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カテゴリ:LGBT/gender( 116 )


2013年 11月 28日

『カミングアウト・レターズ』の書評

『カミングアウト・レターズ』の書評が天理大学発行の『Glocal Tenri』という冊子に載っていると、いつもお世話になっている宗教学の先生がわざわざ送ってくれた。

こうして、発刊されてから6年も経つのに書評を書いてもらえるなんて、なんとありがたいことか。9月にもオープンリーレズビアンのタレント、牧村朝子さんが、毎日小学生新聞に書いた記事の中で『カミングアウト・レターズ』を紹介してくれた。

まだまだもっと広く、長く読んで欲しい本。まだな方はぜひ。



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by hideki_sunagawa | 2013-11-28 23:33 | LGBT/gender
2013年 11月 20日

レインボーアライアンス沖縄のブログ

最近、私が代表を務めるレインボーアライアンス沖縄のブログを充実させています。アーカイブ的な意味から、過去の活動記録も遡って加えています。

レインボーアライアンス沖縄は、ピンクドット沖縄開催の事務局としての役割を果たした団体です。団体については、このブログのカテゴリのAbout Usをご覧ください。

最近アップした情報は、冒頭の日付に来る形にしています(冒頭で書いた通り、最新の更新が過去の活動記録だったりします)。

ちょっと細々して見づらいかもしれませんが、時々ご覧いただけるとうれしいです。

http://allianceokinawa.seesaa.net
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by hideki_sunagawa | 2013-11-20 00:41 | LGBT/gender
2013年 10月 20日

社会の変化を感じた日…

前回書いた、ゲイネタへの反応もLGBTあるいは同性愛に関連して「社会の変化を感じた」ことの一つだが、その出来事と同じ週にあった別のやりとりにも、同じような変化を感じることができた。

それは、レインボーアライアンス沖縄で申請した、那覇市の福祉系の助成金申請に伴うプレゼンテーションでの雰囲気だ。以前、沖縄県のNPO関連の事業委託のプレゼンテーションで、驚くほどひっどい対応を受けたことがあったので、「どうせ、またヤな感じなんでしょ…」と思いつつ向かった(「ヤな感じ」の対応を受ける、というのは、LGBT関係のものでは、ごくごくありふれたことなのだ)。

しかし、審査員の人たちの話を聞く態度、質問内容ともに真摯なもので、こちらの内容をちゃんと受けとめてくれているという印象を受けた。本来なら、関心の無い問題でもプレゼンテーションは真摯な態度を示すべきものなのだろうが、LGBT関連はそういう態度を示さなくてもいいかのような対応をこれまでさんざん受けきたものとしては、驚きだった。

そして、その後の発表でプレゼンテーションが通り、大きな額ではないが助成金をいただけることになった。これからおこなうLGBT講座のためのテキストづくりや、基本的な知識が得られるサイトづくり等のためのもの。

沖縄で福祉系の助成金でLGBT関係に下りたのは初めてだと思う。那覇市は、ピンクドットの共催ともなってくれたし(なは女性センター等の後押しのおかげなのだが)、本当に、素晴らしい。

もちろん、これは、社会全体が大きく変わったということではない。福祉系のものだったから、ということもあるかもしれない。今も、先に挙げたところの審査員はひどいままかもしれない。しかし、確実にそうではない人たちが増えているということだ。マイノリティ活動は社会をひっくり返すもの、というより、共感する人、協力する人を少しずつ増やしていくもの。その先に大きな制度的変化がある。

沖縄に帰って来るときの動機の一つに、沖縄なら(というくくりは大きいかもしれない、「那覇なら…」だろうか)、東京のような大規模な都市とは違い、変化が見えやすいはず、というものがあった。その予想はあたっていたと思う。しかし、まだまだやるべきことがあるような気がする。がんばらねば。
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by hideki_sunagawa | 2013-10-20 21:25 | LGBT/gender
2013年 10月 13日

「ゲイネタ」がウケなくなる日

10月11日(金)、薬物依存症回復施設「沖縄ダルク」の、「19th感謝フォーラム〜終わりなき旅〜」に足を運んだ。準備していた椅子では全然足りなくなるほど、多くの人が集まっていた。各地方からも駆けつけていたようだ。会場へ向かうエレベーターでたまたま一緒になった人は、「三重のダルクから来ました」と言っていた。

