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カテゴリ:Okinawa( 56 )


2010年 03月 04日

Diary in Okinawa2

English version is following...

a0137527_1585161.jpgなは女性センターでの講座の日。

講座の前にモスバーガーに入って、フライドポテトを頼んだら、店員さんがケチャップを模様にして出してくれました。

なは女性センターの講座では、沖縄でも、保守派のキリスト教のグループが、同性愛や性同一性障害を否定的に語る教育を展開している、ということを教えてくれる人がいた。学校で、そのような人を呼んで話をしてもらうところもあるらしい。

なは女性センターの講座が終わり、栄町の居酒屋へ。「んっ」という居酒屋で美味しいものを食べた後、なは女性センターのムードメーカーM子さんが、お知り合いがやっているという「バンピーラベル工房」というところへ連れて行ってくださった。
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ここは、泡盛のオリジナルラベルをつくっている店なのですが、夜は、ちょっとした居酒屋になっているようです。かまぼこと餃子をいただきましたが、むちゃくちゃおいしかった。

店主と店員は、ゲイ向けしそうないい男でした。

栄町ではオリジナルCDをつくったりしているそう。面白い町です。


Today I gave a lecture at Naha Women's Center.
I talked about how MtF-transgender people and gay men are confused
in TV.

Before the lecture, I had a fried-potato in a hamburger shop.
A clerk draw something (bear?) with ketchup .

In my lecture, a priest informed me of that
a very conservative christian group is giving lectures
in which they say "gay/lesbian people or GID people
should be cured".

I heard that a women of the group was invited
in a public school and gave a lecture.

After the lecture,
M-san, a cheerful staff of Naha women's Center
brought me and other staff to a "Banpi-Label Koubou"
in Sakae-machi,
where we had very delicious Kamaboko and Gyoza.
And all the more (for gay men)
the storekeeper and clerks are very attractive guys : )

Sakae-machi is a small old area in which tiny shops gathers.
There shop keepers are making original CDs.
It's a very interesting and attractive area for me.
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by hideki_sunagawa | 2010-03-04 23:59 | Okinawa
2010年 03月 03日

Diary in Okinawa1

a0137527_14365370.jpg沖縄到着の日の夜、友人宅でのひなまつりにお呼ばれしました。

ちらし寿司やからあげなど手作りで準備いただきました。
とってーもおいしかった! 
そして、集った友人たちとの会話は、やっぱりとても楽しかった。

I arrived at Okinawa.
Tonight, I was invited to Hinamaturi (the festival for girls on March 3rd)
party in a friend couple home.
Some friends gathered.

I enjoyed eating Chirashi-sushi, Karaage and so on...
And chat with friends amused me very much.
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by hideki_sunagawa | 2010-03-03 18:00 | Okinawa
2010年 01月 11日

An essay by Cocco

沖縄タイムスでCoccoさんのエッセイが始まったようだ。第一回目の内容はかなり重いものとなっている。

Cocco, a okinawan singer who lives in Tokyo now,
began writing essays in Okinawa Times.
In the first one she said that
she would offer herself as a sacrifice
if it could solve problems and conflicts among Okinawan people
caused by US military base in Okinawa.
My heart aches reading her words.

======

http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-01-05_1267/

[こっこタイム。](1)もしも願いが叶うなら

 〝生(い)け贄(にえ)〟という制度が、まだ残っていたらと想(おも)う。迷信やおとぎ話ではなく現実的かつ具体的効果をもたらす、確実に保証されたいんちきなしの〝術〟としてだ。

 雨乞(あまご)いの唄(うた)よりもっと、てるてる坊主のクビよりももっと確実に効くような。

 「ジュゴンより人間の命大切」という読者投稿を新聞紙面で読んだ。

 「本当に生息しているかどうかわからないジュゴンの保護や美しい自然を守るよりも人間の命を守るのが大事だ」

 ぽろぽろと涙が出た。

 「県外、国外移設となると今後15年以上も普天間基地は現状のままである可能性が高い」

 ぐうの音も出なくて鼻水をかんだ。

 「普天間基地のヘリコプターが今度墜落したら確実に死人が出る」

 その通りだろう。

 「一日も早い辺野古への移設を望む」

 わらわらと泣いた。

 皆、沖縄を愛している。

愛するが故に、皆意志がある。

 県内で対立するのも、県外に向かって叫ぶのもすべては皆が沖縄を想うが故だ。もともとの犯人捜しをしたってもうしょうがない。

 最初から基地がなければこんなことには…、なんてそんな〝たられば〟の話では前に進めない。

 私は、生け贄になりたい。

〝もしも願いが叶(かな)うなら〟なんて、〝たられば〟よりたちが悪いかな。

 たとえば私を白い布でぐるぐる巻きにして海に投げ入れるもいい。機関銃で撃ちまくって、家族が確認できないほどの肉片にするもいい。これが終わるなら、この問題がもう終わるなら、そのために〝生け贄〟が必要だとすれば、私は真っ先に手を挙げよう。

 誰に託せばいいのかなんてもうわからない。誰を信じればいいのかもわからない。

 泣いて叫んで走り回っても私に山を動かす力はない。誰かの〝愛してる〟が、万人にとっての正義になり得るわけでもない。誰かの愛が故にこの島は揺れ続ける。

 どうしようもないナルシストな発想にちゃんちゃら笑える。わかってるよ。誰もそんなこと望んじゃいないって。あまりに稚拙な思考回路だろ?

