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カテゴリ:labor/poverty( 10 )


2013年 04月 01日

誰かのためのコーヒーを買うということ

「Suspended Coffee」と呼ばれるコーヒーサービスがあることをで知った。Suspendedというのは、「保留にしておく」という意味だ。

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フェイスブックのページでの説明には、こうある。

ーーー
Suspended Coffeeとは、イタリアの善意の伝統に基づいたもので、(この方針に参加している)カフェで前もって買うことで、誰かそれを買えない人のために暖かいコーヒーを提供することができます。

<Suspended Coffeeって何?>
客が、コーヒーを買うことが難しい人のために、自分のものに追加して注文(&支払い)をしておくことです。

<どのような仕組み?>
例えば、二杯のコーヒーを買います。一つは自分のために、もう一つは、「Supended Coffee」としてとっておかれるもののために。その後、誰かコーヒーを必要とする人が入店して、「Suspended Coffee」がありますか?と求めることが歓迎されるのです。

ーーー

もちろん、貧困の問題は社会全体の仕組みとして解決していかなければ、根本的な解決にならないし、自立支援の活動(東京で言えば「特定非営利活動法人 自立生活サポートセンター・もやい」がやっているような)が重要だし、栄養のあるものを提供する「炊き出し」の方がベターかもしれない。

しかし、こうして、それぞれが誰かのためにと考えられることがとても大切なのだと思う。様々な場面、様々な形で、貧困の問題を自分の関わりのあることとしてとらえて、自分のできることをやれることが重要なのだと思った。


<貧困について考える上で良い本の紹介>










<実はコーヒーには、国際的には不公平な取引の問題が…>


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by hideki_sunagawa | 2013-04-01 10:59 | labor/poverty
2012年 06月 09日

生活保護問題(稲葉剛)

生活保護問題について、「NPO法人自立生活サポートセンター・もやい」の稲葉剛さんが書かれた文章です。本当は行政がやるべき仕事を、彼のような人たちが苦労しながら担ってきた。それすらも無にしようとする最近のメディア、国政の動き、それに後押しする人たちの意見には、憤りを覚える。


******************

生活保護問題:困窮者実情踏まえ議論を

NPO法人自立生活サポートセンター・もやい代表理事 稲葉剛

 生活保護制度が揺れている。「高額所得者の芸能人の母親が生活保護を受給」という報道に端を発した騒動は、親族の扶養義務と公的な援助の関係をめぐる議論に発展した。

 小宮山洋子厚生労働大臣は、生活保護受給者の親族が受給者を扶養できない場合、親族側に扶養が困難な理由を証明する義務を課す制度改正に言及し、自民党の生活保護に関するプロジェクトチームは、親族の扶養義務を徹底させる生活保護法改正案を今国会に提出するとの方針を固めた。
 世論の後押しもあり、短期間のうちに制度改正が決まってしまいそうな勢いである。

  しかし、生活に困窮した人々の状況を少しでも知る者なら、今回の扶養義務強化をめぐる動きが福祉の現場を踏まえない乱暴な議論であることが分かるだろう。
 私がこれまで関わった方々の中には、扶養義務に基づく親族への連絡がネックになり、生活保護の申請をあきらめかけていた人が多くいた。私たちは虐待やドメスティックバイオレンス(DV)に関連する場合、親族に連絡しないよう役所に要請しているが、1人で窓口に行って以下のような対応をされた人も少なくない。

  Aさん(20代男性)。大学卒業後、正社員として就職するが、過労によりうつ病を発症して退職。実家に戻り療養生活に入るが、両親はうつ病を理解せず「働かざる者食うべからず」と連日罵倒される。食事も与えられなくなり、栄養不良状態に。家を出て、福祉事務所に相談に行くが、実家に戻って養ってもらうように言われた。

 Bさん(30代女性)。職場結婚したが、連日暴力を振るわれた。自分の貯金を引き出して家出し、ビジネスホテルを転々と。お金が尽きそうになり、福祉事務所に相談に行ったが「離婚が成立していないため、配偶者に連絡をする」と言われ、申請せずに帰ってきた。

 現行でもこうした対応なのだ。扶養義務が強化された場合、親族から虐待や暴力を受けた経験のある人たちは、役所が親族に連絡することを恐れ、窓口に相談にすら行かなくなるだろう。その先にあるのは、最悪の場合、困窮による餓死や自死、孤立死である。生活保護制度が最後のセーフティーネットである以上、それを利用できるかどうかは生命に関わる。

