知らない」という人は一定数いたが、確実にそういう人が増えている。そして、「知らない」度合いが深まっている。もちろん、このことに限らず、太平洋戦争中に日本がしたことを知らない人が大半を占めるようになっている。

今年の感想では、「北朝鮮の人が日本人を連れ去ったことは知っていたが、逆に日本人がそういうことをしていたことを知らなかった」「現在、中国で日本人への反発が高まっているのは、そういう過去と関係があるのだろうか?」というものがあった。

さらに、「テレビで、慰安婦の人たちが相当なお金をもらっていることがわかったが」と、とんでもない情報を信じている学生もいた。

以前は、「教科書には書かれていなかったけど、高校の先生が詳しくとりあげてくれた」という学生が一定数いた。最初の1〜2年は、「授業等で習ったことがある人?」と聞くと1/5くらいが手を挙げた印象だが、今は、数人(1/10以下?)しかいない。

授業の後、学生のほとんどは、「知るべきの歴史だ」というコメントを寄せる。決して、このことを知ったからといって、単純に「日本嫌い」や「日本否定」になるわけではない。むしろ、自分が所属している「日本」という国について改めて考えるきっかけとなり、「この国の、より良いあり方とは?」という思考が始まるように感じている。

国家の枠にこだわる必要もないかもしれないが、この国の中で生きている以上、そのあり方をいかに良くするかということを考え、行動していくことから始めるしかない。それは、「日本」を好きか嫌いかという問題ではないのだ。
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by Hideki_Sunagawa | 2010-11-11 14:31 | LGBT/gender
2010年 11月 10日

内向きマスメディア

毎年、大学のジェンダー論で、「メディアリテラシー」に関する授業を三コマくらいおこなう。当然ながら、ジェンダーの問題を考える上でも、メディアリテラシーは極めて重要だからだ。

その中で、同じ日の同じ時間帯の違う局のニュースを見比べるのだが、4年前に録画したものを使うこともある。たまたまではあるが、その時のニュースは、イスラエルとパレスチナの和平の問題を大きく扱っている。

それを観て、ふと、「あれ?そういえば、最近のニュースって、海外のニュースが減っていない?」と思った。もちろん、以前もそんなに多くなかったし、今も、チリの落盤事故で閉じ込められた人の救出や、衝撃的なニュース、風変わりなニュースはとりあげられるが、国際政治的な問題やそれぞれの国や地域の社会問題はあまり観ない。

もしかしたら、自分がインターネットなどで海外のニュースに簡単にアクセスできるようになったから、そう感じるようになったのかもしれない。

しかしいずれにせよ、政治も経済も文化も、どこにいても、グローバルな関係性の中により深く埋め込まれるようになった現代において、マスメディアの姿勢はこれでいいのだろうか?と思う。

最近、日本の中で独自に発達し、世界の流れに組み込まれていない日本の携帯を、やや揶揄するように「ガラパゴス携帯」とメディアは呼ぶ。その表現は、ガラパゴスの生物が独特な形に進化したことになぞらえているのだが、「進化」や「発達」かはさておき、日本のメディアも明らかに世界の流れに取り残されている。


しかし、マスメディア批判ばかりしていても仕方ないなぁ、と思ったりもするので(この頃、批判するだけで何かをした気になる評論家的スタンスの人ばかり溢れていることにうんざりしている)、こういう時代に自分は何ができるのか、するべきなのか、を考える。僕は、幸いなことに、講義や講演など直接話をする機会を持っているので、そこで、個々人が海外の情報に直接アクセスする大切さを伝えて行くことであり、そのための技術を教えていくことだろう。

また僕自身、自分がおこなっているLGBTやHIV/AIDSの活動に関連して、世界に目を向け情報交換し、連帯していくことを心がけていきたいと思う。そのためには、苦手意識の強い英語ももっと上達させなければ。

あ、このブログでも、また以前のように英語でも書き綴るようにしていこう…。あるいは、英語用のブログを別に立ち上げようかな…。
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by hideki_sunagawa | 2010-11-10 09:13 | Diary
2010年 11月 08日

ラヴズ・ボディ@東京都写真美術館

東京都写真美術館で開催されている、「ラヴズ・ボディ」を見て来た。

やはり、オーストラリアの写真家ウィリアム・ヤン氏の一連の作品が、強く印象に残った。友人の見舞いに行った「AIDS病棟」でたまたま再会したという元彼「アラン」を撮った写真に、ヤン氏の言葉が書き添えられているというものだ。

