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2010年 09月 20日

排除しない社会

財団法人日本性教育協会の月報に掲載されている、池上千寿子さん(ぷれいす東京代表)の文章が印象深く、感動的だ。隔月掲載「21世紀の課題=今こそ、エイズを考える」の第9回目となる「排除しない社会にむけて(1)」。

1982年、池上さんがハワイ大学の性科学者、ミルトン・ダイアモンド氏の元を訪れた頃の話。その前年に、米国本土ではAIDSが報告されていた(もちろん、当時はその名前すら付けられておらず、HIVも発見されていなかったのだが)。

当時、多くの患者がゲイであったため、米国ではゲイへの差別、AIDSの診療拒否などが相次いでいたという。その様子については、ホノルルでも報道されていたわけだが、その頃、まだ患者が出ていなかった。そんな状況でどういう動きがあったか…。

==(以下、引用)==
 ならばハワイは水際作戦でくいとめる? とんでもない、その逆でした。「(この奇病は)どうやら血液と性行為で感染するらしい」、CDCからの情報を逐一入手していたハワイ大学やゲイ・コミュニティは冷静に感染源にあたりをつけていました。

「血液と性行為が感染経路であるならば、診療拒否は不当であるし、予防も可能になる。しかも太平洋を越えてハワイで患者がでるのは時間の問題にすぎない」という認識を共有したのです。そして、「ハワイではアメリカ本土の失態を繰り返すな!」というスローガンにみごとな官民の恊働が始まったのです。「失態」とは、医療による忌避、社会のパニック、少数者への偏見による排除・差別のことです。(略)

州立病院のベテラン看護師長を中心に「ハワイでは第一号の患者から排除せず開放病棟で受け入れよう」を合言葉に医療従事者の勉強会、行政との連携がすすみました。(略)

ホノルルの開業医デヴィッド・マッキュアンが中心となりLife Foundation (NGO)を立ち上げました。(略)Life Foundationは最初から医療、行政、ハワイ大学の専門家たちに支えられました。活動の場はワイキキの古い一軒家、ゲイ・コミュニティで成功していたビジネスマンが無料で提供してくれたのです。

わたしは1988年にLife Foundationの理事になったのですが、理事の席のひとつは当事者であるエイズ患者のために確保されていました。(略)80年代後半すでに当事者をケアの対象としてではなく活動の重要な仲間として位置づけていたのです。(略)
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1988年と言えば、日本では、前年から始まった各地のエイズパニッックを受け、非常に社会防衛的なエイズ予防法案が提出され、NGOがその法案反対の運動を展開していた頃。初期の対応の違いを痛感せざるを得ない。

その当時の動きが違っていたら、今の状況もだいぶ変わっていたかもしれない…
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by Hideki_Sunagawa | 2010-09-20 12:22 | HIV/AIDS
2010年 09月 18日

暴力について考える(2)

例の暴力事件について書いた昨日の日記にたくさんのアクセスがあった。普段そんなにアクセスがないので、なんだか緊張してしまう…。

でも、今後、何かの問題などについて意見を表明するときはなるべくブログを使おうと思う。twitterはメッセージを広げるのに便利ではあるが、やはり丁寧に考えを伝えられるツールではない。

あまりこの件ばかりのことばかり考えていたくないのだけれど、時代的な問題もからんでいる感じがして、なかなか頭から離れない。

人々の中に埋もれ、「一般人」となってしまうことを過度に恐れるがゆえに、目立つための手段として暴力的言動をとる人(それをネット上で発信する人)のことをどう考えればいいのか…。問題化してもしなくても、より大きな問題に発展する可能性が内包されている。

見過ごすことは、その言動の承認につながるし、どんどん流通してしまう場合もある。また、もし本人が「誰も注目しない」「無視された」と感じてしまった場合、より注目を浴びる事件を起こす方向に流れることもあるだろう。

しかし逆に、今回のように大きな騒ぎになると、やはり注目を浴びるためにはこの言動でいいんだということになりかねない。結局は、いずれにせよ、本人の言動の修正という方向性は期待できないのだろう。

そう考えると、なんだか暗い気持ちになってしまうけど、絶望せず、「非暴力」の価値を共有できる仲間を増やしていくことの意味を信じよう(…と、結局、昨日書いた日記と同じ内ことを繰り返しているだけだけど)。


ふと思い出した言葉…

「悲しみの前で足を止めるのではなく、どんな世の中でも生き抜く強さを持ちなさい。優しくしたたかでありなさい。涙を涸らさず、笑顔でいなさい。そして長生きして、世の中が変わるところを見届けなさい。」(『カミングアウト・レターズ』所収の、ゲイの息子からの手紙へお母さんが書いた返事から)。