 虐待などの経験がない人であっても「家族に迷惑をかけたくない」という意識から申請を控える人は多い。「きょうだいに知られたくない」という理由で申請をためらっている代の路上生活者を、私は何人も知っている。こうした人々もますます福祉の窓口から足が遠ざかるだろう。

 1950年に制定された現行の生活保護法には、親族による扶養は「保護に優先して行われるものとする」との規定があるが、旧生活保護法のように親族が扶養できないことを必須の条件とはしていない。この制度改正には、現代社会において親族間の扶養を過度に強調することは時代錯誤的であり、先進国としてふさわしくないという当時の政府の認識があった。

 今回の動きは、60年以上も前に時計の針を逆戻りさせようとするものである。例外的な事例をもとにムード先行で議論を進めるのではなく、生活困窮者の実情を踏まえた冷静な議論を求めたい。


ーーー

<2012年8月23日追記>この問題に関して、『間違いだらけの生活保護バッシング-Q&Aでわかる生活保護の誤解と利用者の実像』という本が出ました。


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by hideki_sunagawa | 2012-06-09 11:03 | labor/poverty
2012年 01月 18日

ご近所さん

近所の橋のそばに、長らく野宿生活を送っている女性(とおぼしき方)がいる。前々から、「台風のときはどうしているのだろう?」「食べるものはあるのだろうか?」等々、気になっている。

しかしその様子から、正直「どれくらいコミュニケーションがとれるのかな?」という印象もあり、また、何か差し出して失礼に思われることはないのだろうか…という気持ちもあって、なかなか声をかけられずにいた。

昨年のクリスマス、実家で過ごした帰り、彼女が普段いるところを通ったので、実家から手みやげ的に持ち帰る予定だった食べ物とケーキをその場所に置いてきた。しかし「これじゃあ、ちゃんと彼女の手に渡ったかわからないなぁ…」という思いが残ったし、「やはり声をかけることが重要なんじゃないか」という気もして、すっきりしなかった。

それは、自分にとって課題のようなものを抱えてるような気持ちだ。これまで野宿者支援に関心を持ちつつ何もできて来なかったことへの反省や、知らない人に声をかけるという自分が苦手としていることを克服したいという思いなどがその気持ちの土台にある。


そして元旦。やはり実家から帰る途中、ばったりその方と出会ったので、手元に持っていた実家からの食べ物を「良かったらどうですか?」と差し出した。そしたら、「はいはい」という感じで、快く受け取ってくれた。なんだか、構えることなくやりとりできたのが、うれしかった。

よく考えてみたら、彼女は、もっともよくみかけるご近所さんだ。隣に住んでいる人より、アパートの最上階に住んでいる家主さんより頻繁に見かける。そう考えると、ご近所さんにおすそ分けするつもりで差し上げればいいんじゃないか、と思った。

もちろん、本当は、もっと制度的にしっかりと支援されるべきだと思うが、それはそれとして、近所の人がその地域に住んでいる野宿者を「ご近所さん」と思って地域の一員と思うことも重要だと思う。きっと彼女も含めた県内の野宿者も支援しているNPO活動もあると思うので、探してアクセスしてみよう。
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by hideki_sunagawa | 2012-01-18 06:13 | labor/poverty
2011年 10月 23日

学歴って…

みゃーくふつ(宮古島の言葉)で歌詞をつくり、歌っている下地勇さん。2007年にNHKの「トップランナー」で観て以来、ずっと気になる存在なのだが、沖縄に戻ってからいっそう彼への関心が高まっている。

そんな彼のPodCast「ある日の宮古」というものを見つけた。FM沖縄で放送されていたものらしく、2009年3月が最後の配信となっている(その後、「二者択一」というタイトルの番組が放送/配信されているようだ)。


▼あるエピソード

その「ある日の宮古」の中で、面白い話が語られていた。彼の友人の話。貧しい家で育った友人Tさんは、高校卒業後東京に就職。平日は運送会社で働き、土日はレストランでアルバイト。それは、病気の母親の入院費を払い、見舞うため年に何回か宮古島に帰省するためだった(飛行機代も今よりかなり高かった時代、しかも最初の頃は直行便もなかった)。