 でも、もしも願いが叶うなら。私はこの問題を終わらせるために捧(ささ)げられる生け贄になりたい。

 私はもうなにもいらない。何もいらないよ。

 最期に、遺す言葉が許されるなら、こう叫ぼう。それがまた誰かの愛の形を踏みつぶすことになってもお願いだ。目を開けろ。

 この海は、ジュゴンの海だ!(歌手)

毎月第1火曜日掲載。

感想はcoccotime@okinawatimes.co.jpまで。
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by hideki_sunagawa | 2010-01-11 00:47 | Okinawa
2009年 11月 11日

"Yes We Can – But You Can't"

English is following...

「The Asia-Pacific Journal: Japan Focus」という、日本の社会問題を取り上げている英語のサイトを見つけた。米軍基地の移設に関するGavan McCormack氏の評論が掲載されていた。

彼は、普天間基地移設に関する日米の合意を、「不公平で、憲法違反で、法律に反している、植民地主義的、ごまかし」と厳しく指摘している。

この問題にたいする米国の態度を、「Yes We Can – But You Can't」と表現しているのも面白い。

I found an English site named "The Asia-Pacific Journal: Japan Focus."
One of new articles,
"The Battle of Okinawa 2009: Obama vs Hatoyama"
by Gavan McCormack
is a severe critique on "relocating U.S. base in Okinawa."

He satirizes the coercive attitude of the U.S. with a phrase
"Yes We Can - But You Can't."
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by hideki_sunagawa | 2009-11-11 16:34 | Okinawa
2009年 10月 24日

Memorial museum for Tsushima-maru

English is following.

沖縄滞在中に対馬丸記念館に行きました。

対馬丸は、太平洋戦争中に沖縄から疎開する人々を載せていた船で、1788名の人々が乗っていたという。その半分以上は、小学生の子どもたちだった。

その船は、米軍の潜水艦に攻撃され、1418名もの人が亡くなった(しかし、この数字は名前がわかった人たちで、実際にはもっといたと言われている)。その多くは子どもたちだった。

この話は、小学生のときから知っていたが、今回、この記念館を訪れて初めて、生存者に「箝口令(かんこうれい)」がしかれていたことを知った。遺族も、生存者も長らく苦しんで来たのだ。

子どもらの写真には、胸が押しつぶされそうになった。

同様に攻撃され、沈んだ疎開者の船は他にもあると聞いている。「対馬丸だけじゃない」という話を耳にした。埋もれて忘れられつつあることがたくさんある。

僕がいる間、この記念館を訪れる人は他にいなかった。

http://www.tsushimamaru.or.jp/index.html

I've been to a memorial museum
for remembering the tragedy of Tsushima-maru.
Tsushima-maru was a ship for refugees
escaping from the battle of Okinawa in World War II.
1788 people were recorded in the boarding list.
More than the half were elementary school children.
Tsushima-maru was attacked by a U.S. submarine,
and 1418 people died
(It is said that there were many people who were not
recorded).
I heard that some other refugees' ships were also attacked
and sunk.

I knew about the Tsushima-maru
when I was in an elementary school student.
However I've known first time that
the survivors were ordered not to tell about the tragedy
at that time.
I was about to cry when I saw pictures of children who died.

This museum near Naminoue beach is very small
and few people visit.

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by hideki_sunagawa | 2009-10-24 11:50 | Okinawa
2009年 10月 22日

Impressive scenes in Okinawa

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by hideki_sunagawa | 2009-10-22 23:23 | Okinawa
2009年 10月 21日

Beach & concrete

僕が子どもの頃は、魚などの生き物がいっぱいいた磯でした。その後、人工ビーチになり、橋ができ…

This place, Naminoue, was a rocky beach
which had various fish when I was a child.
I liked watching and catching fish there.
It has changed into a sand beach artificially,
and a big bridge has constructed.


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by hideki_sunagawa | 2009-10-21 17:40 | Okinawa
2009年 10月 20日

Plants in Towns

沖縄の植物は元気がいい。ひとが伸ばし放題にしていたりするせいもあるけど。

Plants in Okinawa looks lively, even in towns.
People rarely prune those.
I like the way living with plants.

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by hideki_sunagawa | 2009-10-20 22:48 | Okinawa
2009年 10月 19日

Where I visited today

25年以上も前、高校時代によく行っていた、お気に入りの喫茶店が今もありました。当時と同様、いろんなものがところ狭しと置かれていて、不思議な雰囲気でした。

First and second pics below are those of a cafe where I would go often when I was a high school student (more than 25 years ago). The atmosphere is unchanged.

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by hideki_sunagawa | 2009-10-19 23:54 | Okinawa
2009年 10月 18日

What I saw today.

県立博物館にある再現された古民家と、その近くにあった、シーサー(昔は「シーシ」と呼ばれていたのかな?)。そして、崇元寺(そうげんじ)跡にあるガジュマル。僕は、初めてこのガジュマルを見た時、身震いがした。神木という感じの迫力がある。

First pic is a rebuilt traditional Okinawan house,
which is in front of a museum.
Second is an Old "Shisaa" near the house.
Shisaas are gurdian sculptures,
which are placed on gates of houses.

Last one, "Gajyumaru" in "Sougenji" ruins.
Gajyumarus are very popular trees in Okinawa.
Sougenji was a temple
that had tombs of Kings of Ryukyu Kingdom
(Okinawa was a Kingdom before Japan
became the sovereign.)
However the temple was burn in the WWII.
I'm fascinated by this tree since I first saw.
I feel it divine.

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by hideki_sunagawa | 2009-10-18 23:37 | Okinawa