亡くなるまでの一年間を写したものだけに、最後の写真は正視するのがつらいという人も少なくないだろう。僕も、言葉を失った。

しかし、意外な心境だった。もともとどういう作品か聞いていたので、「あまりにもつらくて重い気持ちになるのでは」と予想していたのだが、そこにあったのはそういう感情ではなかった。

ふと思い浮かんだ言葉は、「尊厳」(尊厳死、ではなく)。

おそらく、その最後の写真だけ見たら、ただただショッキングで、どう処理していいかわからない暗い気持ちになったかもしれない。

けれど、既に病床にいるところから始まっているとはいえ、19枚の写真は「生きている」記録であって、決して「死んでいく」記録ではないという印象を僕は受けた。「死」は「生」の一部なんだと改めて思った。

いや、極端な言い方をすると、「死」は「生」のクライマックスなのかもしれない。まるで、肉体が苛酷に変化していく中で、逆にその人の精神性が浮かび上がっていくかのようにも見えるからだ。

だから、その人を見つめ続けて、寄り添い続けていれば、その人の肉体がいくら変わってしまっても、その人らしさを感じとることができるし、その人への愛も変わらない。


僕は、その作品を見ながら、今の僕とほぼ同じ年で亡くなった姉のことを思い出していた。亡くなる数ヶ月前から容姿の変化が激しく、見舞いに帰省して、その状態を目の当たりにしたときのショックは本当に大きかった。今でも、そのときの気持ちが、自分の人生観に大きな影響を与えているくらいだ

しかし、手をさすったりしながらそばに居るうちに、やはり僕の良く知っている姉であることを実感するようになった(彼女は、意識も混濁しがちだったので、言葉のやりとりも十分にできたわけではないのに)。そして、僕が帰るときに見せてくれた笑顔は、昔と同じ笑顔に見えた。


ここ数年、何人もの友人、知人を見送ってきたせいか、あるいは自分も病気がちなせいか、最近、自分の死を強く意識することがある。正直怖いと思う。そのときの、自分の容姿の変化に不安も覚える(多くの病気は、死が近づくと肉体は大きく変わって行く)。でもこの写真を見て、不思議なことに、ちょっとだけだけど、「大丈夫かも」と思えた。

きっと、まわりの人たちは、去って行く僕を、それまでと同じように変わらずに愛してくれるだろう。そして、日々の生活を懸命に生きれば、肉体がどんな風に変化していっても、消えて行く肉体の中から浮かび上がる僕らしさは、決してみじめなものではないはずだ。

…と言いながらも、実際に病床に伏すことがあったら、不安に押しつぶされそうになれるに違いない。でも、そのときは、今日書いたことの言葉を思い出し、自分に言い聞かせることにしよう。
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by Hideki_Sunagawa | 2010-11-08 23:44 | HIV/AIDS
2010年 11月 07日

東京を去るということ

これまで何度かこのブログにも書いてきたけれど、来春、東京を離れて故郷の沖縄に引っ越す予定でいる。別に仕事が決まったわけではない。そういう意味では、かなり無謀なUターンだ。でも、色々なことが重なって、「今が帰るべき時だな」と感じている。

不思議なことに、そう決めてから、知り合いとばったり会うことが増えた。この1週間で、街中でなんと6人もの人と会った。もちろん、それ意外にも「沖縄に帰る前に」ということで、色んな人とアポをとって会うことも増えている。

まるで、東京生活の総振り返り…。東京を去るんだなぁ、ということを実感する。


実は、今日は、僕の一番の親友だった(である)がんすけの命日。彼がいなくなった三年前から、僕の中に東京を離れるという気持ちが一層大きくなり始めたような気もする。

彼だけでなく、本当に多くの人に支えられた東京での生活だった。そして、当然ながら、色んなことを学んだ東京だった。

東京に戻ってくる可能性もないわけではないけど、とりあえず、ここで学び吸収したことを土台にして、沖縄で一層活発に社会問題にコミットしていくつもり。

中には、僕が沖縄に帰ることを「引退」的に思っている人もいるらしい(笑)。しかし、僕にとって、沖縄に帰ることはステップアップ。地理的にも分野的にも、より広い範囲で活動することを目指して邁進するつもり。研究ももちろん続けるし。