東京に戻る飛行機の中でのこと。隣で寝ている男性が寒そうにしていたので、乗務員から毛布をもらいかけてあげようとした。すると、その男性が目を覚まし、会話が始まり、Tさんの身の上話に。彼は、苦労を顔に出さない明るい人、と下地さんは言う(だからきっと明るく話したんだろう、という意味に僕はとった)。

話を聞いた男性は、Tさんに「うちの会社に就職しないか」と。実は、証券会社の人(社長?)だったという。Tさんは当時、証券会社というのがどういう会社か、株の売り買いというのがどういうものであるかも知らなかった。また、その会社は大卒しか採用しない会社だった。

その男性は、「もし君がやる気があるなら、三ヶ月後に採用するから、これから三ヶ月間、大手の新聞四紙(日経、朝日、毎日、読売)を毎日読むように、特に経済欄は」とT君に言ったという。ただ、彼が高卒であることはここだけの話に、と。

Tさんは、その後、本当に毎日その四紙を読み続けたという。わからない言葉もたくさんあるから、経済用語の辞典も買って。そして、入社して1年後、彼はセールスで2番目の成績に。今は独立して更に経済的な成功をおさめているという。


▼学歴差別って…

この話を聞いて、T君の人柄が垣間見えるようで、その努力と誠実さに心を動かされた。と同時に、もともと採用の条件を「大卒以上」に限定することって…?いうことについて、改めて疑問に思った。職種によっては、大学で学んだ専門的な知識が必要な場合もあるだろう。しかし、現在の会社業務の多くは、そうではない場合の方が断然多い。

また、専門知識を問われる場合も、独学ではマスターするのが難しい実験などを伴う理工系が主で、多くの知識は独学でも得られる可能性がある。もしかしたら、人文・社会系の知識も、アカデミックな議論を誰かと交わしたり、誰かを通してしか得られないものもあるだろう。だが、そのようにして得られるものは、会社務めではむしろ嫌われるものの気がする。

大学受験というある種の「試練」を超えた人だから…という考え方をたまに聞くが、とりあえず「大卒」という資格を得るというレベルで言うと、今や「試練」らしい「試練」を経なくても入れるところも増えているし、逆に、その「試練」を乗り越えられるだけの技量や学力を持っていても、経済的理由で断念する人も少なくない。また、それなりに入るのが難しいと言われるところの学生でも、教えていて「?」と思う学生もいる。

そして、どのような知識や技量が必要かは、会社によって違うのだから、必要ならばそれぞれに試験や面接を経て決めればいい話だ。学歴によって、スタートラインにさえ立てないのはおかしな話だと思う。


また、更に話を進めると、どのような手続きを経て入ったかによって雇用の基本条件(継続の保障や賃金など)が違うのもおかしな話だと思う。入ってからは、勤務の内容によって判断されるべきだろう。この辺りは、正規雇用と非正規雇用の間にある差別の問題になってくる。

本当は、労働組合は、まさにこのような差別性についても考えていかなければならないはずだが、労働組合の「上層部」のほとんどがそのことを考えていない様子を、労働組合で非正規雇用者の労働条件改善のために闘っている友人から聞く。

問題化されていかなければならない社会問題はまだまだたくさんあるし、その中で、「当たり前」と思われているものでもう一度疑問を投げかけるべき制度や体制は数知れない。あきらめず、一つずつ問いなおすことからだな、と思う。
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by hideki_sunagawa | 2011-10-23 06:08 | labor/poverty
2011年 07月 01日

亡くなられた野宿者に思いをはせつつ…

3年前に多摩川周辺で野宿生活をされている方々が連続して鉄パイプで襲撃された事件があった。被害者は十数人。府中と世田谷で襲われ た 2人 が殺されている。それにより亡くなった被害者を追悼する会が先日おこなわれたようだ。その案内文には、いろいろ考えさせられる背景が書かれている。

野宿者を見る社会の目が、こういう事件を許し起こしているのだ、と改めて感じさせる。野宿者が襲撃を受けたり、殺害されたりすることが度々起こっている。これは、まさに憎悪犯罪(ヘイトクライム)。

マスコミも、野宿者襲撃を大きく扱うことはない。もし、例えば、サラリーマンを憎む人が、サラリーマンであるというだけで暴力や殺害の対象とする事件が起きたら、世の中は、いったいどんなに大騒ぎするだろうか。あるいは、子どもを憎む人がそういう事件を起こしたら?