沖縄ダルクの代表の森廣樹さんには、今年の2月にGRADiで開催した「コミュニティリーダーに話を聞く」(主催:レインボーアライアンス沖縄)に来ていただいて話をうかがった。また、ピンクドット沖縄でも、沖縄ダルクの方々にエイサーを演舞してもらったりした。

メンバーのうちの7人が10分ずつ自分について話をするのを聞きながら、森さんが2月に来られたときに、「人はいつからでもやり直せる」という言葉を思い出したりした。とても良い会だった(最初の方しかいられなかったけど…)。


そして、タイトルに関係する話…

会の最初の方で、登壇した二人のメンバーが、次々と映し出される沖縄ダルクの仲間一人一人のスライドを見ながら、その人それぞれについて語るコーナーがあった。仲間のつながりを感じさせる温かいものだった。

その中で、説明していた人が、若い「ハンサム」なメンバーの写真が出たときに、「一番のイケメンです。自分が女やったら惚れたと思います(苦笑)……あ、自分はゲイではないです」と、軽く冗談めかして言った。そんなにホモフォビック(同性愛嫌悪的)な印象を受ける言葉ではなかったが、「ゲイである/なし」が冗談化されていたのは確か(さらに深く突っ込むならば、男に惚れるのに、別に女である必要はないという指摘もできる)。

僕は、これを聞いて「あーあ…」と思った。しかし、僕が今回ブログに書こうと思ったのは、この言葉そのものに対してのあれこれではない。この冗談めかした言葉に対する会場の雰囲気についてだ。

実は、この冗談に対して、満員の会場からは、クスっとした小さい笑いすら聞こえなかった。その前と雰囲気も全く変わらなかった。これまでの経験上、このような冗談には、程度の差こそあれ必ず笑いが起きる。LGBT関連の集まりか、それに近い集まりでない限り。たとえ、別の社会問題をテーマにしたような集まりでも。

この時のこの無反応が、ある意味、彼の「微妙な冗談」に、差別的なニュアンスを帯びさせずにすんだ。もちろん、聞いている僕もほっとした。ここで笑いが起きていたら、とても傷ついただろう(いくつになっても、オープンリーゲイとして生きていても、そういう時には傷つく)。そして、彼の発言に怒りをもったかもしれない。

ここで笑いが起きなかったのは、全国各地のダルクにはLGBTが結構いて、顕在化していることも関係しているかもしれない。いずれにせよ、僕は、この場面に、「時代が変わってきた」ということを実感した。また、こういう冗談も、ウケなければ、その意味が変わるということもはっきりとわかった。

正直、社会全体では、このような冗談は笑いのネタとして機能することが圧倒的に多い。どんなにLGBTの存在が「当たり前」になっとしても、そういう冗談を言う人はいて、笑う人もいるだろう。しかし、これから、それに笑わない人(「笑えない」と思える人)が増えていけばいいのだ。その先に、さらに大きな変化が待っている。


***ちなみに、僕はゲイや他のマイノリティに関する冗談がすべて問題とは思っていない。詳細には論じないが、そうである/ない、ということそのものを冗談として使うこと(「お前、〜じゃないか? ははは」「おれ、〜じゃないから。ははは」といったもの)や、その社会の中で差別や抑圧の土台となっているステレオタイプを強化するようなものなどは問題を含み持っていると思う。もちろん、その意味は、「誰が、どこで、誰に向けて発しているか」という文脈にも大きく依存することは言うまでもない。
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by hideki_sunagawa | 2013-10-13 19:47 | LGBT/gender
2013年 10月 05日

東京パレードを陰で支えた人

東京都職員だった飯田真美さんが亡くなったことをツイッターで知った。

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彼女は、LGBTフレンドリーで、東京プライドパレードを陰で支えてくれた人の一人だ。また、このツイートから、彼女が、他の問題にも精力的に取り組んでいたことを知った。

感謝の思いを込めて、安らかな眠りを、と祈りたい。

そして、この訃報を受けて、彼女のような人の力添えがあって東京のパレードがあったことを書き残さねばと思った。東京のLGBTのパレードは、3年おきくらいに中断したり、僕が東京プライドを去った後は「分裂」したりしたために、あれこれ言われるが、それでも回数を重ねる中で、着実に開催しやすい環境が出来、それまでとは違う形のデモを定着させたのは事実だ。