しばらくは生活を安定させるために苦労しそうだけど、どうぞみなさん、新しい展開を楽しみにしていてください。
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by Hideki_Sunagawa | 2010-11-07 19:58 | Diary
2010年 11月 05日

変化する「わたし」

twitterで、歌手の宇多田ヒカルさん(@utadahikaru)が、

「私はなんか色々勝手に抱え込んじゃってた時に、すごく尊敬する人に『あなたは誰にも必要とされてないのよ』って言われて、すごーーく楽になって救われた気がしたんだ。…分かるかな?もしかしたら誰にも必要とされてない自分っていうのが大事なのかもしれない。」

と書いていた。面白いと思った。よく言われるのは、「誰かに必要とされている」と知ること、感じることが生きる希望や活力につながるというものだ。その逆の言葉。まさに、大きな存在となってしまった彼女ならではのつぶやきだろう。

でも、真逆のことながら、その二つには通じるものがあるような気がする。絶対的に必要とされていると感じてしまうことも、全く必要とされていないと感じることも、結局は自分が「ありのまま」と感じている、自分自身のあり方を否定されてしまうことだ。

人は、常にいろんな面(ときに矛盾する面)を抱え、揺れ、変化している。それこそが「ありのまま」なのだ。しかし、誰かに必要とされる場合、どんなに広くその人のことを見ていても、その人のある時点の一部である(自分自身でも全ての自分を把握することはできない)。

だから、たくさんの人から必要とされるとき、あるいは誰かに絶対的に不可欠なもののように強く必要とされるとき、その一部に規定されてしまう。それは、揺れや変化を含んだ「ありのまま」を否定されるということだ。

もちろん、必要とされていないと感じるということは、ひっくるめて否定されていると感じるということになる。

人が、その中に矛盾する多様性を持ち、変動している存在だということとして理解されていくと色んなことが楽になっていくだろう(でも僕は、「よってアイデンティティは虚構である」として、アイデンティティを否定したり、切り捨てる流れには与しない)。
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by Hideki_Sunagawa | 2010-11-05 01:09 | Diary
2010年 11月 01日

思い出のナチチャコパック…

野沢那智さんが亡くなった。

声優として有名な彼だが、40代以上なら、まず「ナチチャコパック(=金パ)」を思い出すという人も多いだろう。金曜日(木曜日の深夜)、TBSラジオ「パックインミュージック」のDJを、やはり声優の白石冬美さんと15年も務めていたのだ。本当に素敵な番組だった。

中学時代から聴き始めていたが(深夜だったので、たまにしか聴けなかったけど…)、僕が高校一年のときに「ナチチャコパック」は終わってしまった。終わるのが寂しくて寂しくてしょうがなかったことをはっきりと覚えている。

そのときは、もっと早く出会えなかったことがとても残念に思えたけれど、今となっては、この番組と出会えたことは幸せだったなぁ、と思う。

この番組がきっかけで話すようになった友人(女性)とは、今もとても親しくしている。当時、この番組について、何時間も電話で話したものだ。

必ず最後は、シリアスな内容の手紙が読まれる。それを聴きながら何度泣いたことだろう。


当時は明確には意識していなかったけど、今振り返ると、ナチチャコパックに、僕は大人の世界や東京の空気を感じていたような気がする(もちろん、読まれる手紙は全国各地からのものだったけど)。

あの頃漠然と感じていた「東京」に、20年も住むようになるとは、思っていなかった。そこに今こうしていることがとても不思議な気がする。そして、また、そこを離れようとしていることも。果たして、沖縄に引っ越したら、東京をどう思い出すのだろうか。


ナチチャコパックが終わって30年近く…。でも、当時、眠いのを我慢して耳を傾けていたことをありありと覚えているし、自分の中に確実に2人の存在が織り込まれているのを実感する。

僕も、自分より若い人たちに何かを残して行きたいなぁ、と改めて思う。


★ナチチャコパックが終わることを取り上げたテレビ番組がYouTubeにあがっていた。2人が番組でしゃべっているシーンは、なんだか涙が出そうになる。偶然、沖縄の基地問題について書かれた手紙を読み、感想を言っている。
http://www.youtube.com/watch?v=b0MNC8PPK3I&feature=fvw
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by Hideki_Sunagawa | 2010-11-01 02:31 | Diary