よく無差別な暴力事件が起きると、「何の罪もないのに…」と言われる。まさに、暴力被害を受けた野宿者も「何の罪もない」。むしろ、その生活に追いやられているという状況で、既に社会/制度の被害者なのである。
 

== 以下、6月26日に東京で皆済された追悼会の案内文 ==

野宿者への差別と排除を許さない
殺害から3年 - 福岡正二さんを悼む


私たちは、福岡正二さんを忘れない
■2008年、多摩川沿いで、野宿の仲間が鉄パイプで連続して襲撃された

2008年6月27日未明、福岡正二さんが虐殺された。府中市にある高速道路下 の ひっそりと静まりかえった公園で、丸太のベンチに座って一人で 眠っていた福 岡さん。突然、鉄パイプで頭を何度も 殴られ、殺された(享年74歳)。

半年後の2009年1月2日未明、世田谷で、近藤繁さんが虐殺された。フェンス に 囲まれた高速道路下で体を横たえて眠っている時、鉄パイプで殴られ、殺 され た後も脳みそが飛び出るまで殴られ続け た(享年71歳)。

2008年3月から国立・府中など三多摩地域の多摩川周辺で、野宿の仲間が鉄 パ イプで連続して襲撃されている。そして、近藤さんが殺されたのを 最後 に、終息した。


■「人間のくず」を排除する、資本と行政

10件近い一連の事件のうち、近藤さん殺害と二人傷害の3件は、高本孝之さん が 逮捕・起訴された。高本公判の最終弁論(4/25)で、検察は、襲 撃によっ て近 藤さんの人生が突然終った、二人は脳など に後遺症が残った、と主張。

弁護側 は、高本さんが障碍(しょうがい)ゆえに生き難さを抱え、障碍ゆえに自分 の行為が もたらす 結果を想像しきれなかった、殺意はなかった、と主張した。 裁判 は、社会の秩序 を保つためにあり、近藤さんの「生」を明らかにはし ない。 また、障碍がある 野宿の仲間もいるのに障碍がある高本さんとは殺し殺され る関係になってしまっ たことを、あぶり出すこともない。

公判で明らかになったのは、高本さんが父親から、「ホームレスは人間のく ず。お前もホームレスになればいい」と言われていたことだ。人間を「く ず」 と「くずでない者」に分け、「くずは必要ない」 という考え方は社会に 広く深く 浸透している。例えば、1カ月ごとに契約をくりかえす派遣労働 だ。会社存続の ために労働者を気軽に辞めさせる論理が、まかり通っている。

むき出しの排除は、金儲けを必然とする資本だけではなく、行政も資本と一 体 になって流れを加速させており、仲間が生きる環境をますます苛酷にし て い る。墨田区はゴミに出されたアルミ缶を集め て換金していた野宿者の仕事を「資 源ごみ持ち去り禁止」条例によって禁じ、渋谷区は国際的なスポー ツ メー カー・ナイキがプロデュースする若者向け有料公園にするために宮 下公 園から野 宿者を追い出した。

野宿者が最後にたどりついた仕事と寝場所を行 政が率先し て奪い、生存するためのわずかな糧と休息さえはぎとっていく。 だからといって 野宿者が生活保護を申請しても、申請を拒否されるか、貧 困 ビジネスである 「寮」に入って規則と支配に従わされるか、どちらかの選択 肢しか示されないだ ろう。システム化した排除が、生存と希望を奪ってい く。それでも資本と行政 は、「殺意はない」と言うだろう。


■福岡さんへの想いを共に、つながろう

存在を許さない力が強まっている今こそ、私たちは、「生きている」と訴え よ う。目に見える殺しも、目に見えない巧妙な殺しも、許さない。福岡さ ん の死 を許さない想いを起点に、障碍がある仲間を含む、顔が見えない仲間と もつな がっていこう。

福岡正二さんを悼む会
 府中地域で共に生きる仲間の会/たまごの会/夜まわり三鷹/ 三 多摩自由労組/のじれん(渋谷・野宿者の生存と生活をかちとる自由連合)/ 東 村山1/13万の会