その陰には、彼女を含め、いろいろな人の協力や工夫があった。これは、過去の苦労話のためではなく、今後新しく何らかの活動をどこかで始める人のために書いておきたい(全部書くととてつもない長さになるので一部だけ)。


▼2000年のパレード

それ以前に開催されていた南定四郎さんのパレードが大規模な形で開催された最後は1996年。その後、僕は2000年に東京でパレードを改めてスタートさせることにした。南さんが1994年にパレードを始めなければ、日本でパレードが誕生するのはだいぶ後のことだったろう。

また、1996年から始まり、今年までほとんど毎年開催された札幌のマーチがなければ、僕も2000年に開催することを想像できなかったと思う。また、僕は、1999年に札幌のマーチに参加して、翌年の東京パレードの開催予定を発表したのだが、そのときに札幌の実行委員の方々からたくさんアドバイスをもらった。それはその後とても参考になったものだ。

2000年のパレードを支えてくださった方々の名をすべてあげることはできないが、『バディ』や『G−men』の盛り上げがなかったら、あそこまで大きくなることはなかっただろう。『バディ』には、僕がパレードにかかわった最後までご支援いただいた。いくら感謝してもしきれない。


そして、開催をめぐる様々な交渉とその結果についても、記録として書きとめておきたい。

当時、代々木公園は行政の後援がなければ利用できず、そのために東京都の衛生局から広場で開催したHIV啓発の催しへの後援をもらうという、かなりアクロバティックな方法で使用させてもらった。当時の都のエイズ担当者ががんばってくれたおかげだ。

警視庁とのやりとりは難航した。当時の警視庁のデモのイメージは、組織参加で、人がシュプレヒコールをあげて歩くというもの。各団体の前にフロートと呼ばれる車を置くことをめぐってはかなりの交渉が必要だった。開催直前に、「最後尾に車は並べてください」ということを求められたが、各集団を統率するためのものであると押し通し、かならずスピーカーを設置することになった。

また、個人参加が多いことから、登録して数を把握してください、そして登録した目印を、と言われたことから考えついたのがリボンという参加証だった。

今のLGBT系のパレード主催者も、他の個人参加デモの主催者も、警視庁の要求を飲み過ぎと言うかもしれない。しかし、最初の開催を実現する際には、どこまで押し引きが可能なのかはわからない。当時は、とりあえず開催にこぎつけるために、できる限り応じるということが重要だった。


▼その後の会場問題

その後、代々木公園の会場をパレード開催のために使うなら、パレードそのものに行政の後援が必要という条件がつきつけられた。そのときに尽力してくれたのが、OCCUR(動くゲイとレズビアンの会)だ。彼らは、人権の部門に働きかけて、行政の後援があるのと同じということで借りられるようにロビー活動してくれたのだ。

いつからだったか、行政の後援がなくても、倍の使用料を払えば広場を利用できるという条件になったりもしたが、行政後援ありと同じ条件で開催できた。それらは彼らのおかげだった。

そして、2005年か2006年あたりにそのOCCURが担ってくれていた行政交渉の役割の仲立ちを、彼らの代わりにしてくれたのが、冒頭に名前を挙げた飯田さんだ。会場を使用するのにも様々な工夫が必要な時だった(今も苦労があるかもしれない)。

その後、彼女の2007年にパレードの実行委員長を務めた中田さんと飯田さんが尽力して東京都からも後援が得られた。また、当時厚労省にいた方の努力もあり、厚生労働省からも後援がとれた。それにより会場確保がより安定したと思う。一旦、後援がとれるとその後の継続は比較的楽になる。また、行政の後援がとれるとそのイベントの存在感は変化する。このときの、この方々が成し遂げたことが、現在にまで影響を与えている大きな功績だと思う。

話はそれるが、僕が最後に東京プライドの代表を務めた頃、以前に代々木公園の管理事務所にいたことがあるという人から、「そのパレードが開催されるときには、じゃんじゃん苦情の電話がかかってくるんですよ、『なんであんなものの開催を許すのか』って」という話を聞いた。