こういう素敵な言葉を自分に言い聞かせて、そして伝えて、歩んで行こう。
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by Hideki_Sunagawa | 2010-09-18 01:00 | Diary
2010年 09月 17日

暴力について考える

とある俳優が、自身のブログで、ゲイに暴力をふるったことを自慢するかのように書いた文章が、インターネットニュースや個人ブログで問題化され、twitterなどで大きな反響を呼んでいる(知らない人のための説明は下に)。

この問題について、僕もtwitter上で積極的に発言した。そのため、いろいろな反応も受けて、だいぶ消耗している。ということで、少しtwitterは休んでいるが、このことについて感じたことをまとめておきたい(やはり、短い文章では誤解を招きやすいと今回痛感した)。

僕は、彼の書いている内容に正直腹が立ったし、同時に傷つけられたような感覚を覚えた。胸の中に大きな石を抱えてしまったような、とても重い気持ちになった。でも、彼に直接抗議することにはためらう自分がいた。

というのも、ブログ上の文章を読む限り、彼は社会性というものに反発し、暴力に意味を見いだしている人のようだったからだ。むしろ、反社会的であることをエネルギーにしているような印象を受けた。そういう人に直接批判を向けても、逆に頑にしてしまったり、エネルギー源にしてしまうことが多いからだ。


僕は、彼のブログを読んで、「難しい時代だな」と思った。暴力的な人はこれまでも常に社会の中に少なからずいたけれど、そういう人が言葉を広く発信できるようになったということだからだ。つまり容易に、暴力も、暴力的な言葉も拡散していくということだ。特に、今回のような、なんらかの属性に対する差別的感情に根ざしたヘイトクライム(憎悪犯罪)、ヘイトスピーチ(憎悪発言)が、ますます問題化していくだろう。

そういう中で、暴力を否定しようとする人は何をするべきなのか。いろいろ考えたけれど、僕の結論は、まずは「私は(私たちは)暴力を否定する」という態度をそれぞれが地道にが示し続けることだろう、という実に素朴なものだった。もちろん、非暴力的な方法と言葉で(もちろん、具体的な言葉や表現は、それぞれに違うだろう)。

そのためには、今回のことで言うと、彼が暴力事件を起こした現場として名指しされている牛丼屋や、ブログの会社が、暴力を(また、今回その根底にあるホモフォビアを)否定するコメントを発表することがとても重要なことに思えた。だから、僕は、両者にそのことをお願いする文章を送った。

もちろん、言葉にしたからといって、世界がひっくり返るわけでもないし、平和革命が起きるわけでもない。けれど、様々な価値観がひしめきあう世の中で、あきらめずそれぞれの価値観を少しでも広めていくことが重要だろう。

そのためには、単にネットで言葉にするだけでは不十分で、いろんなメディアを通じて流通させる必要もあるだろうし、それ以上に、対面で誰かに語っていくことが重要だろう(教育の現場などでは特に)。また、それは小説や絵画や音楽や論文という形をとることもあるだろうし、活動という方法をとるかもしれない。

当然、直接的な解決につながらないように見えることでも、非暴力的価値や、多様性を尊重する姿勢を広げていくことの一助になることもあるだろう(もちろん、僕かかわってきたパレードや、編集した『カミングアウト・レターズ』というものも、その流れにある)。


僕が彼のブログを読んでいて印象に残ったのは(例の問題以外のことで)、自分の自伝を芝居化したものを母親が見て号泣していた、と書き残していたことだった。それが恥ずかくてひいた、みたいな書き方だったけど、そこに温かい気持ちが流れているのを感じた。そんな気持ちが、もっと彼の中で広がっていくといいのになぁ、と思った。


<事件について>

発端は彼がブログに以下のような内容のことを書いたこと>吉野家で向かいにいたゲイカップルの「ホモトーク」に腹を立て、丼を投げつけ、ビンタをした。警察に電話しようとした店員の胸ぐらを掴んで制止。後でそのことを「店に」謝りに行ったら割引券をもらった。

そのブログの内容を受け、彼への批判や、店の対応もおかしいのではないか(<割引券のことが本当だとするならば)、その記述をブログ会社は放置していいのかという意見がネットでかけめぐった。しかしその後、それは友人相手のある種のネタだったと釈明。また、名前を挙げられた会社は、事実関係を調査すると、問い合わせメールに回答を出している。

しかしその後、さらに、この騒ぎゆえにブログを止めることになったことを報告し、その中で、「ホモ狩り」を始めると書き記したようだ(僕が見た段階では既に閉鎖されていた)。
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by Hideki_Sunagawa | 2010-09-17 01:01 | LGBT/gender