ーーーー
この問題と関連のあるおすすめの本。

▼生田武志『<野宿者襲撃>論』(2005年、人文書院)




▼生田武志『ルポ最底辺ー不安定就労と野宿』(2007年、筑摩書房)




▼北村年子『「ホームレス」襲撃事件と子どもたち』(2009年、太郎次郎社エディタス)


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by Hideki_Sunagawa | 2011-07-01 10:25 | labor/poverty
2010年 01月 27日

サポート

a0137527_162426.jpg沖縄の友人から、たんかんをいただいた。たんかんは、「ポンカン」と「スイートオレンジ」の交配でできたもので、今や沖縄の特産品の一つ。

甘くてジューシーで大好き(たんかんの箱に入っているのは、誕生日に、やはり別の沖縄の友人からもらったカピバラ<なんとなく入れてみた)。

別に、贈り物をいただいたからという意味ではないのだけれど、僕はとても友人関係には恵まれている。これまでいろいろな人に支えられてきたし、支えられている。そんな支えがなかったら、今頃どうなっていたかな、と思うことがよくある。

僕はよく、「僕の今のあり方は色々な条件のもとに成り立っているのだから、何かが少し違っていたら、今頃野宿生活していたかもしれないし、刑務所に入っていたかもしれないし、とっくに死んでいたかもしれない…」と思う。

====
今日のニュースステーションで、大阪希望館を取り上げていた。大阪希望館のサイトには次のように書かれている…「仕事と住まいを失った人たちにとりあえず緊急に『住まい』と『食』を提供し、再出発の方向と方法を一緒に考えられる時間と場所として『大阪希望館』は構想されました。」

すごい活動だと思う。前々から名前は知っていたので、支援しなくちゃ、と思っていたけど、これを機に少しでも応援していきたい、と思った。

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今日の放送では、ずっと取材をしていた相手の方が41歳という若さで病気で亡くなるという、観ていて胸がしめつけられる結果となっていた。解雇後、一時期野宿生活を送っていたことが、もともと病いを抱えてた体に負担をかけたのではないか、ということだった。

彼は、中卒という学歴のため応募できる仕事は少なく、希望館のスタッフの勧めに応じて、フォークリフトの免許をとって面接をいくつも受けたもののすべて落ち…でも、「正社員になって、ずっと会っていないお母さんに親孝行したい」と語っていた。

家が貧しかったがゆえに小学生の頃から新聞配達をして家計を助け、定時制高校もお金がなく辞めることになったという。そんな中、彼はどれだけ彼を支えてくれる人に出会えたのか、それとも出会えなかったのか……勝手ながら、いろんな想像をした。

====
今、「年越し派遣村」で就職活動費として支給された2万円で、酒やたばこを買ったりしたことが批判されているが、僕には、その批判の意味が全く理解できない。野宿生活を余儀なくされてきた人が、久しぶりに得たお金で少しの贅沢をしたことで、そんなにひどい言葉をぶつけらなくてはいけないのか?

税金だから目的以外に使うなんて、という意見があるが、では、内需拡大を目的として支給された「定額給付金」を、どれだけの人が、その目的に沿ってちゃんとそのぶん「消費」に費やしたのか?お金がありあまっている人にまでばらまかれた2兆円の定額給付金に比べると微々たる金額の、この就職活動費の使い道にヒステリックになる人々の醜悪さよ。それに加担するマスコミの軽薄さよ。

それまで長らく野宿生活をしてきた人が(その中に、様々な障害を持っていたり、健康を害したりしている人、学歴が低い人がたくさんいる)、2万円でどう就職活動すれば、就職できるのだろうか? 「その気になれば、できるはず」という人がいる。なんて社会の仕組みについて無知な発言だろう?

うんざりしつつ、でも、今いる場所で自分のできることを…と、いつもの結論に戻り、自分のやるべきことについて改めて考えをめぐらしている。
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by hideki_sunagawa | 2010-01-27 01:29 | labor/poverty
2009年 10月 08日

Ktsuma vs. Kayama

English is below...