僕はその話を聞いて驚いた。それは、苦情があったことよりも、そんな話を借りる際のやりとりで一度も管理事務所の人たちから聞いたことがなかったからだ。人によってはイヤミを込めて、そのことを言う人がいてもおかしくなかったと思う。もしそれを言われていたら、こちらは嫌な気持ちになっだろう。そのことをおくびにも出さず、当たり前のように手続きを進めてくれた彼らにも感謝したい。


▼フロート問題

もう一つ、何度も困難な交渉が必要になったのが、各団の先頭に置くフロートと呼ばれるトラックだ。2000年に、なんとか各団の先頭に置くことはできるようになったものの、上にパフォーマーが載ったり、DJが乗って演奏することに、警視庁や所轄の警察は難色を示した。それは、道路交通法違反になりえるからだ。

2000年代前半、半裸の男性やドラァグクィーンが載ることについて警察が「公序良俗的にどうか」ということを言ったときには、当時の実行委員だった、今は亡き春日亮二(がんすけ)が「それは、ゲイの『文化』です。私たちの『文化』を否定するのですか!?」と押し切ったと聞いた(がんすけは、2000年以降のパレード継続に尽力したこと立役者でもある)

その後、2000年代後半に入り、警察の対応が厳しくなったときに、パレードの途中でフロートからパフォーマーが下ろされたこともあったし、落下防止措置をとれば…と認められたこともあった。正直、その時々の社会のムードや、担当者によっても異なる面もあるのがやっかいなところだ。


▼少しずつ…

しかし、その交渉の少し様子が変わったな、と感じた時があった。それは、僕が最後にパレードをやった2010年だった。その年も、やはりフロートについて問題になった。所轄の警察署が強く難色を示した。しかし、それまでちゃんと落下防止措置をとり、事故も無くやってきたこと、パレードそのものもこれまでしっかりとやってきたこと、そのことは過去の担当者に聞けばわかるはず、と主張したら、先方は納得せざるを得なかった。

それまでおこなってきた実績が後押ししてくれたと思った(自分にもそれだけ言える自信がついたということもあると思う)。

また、その年に、いろいろな理由で、会場の最終申請書の提出が遅れ間に合うかとヒヤヒヤする場面があったのだが、担当者は「いつもやってるやつですね」と、融通を利かせてあっさりと進めてくれた。そしてまた、これは、そのパレードの前の年の「フェスティバル」の時のことだったが、会場の舞台の担当者は、「いつも楽しみにしていますよ」と、無理な舞台設営準備に協力してくれた。


もちろん、パレードは、たくさんの実行委員とスポンサーとボランティアがいてできたこと。そして、さらにその背後にもにいろんな人がいろんな形で支え、協力し、実現してきた。私自身、そのことを忘れないでいたいと思う。もちろん、代表や実行委員長という計り知れない重荷を知っている者としては、その荷を背負った仲間たちへの思いも。


そして、これらの経験が教えてくれたのは、新しいことを実現するのに行政等の許可や協力が必要な場合、時に最初は引きながら実現しなければいけないということ。そして、少しずつ枠を広げたり、押し引きしながら、自分たちが実現したいことを実現していくということだ。行政職員の中にも、協力的な人たちがいる。その人たちといかに協働できるかも重要だと思う(それは、今の沖縄の活動の中でも実感している)。

いかにただの同化主義に終わらず、入り込んで協働して、もともとあった枠を広げて行くか、そこの社会を変えて行く鍵があるのだと思う。
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by hideki_sunagawa | 2013-10-05 11:54 | LGBT/gender
2013年 09月 27日

Two Lectures on LGBT Activism in the U.S.

昨日の日本語を英語に直したものです(ちょっと違うところもありますが)。
I translated what I wrote yesterday into English, though there might be many mistakes...

---

In Naha city, Okinawa, earlier this month, there were two lectures on
LGBT activism in the U.S.

One was small one I coordinated and held in GRADi, the community
space & school I'm running. The title was "Recent trend of LGBT
Activism in the U.S," which Tomonori Sugimoto presented.

I taught him in a class when he was an undergraduate student in
University of Tokyo. And now he is a Ph.D. course student in Stanford
University, majoring in cultural anthropology.

Another one was held by the Consulate General of the United States
Okinawa, being cosponsored by Pink Dot Okinawa and nominal
supported by Naha city. It was "LGBT Rights are Human Rights:
Ensuring Equality for All Citizens Under the Obama Administration"
by Brian Moulton, Legal Director of Human Rights Campaign.

Though both are on almost same theme, the perspectives are very
different.  All the more, those were inspiring for us, members of
Pink Dot Okinawa who has started LGBT& Allies movement in Okinawa.


▼"Recent trend of LGBT Activism in the U.S"

Sugimoto pointed out that LGBT activism in 2000s shifted from
HIV/AIDS issues, and became mainstream. And now there is friction
between "mainstream organizations" and those which tackles other
issues like race, class and poverty. In addition to that, some people
object to making "marriage equality" the first agenda item or oppose
to being included in the army. There is also a gap between academic
theory and activism.

In such a state, a book "Terrorist Assemblages" by Jabir Puar impacted
LGBT activism, he said. She wrote about what happened in the process
of LGBT being included and adjusted in the nation system of the U.S.,
indicating a problem of LGBT supports for the Iraq war.

In the last of his presentation, Sugimoto said that marriage equality
should not be the goal of LGBT movements and there were many
problems left in LGBT circumstances.


▼"LGBT Rights are Human Rights"

a0137527_20313536.jpgHuman Rights Campaign (HRC) is one of the
"mainstream organizations" as it's the biggest LGBT
rights organization in the U.S., having 2 million
members (!).

Brian Moulton, Legal
Director of HRC, was
dispatched by the
Department of State
to give lectures about
LGBT rights in Japan. He were to visit in 5 prefectures, and Okinawa
was second in this tour.

As the movie of the lecture is uploaded in the YouTube page of the
Consulate General of the United States Okinawa, I don't write
the summary here, but some thoughts on it.



What I was impressed the most was the elaborateness of their strategy. How to involve various sectors, how to make use of celebrities and how to choose words for campaigns....

I thought they didn't waver on their missions, even if they were
criticized by other LGBT groups like that Sugimoto explained.
They have clear and firm missions.


▼What I thought after these lectures...

We, members of Pink Dot Okinawa, discuss the relationship between
doing activism and becoming mainstream. Though each of us had a
different standpoint, we came to conclusion like that...

To change societies and resolve problems, becoming mainstream is
essential. However, in order to do so, we need to in some extent to
adjust to the establishment, which often decay the activism and lose
its meanings. The balance is very difficult and crucial. We must be
always carefully strategic and reflexive. It's not so only in LGBT
activism, but in every minority movement.

And I think that oppressions in a society are complex and work in
various forms, which are full of inconsistency. It means that
movements/activism also should have various forms, which may
direct to different goals or have disparate ways of activism.

What is important for us is to admit that we cannot avoid such
imcompatiblility among us and to think it's an outcome of
responding to mixed and non-coherent societies. We should not
shoot arrows to eagerly among LGBT movements/activism,
though we always need discussion.

There are much bigger targets we should.
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by hideki_sunagawa | 2013-09-27 20:31 | LGBT/gender
2013年 09月 26日

二つのLGBTに関する講演

もうだいぶ経ってしまったが、今月の上旬、二つのLGBTに関する講演会があった。

一つは、GRADiで9月4日にこじんまりと開催した、杉本智紀さん(スタンフォード大学博士課程:人類学専攻)の「近年の米国におけるLGBTアクティビズムの動向」。

もう一つは、9月10日、主催:在沖米国総領事館、共催:ピンクドット沖縄、後援:那覇市で開催した「HRC(ヒューマン・ライツ・キャンペーン)」の法務部長ブライアン・モールトンさんの「すべての市民を平等に~アメリカの社会変革活動とLGBTの権利向上~」だ。

たまたま約1週間のずれだ開催されたこの二つの講演会だったが、両方聴いたものとしては、不思議なほど良い組み合わせのものとなった。


▼「近年の米国におけるLGBTアクティビズムの動向」

杉本さんは、僕が東大でチラッと教えていた頃に授業を受けてくれていた教え子(「教え子」というほど教えてないのだけれど…)。カルフォルニア大学サンディエゴ校で人類学専攻で修士をとり、博士課程からスタンフォード大学に行くことにしたようだ。今回、沖縄に来るということだったので、講演をお願いしたのだった。