「アエラ」最新号の勝間和代さんと香山リカさんの対談が面白い。

スキルを磨き、上昇を目指すことの重要性を指南する勝間さんと、今のままでいいということを肯定することの大切さを伝えようとする香山さん。

香山さんが精神科医で、勝間さんが米国系の金融起業でのバックグランドを持つ経済評論家であるということを考えると、当然なスタンスの違いかもしれない。

実は、勝間さんは、単純な「ネオリベラリスト」ではないし、「経済的な弱者」への再配分も重視する人なのだけれど、「自分の力で自分の道を切り拓いてきた」という意識が強い人にありがちな限界を持っている。

それがよく現れるのが、彼女が強調する「教育の機会の平等」の問題だ。もちろん、教育を受ける機会の平等性を高めることには異論はないのだが、それによって、経済的なギャップがなくなっていくと考えるなら間違いだろう。

なぜなら常に仕事の数は限られており、かつ、仕事によって得られる給与には大きな格差が存在する以上、どんなにみんなが高い教育を受けたとしても、常に低い地位に置かれる人がいるからだ。

「とにかくスキルアップを!」という呼びかけは、最終的には、経済的格差を解消することなく、ただひたすらみんなが勉強や仕事に邁進する「働き過ぎ社会」をもたらすだけになるだろう。

========
The latest issue of "AERA", a weekly magazine,
carried a talk between two famous women.
One is Kazuyo Katsuma, a critic and
now an icon for women who want to achieve success.

And the other is Rika Kamaya,
a psychiatrist and professor of Rikkyo University.
She is also well known as a commentator in TV.

Katsuma insists the importance of studying
and learning skills to lead a successful life
and instructs effective ways for that in her books.
While Kayama says, in her new best selling book,
that not to aim to be "Katsuma" is a necessary condition
for some people to live comfortable.

She told in the talk that many women feel depressed
by obsessive thoughts that they have to learn something
or endeavor after something,
though they don't know what the "something" is.

Basically I sympathize with Kayama,
but I cannot deny I have a mind like Katsuma
at the same time.
I'm swinging between two different senses of value.

However I have to point out a wrong aspect of
Katsuma's opinion.
She emphasize the significance of equal opportunities
for education or learning skills
in order to improve economical gap.

No doubt about importance of equal opportunities,
but it cannot be remedy for the gap.
The reason is that even if everyone could take
higher education, as the number of jobs is limited
and payment are unequal, economical gap would remain.
In results her logic just brings a study-holic
and workaholic society,
which doesn't solve problem of poverty.
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by hideki_sunagawa | 2009-10-08 01:29 | labor/poverty
2009年 10月 02日

Feeding services for homeless people

この前、渋谷の宮下公園のNIKE化の問題について取り上げたけど、
最近、東京では野宿者向けの炊き出しが中止に追い込まれつつある。
理由は、「周辺の住民からの苦情」だと言う。
確かに、最近、野宿者が増える中で、炊き出しに集まる人が
数百人に増え、近所の人は戸惑うこともあるだろう。

しかし、単に多くの人が集まっているからではなく、
そこには、野宿者への偏見も強くあることは間違いないだろう。
よくある、野宿者が集まることに対する「怖い」という表現は
なんなのだろう?
実際に暴力にさらされ、「怖い」思いをしているのは
野宿者側だというのに。


These days, some services for
handing out free food to homeless people
has been stopped by local public offices
on ground of complaints by neighbors.

Following news article of Japan Times is old one,
but another feeding service in a park in Ikebukuro
was stopped by Ikebukuro-ku (Ikebukuro-district) officials
in September.
NPO giving this service in Ikebukuro has re-started it
in another park.
However it might be ordered to stop again
if residents near the park complain.

========

Japan Times
Saturday, Jan. 10, 2009
NPO told to stop feeding homeless
http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/nn20090110a2.html

By ALEX MARTIN
Staff writer
The nonprofit organization Sanyukai,
which aids the homeless in Tokyo's Sanya district,
has been ordered by the metropolitan government
to stop handing out its weekly free meals
along the Sumida River
because local residents are complaining,
the volunteer group's chief said Friday.

Metro officials said most of the complaints were filed
since last spring by parents of students
attending local schools
who fear the kids will come
in contact with those waiting for free meals.

In addition, the activity infringes on Article 24 of the river law,
which forbids occupancy of public riverbeds
without proper authorization, according to the metro officials.

"We've been conducting handouts
at the riverbed for over a decade.
I don't understand why we are receiving these complaints now,
" Sanyukai Director Jean Le Beau said.