さて、彼の話をかいつまむと…まず、2000年代以降の米国のLGBTアクティビズムは、80年代以降長らく大きなテーマだったHIV/AIDSからシフトした(薬の開発が進んだので)、そして<良くも悪くも>運動がメインストリーム化したという。

そして、メインストリーム系の団体と、階級や人種の問題を合わせて考えようとする団体の間に対立があったり、同性婚を最大のテーマとすることや軍隊に対する評価について意見が分かれていたり、また、アカデミックな理論とアクティブズムが断絶しがちだったりするという状況があると。

そんな中、Jabir Puarさんというラドガース大学教授が書いたTerrorist Assemblages(2008)という本は大きなインパクトがあったとか。彼女は、LGBTが国家のシステムに組み込まれていく過程でどういうことが起こっているのか?を検証し、批判しているようだ。LGBT運動がイラク戦争を指示したり…。

そして、話の最後に、杉本さんは、同性婚をテーマとした運動が大きな成果をあげつつあるが、それが最終目標なのか?という問題についても語ってくれた。


▼「すべての市民を平等に~アメリカの社会変革活動とLGBTの権利向上~」

a0137527_22273556.jpgそして、先の話の「メインストリーム系」のトップがHRC。

なんと、会員数は200万人!(一人100円ずつ出しただけで2億円集まる!w)

全米最大のLGBT権利運動団体だ。

先に、このブログで書いた、米国の人気俳優Wentworth Millerさんも、会員であることをカミングアウトの手紙の署名のところに書き記している。

この講演会の動画を、在沖米国総領事館がアップしてくれているので、時間のあるときにご覧いただけましたら(ちなみにですが、この逐次通訳の人がすばらしく上手で、皆が、「この人からこの話を聞いているかのよう」と言っていました…なので、とても聞きやすいです)。

ブランアン・モールトン氏(HRC)講演会「全ての市民を平等に」

彼の話を聞いて思ったのは、わかってはいたけれど、やはり米国のこのような団体の戦略性の高さたるや!キャンペーンの言葉を吟味し、イメージを考え、あらゆるセクターと協働していくその徹底ぶり。戦略自体は様々検討しても、ミッションは明確でぶれない。それこそ、先の杉本さんの話にあったような、他の問題(特に他のマイノリティ性とからむ問題)との交差する点からLGBTの問題を見ようとする人たちからは大きな批判があるだろう。しかし、おそらくHRCは、その批判は始めから折り込み済みで、割り切って、到達目標に向かっているのだ。


▼二つの講演の後で

杉本さんの講演の後の座談会の中でも、モールトンさんの講演の後の交流会の後でも(交流会はGRADiで関係者でおこないました)、ピンクドットに関わった者たちで共通して確認したことは(それぞれ、どこに向かいたい気持ちが大きいかはさておき)、次のようなことだったような気がする。

メインストリーム化しなければ社会的な課題は解決しないし、かといってメインストリーム/エスタブリッシュメント(確立された体制的なもの)のあり方にそのまま全て取り込んでは、あるいは取り込まれては意味の無い部分もある。そのさじ加減がとても難しい。入り込んでいくなら、その危うさを自覚しながら。

これは、もちろんLGBTの問題だけではない。あらゆる社会運動が経験してきたこと。いずれにせよ、僕は、社会自体が複雑な多様な力と形でマイノリティを抑圧するのだから、マイノリティ側にも多様な運動が生まれるのは当然だと思っている。


▼最後に手前味噌的な一言…

この二つの講演会はとても素晴らしいものだったし、それをめぐってのピンクドット沖縄メンバーとの会話はとても充実したものだった。そして、モールトンさんの講演会は、主催の在沖米国総領事館の方はもちろん、県庁の方や那覇観光協会の方も尽力してくださり、また、沖縄観光コンベンションビューローさんも会議室を貸してくださるなど、いろいろな立場の方々が関わって実現されたものだった。

今年開催したピンクドット沖縄も含め、沖縄という地域で、面白い素晴らしい仲間たちととてもレベルの高い充実した活動ができていると思う。地域を動かしながら、世界ともつながっていく、そういう活動を創り出していけたらいいなぁ、と振り返りつつ思う。