The group has been told to end the weekly meals,
which attract 300 to 500 homeless people
near Komagata Bridge, by March.

A metro official at the 5th Construction Office,
which grants permission for occupation of roads and rivers,
told The Japan Times they are only asking the group
to relocate, and do not disapprove of its activity.

But Le Beau said they are having a difficult time
finding an alternative public location away from residential areas,
and said he was puzzled as to why, in such dire economic times,
the city would want to halt their activities.

Le Beau noted that although meals are provided at another site,
he feared that would be barred in the future,
as his staff recently reported
the location has begun to draw complaints.
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by hideki_sunagawa | 2009-10-02 11:06 | labor/poverty
2009年 09月 26日

Just Do it?

下手な英語の下に日本語ヴァージョンがあります
(facebookで宣伝したので、英語を先に書いてみました)。

---Shibuya-ku and NIKE Japan are to
throw homeless people out of a park---

Shibuya-ku made naming rights agreement
with NIKE Japan for Miyashita-park
where homeless peolple live.

Consequently, Shibuya-ku is planning to reconstruct the park
to build pay-places for skate-boarding or rock-climbing.
By that, about thirty homeless people living there are to be kicked out.

In Tokyo, homeless people are increasing in the economic crisis.
However places for them are being narrowed,
because the authorities make parks or public spaces
unable to stay at night.

In addition, homeless people are at risk of being attacked
by teenagers. Some were killed in this year.
So, to live nearby each other is very important for their safety.
People who are against this naming rights agreement
and reconstructing of Miyashita-park are calling
for a boycott of NIKE products.

http://minnanokouenn.blogspot.com/
(in Japanese)

=============

渋谷区にある宮下公園の命名権をNIKEが購入し、その公園にスケートボードやロッククライミングができる有料施設をつくる計画が進んでいます。スポーツ施設ができることは一見いいことのようですが、それにより、そこでなんとか生活している野宿者が追い出されようとしています。

その流れに反対する人たちが、NIKE製品のボイコットやデモ参加を呼びかけています。
「みんなの宮下公園をナイキ公園化計画から守る会」
http://minnanokouenn.blogspot.com/

現在、東京では野宿者の居場所がどんどんなくなっています。また、若者による野宿者襲撃も常に起こっていることもあり、集まって生活できる場所があることは重要なことなのです(それでも襲撃されることはあります)。

野宿者に対して、人権に関心のある人の中にも差別的な視線を向ける人がいます。「自己責任」を理由に。しかし、仕事というパイが限られている以上(そしてすべての仕事がすべての人に同じように開かれているわけではない以上)、必ず仕事からあぶれる人がいる。

そして、仕事からあぶれがちな人には、もともと何らかのマイノリティ性を持っている人が多いことも忘れてはならない。
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by hideki_sunagawa | 2009-09-26 10:18 | labor/poverty
2009年 09月 02日

黒部ダム

TBSテレビの「百識王」という深夜番組でダムの特集をやっていた。

その中で、黒部ダムの歴史が非常に簡単に紹介され、工事が難航したということも、当時の映像を背景にナレーションの形で語られていた。しかし、なんと、その工事の中で多くの人が命を失ったということが一言も触れられていなかった! なんてことだろう? 電力会社への配慮か?

そのような大工事の中で人が命を失い、あるいは大怪我をしたことが、まるでなかったことにするならば、それは命への冒涜だ。

…にしても、なぜ、「愛国者」は、戦争で亡くなった兵士を「"国"を守ろうとした人」「今の"国"をつくった人」として祀るのに、文字通り物理的に"国"をつくる中で命を失った人を祀らないのか?(まぁ、その人たちが祀って欲しいと思っているかどうかはさておき)。

長い間、産業の土台をつくっていた炭鉱での石炭採掘も、それこそ過酷な労働で、日本が植民地にしていた地域から連れてこられた人も含めて、多くの人が亡くなったことは言うまでもない。


現在、野宿生活を余儀なくされている人たちの中には、高度経済成長期の建設労働の中で怪我をしたり体を壊したりした人は少なくないという。なのに、そのような生活をしている人たちを助ける方法を考えるどころか、蔑む人が多い社会って、なんなんだろう?
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by hideki_sunagawa | 2009-09-02 02:21 | labor/poverty