★杉本さんが紹介してくださった本




★社会運動論についての本


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by hideki_sunagawa | 2013-09-26 21:56 | LGBT/gender
2013年 08月 24日

ウェントワース・ミラーのカミングアウト

「プリズン・ブレイク」の主演で有名なウェントワース・ミラーが、ロシアで開催される映画祭からの招待を「ゲイとして、断らなければなりません」と辞退したというニュースが話題となっています。彼がゲイであることを公にしたのは初めてです。

彼の手紙は、glaadという、LGBTが平等に扱われる社会を目指して、特にメディアに働きかける取り組みをおこなっている団体のサイトで公開されています(→

日本語に訳してみました。

ーーーーー
2013年8月21日

Re: サンクトペテルブルク・フィルム・フェスティバル/"特別ゲスト"の招待

Averbakh様

ありがたいご招待に感謝します。過去にロシア訪問を楽しんだことがある者として、また、ロシア人の祖先の系譜を持つものとして、yesと言えたなら、幸せだったと思います。

しかし、ゲイとしては、断ざるを得ません。

私は、最近のロシア政府による同性愛者に対する態度、扱い方にとても心苦しく思っています。この状況は、決して認められるものではありません。よって、良心に基づき、私はこのような国で開催される祝典に参加することはできません。そこでは、私と同じような人たちが、オープンに愛し、生きるという基本的な権利を制度的に否定されているのです。

おそらく、状況が改善されることがあるなら、そのときには、私は違った選択をすることができるでしょう。

そのときまで。

Wentworth Miller

Member, HRC
Member, GLAAD
Member, The ManKind Project
ーーーーー


実は、「プリズン・ブレイク」観た事が無い…今度観てみようかな…



なんと、Amazonでブロマイドも売っている…


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by hideki_sunagawa | 2013-08-24 14:13 | LGBT/gender
2013年 02月 07日

新イベント「PInk Dot」へ向けて

僕が代表を務める「レインボーアライアンス沖縄」が中心となって、今年、新しいイベント「Pink Dot Okinawa」を開催します! 

Facebookをされている方は、「Pink Dot Okinawa」ページの「いいね!(like!)」を押してください。新しい情報がご自身のタイムラインに反映されるようになります。

http://www.facebook.com/pinkdotokinawa

また、ツイッターは、@pinkdotok です。

ーーFacebookの説明文の転載ーー

Pink Dot Okinawaは、「性的マイノリティが生きやすい社会を」と願う人たちが、その思いをあらわすためにピンク色のものを身につけて集まるイベントです。

Pink Dot Okinawaは、「性的マイノリティが生きやすい社会を」と願う人たちが、その思いをあらわすためにピンク色のものを身につけて集まるイベントです。
Pink Dotは、2009年にシンガポールに始まり、現在では米国や中国の都市でも開催されています。

ピンクは、平和と愛を象徴する色です。私たちは、人々を包み込み、つないでいく色と考えています。

また、ピンクのシャツを着て、学校でのいじめをなくすことを呼びかける「ピンクシャツ・デー」という国際的な活動もあります。この活動は、男の子がピンクのシャツを着て登校したことをきっかけにいじめられるようになり、そのいじめをなくそうと立ち上がった生徒が、ピンクのTシャツをたくさん配り、それを着て登校することを呼びかけ、その子に対するいじめ無くしたということが発端となっています。

私たちは、このような活動に敬意を表しながら、同じ志を持っている人たちとつながり、沖縄に/沖縄から「性的マイノリティが生きやすい社会」を広げていきます。

日本中、世界の様々な地域から多くの人たちが沖縄を訪問し、このPink Dot Okinawaに参加いただけることを願っています。

Pink Dot Okinawaは、7月14日(日)、那覇市内の広場での予定です。詳細は随時報告していきます。

なお、この活動は、準備段階からいろいろな人に参加して欲しいと考えています。関心のある方ならどなたでも参加できるオープンミーティングがあります。ご参加をお待ちしています。

<第1回 オープンミーティング>
日時:2月11日(月/祝日)午後2時~3時半
場所:「コミュニティ・スペース&スクール GRADi」(http://gradi.jp/


<参考動画(ぜひ観てください!)>

ピンクドットシンガポール2012年の様子
http://www.youtube.com/watch?v=aVo6U6BdB6g

ピンクドットシンガポール2011の時のネット用CM
(とても素晴らしいCMです)
http://www.youtube.com/watch?v=FrIB5Ojbqns
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by hideki_sunagawa | 2013-02-07 01:17 | LGBT/gender
2013年 01月 13日

同性愛と「好み」(2)

前回、「同性愛と『好み』」を書いた翌日、琉球大学の授業でゲストスピーカーとして話す機会があったので、この話題についても触れた。

ここに書いたことと同じようなことを、いろいろな例を挙げながら話をして、ほとんどの学生は理解してくれたのだが、終わってから、「『熟女好き』とかと並べられることの問題がわからない…」と質問に来た学生もいた(わからないままにせずに質問に来てくれたことに感謝!)。


そのとき、同じような説明を繰り返したのだけれど、後で、その学生がひっかかってるのは違うポイントだったかも、と思った。それは、例えば悩んでいる人がいたとしたら、その理由が同性愛だろうと、「熟女好き」だろうと、その悩みに順位をつけることはできず、同じようにサポートされるべきではないか、と思っているがゆえの「わからなさ」だったのではないかと。

理由に関係なく「悩み」というのはその人にとっては重大なことで、サポートを必要とする、ということには、僕ももちろん異論はない。どんな悩みに対してもサポートできるシステムは必要だし、そのために様々な電話相談、相談機関があるの。しかし…この問題はそういう話ではないのだ。


まず、件の教員の発言は、実際にそのような、様々な性を持つ人たちへの支援が必要と思っているわけではなく、むしろ揶揄しつつ、それと同性愛を並べることで、全てを揶揄している(と受け取られておかしくない)内容だ。実際にそういうことで悩んでいる人たちの悩める声を紹介しているわけでもないわけで。

そして何より根本的な問題は、そのような言い方で、社会構造的な問題を完全に相対化してしまうことだ。

この授業でも強調したのだが、ゲイやレズビアンの当事者の間では、「別にそのことは悩んでいないし、抑圧されていると感じない」という人は多い。しかし、臨床の現場にいる人や他のソーシャルワークにかかわる人からは、そうではない現実が見えてくるし、ネット上の調査でも、やはり精神的にダメージを受ける人の割合は多いと推測せざるを得ない。その矛盾は何を語っているか。

往々にして、社会的な構造の中で抑圧を受ける人たちは、その抑圧に慣れているため(その状態が当たり前と感じているため)、そのことを意識しない。しかし、気づかないうちに、少しずつそのことが負担になったり、小さな傷をたくさん受けていることがあるということだ。僕は、それを金属疲労に喩えている。

金属疲労は次のように説明される。「強度よりかなり小さい応力でも繰返し加えると破壊することがある。このような強度より小さい繰返し応力による破壊を疲労という」(引用元)。

それでも、仲間を見つけられたり、他のこと(家族関係、仕事のこと、経済的な問題等)が順調なら、そのことが下支えになって問題は起きないかもしれない。けれど、多くの人の人生はそんなにすべてが順調ではないわけで、他の問題が起きたときに、もともと気づかないうちに疲労していた心がポキっと折れることはあるだろう。そのとき、折れた直接的な原因は、他の問題なわけだが、マイノリティであるということが見えない理由として存在していたりする。


話は戻るが、確かに、色んな人がいろんな理由で悩み、場合によっては、その根本的な原因は大きな社会構造の問題にあると考えることもあると思う。そうならば(そして、もし余力があるなら)、そのことを社会に伝えたり、まわりに伝えて一緒に問題化していくことをする方法をとることが重要になってくる。そうやって、多くの人が様々な問題に取り組んでいるわけだ。

個々人の気持ちの問題は重要だが、それとともに、社会について、社会の問題について考え、それをふまえて自分がどのように社会にコミットしていくか思考し実践していく、という姿勢がもっとひろがっていくといいな…と今回のことから強く感じた。そして、今自分がやっていること/やりたいことは、そういう姿勢を広げていくことなんだなと改めて思った。
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by hideki_sunagawa | 2013-01-13 14:40 | LGBT/gender