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カテゴリ:Diary( 160 )


2012年 12月 31日

感謝

いろいろな困難と出会いながらも、無事に歳を重ね、年を越えられそう。ありがたい。沖縄に戻って来て二回目の年越し。相変わらずピンとこない部分があるけれど、どこに居ても、その時々を慈しむことが大事なのだろうと思っています。

時々、不安、不満、不信などの否定的な感情の渦から沸き起こる苛立ちや怒りの波にさらわれそうになるけれど、そういうときには、必ず誰かが応援してくれる気持ちを伝えてくれて、なんとかそんな波を乗り越えて来られた。

たくさんの問題を抱えたまま年越しをするけれど、今は、とにもかくにも感謝しつつ…。来年は、この一年数ヶ月沖縄でやってきたことを土台に、いくつか新しいチャレンジをする予定。息切れしないようにやっていきます。このブログも来年は、また少し多めに更新していくつもり。

ということで、来年もよろしくお願いします。良いお年を。
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by hideki_sunagawa | 2012-12-31 14:24 | Diary
2012年 12月 29日

誕生日

昨日、12月28日は誕生日でした。46歳…。ふと、「23歳の倍か。23歳から23年経ったってことだよね、とすると、同じだけ経ったら次は、69歳じゃん!」と思い、驚愕。まぁ、それまで生きていたら感謝という感じだけれど…いずれにせよ、人生は短いってことだ。

なのに、いつまで経っても、不安定な生活で、明日の生活も知れないような日々。ま、自分で選択してきたことなのだけれど。そんな僕にとっての財産は、常に友人たちだった(もちろん、パートナーも!)。今もそう。いつも支えられている。

しかし、そんな一番の財産である友人たちが一番多くいる東京を離れてしまったのだよな、と最近思う。もちろん、沖縄にも、大切な、応援してくれる友人たちはいるし、少しずつそういう人も増えているけれど、21年の東京生活で築いたつながりから物理的に離れてしまったことって、どうだったんだろうって。

東京での生活に疲弊していたことも確かで、僕が沖縄に戻って来たのは、ある意味で「生き延びるため」だったので(ある人に言われた言葉で、そうだよなと自分でも納得)、後悔とかそういうものとは違う思いだけれど、友人たちやパートナーに失礼だったな、と申し訳ない思いが去来する。

東京で疲れた友人たちを沖縄で迎えられるように、ということが、沖縄に帰って来るときの目標の一つだったけれど、まだ十分に実現していない。来年(&46歳の歳)こそは。来年から、東京でとても親しかった友人も沖縄に越して来て、活動やら仕事を手伝ってくれることだし!

ということで、まだまだチャレンジは続く、のでした。この一年は、いい年(歳)になりそうな気がしています。
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by hideki_sunagawa | 2012-12-29 01:35 | Diary
2012年 12月 09日

あれこれ

先月末の怒濤のイベントウィークで力つきておりました。講演会、残念ながら集客は多くはなかったけれど、朝倉景樹さんのお話も、辛淑玉さんのお話もすばらしかった。来られた方々も皆、口々に良かったと。

お二人をお招きするのが、沖縄に帰ってからの一つの目標だったので、それが実現できて感動でした。この内容は、一連の「『男女共同参画』を意識したコミュニティ活性化」事業のまとめに入れられるといいなぁ、と思っています。

これからも、多様性が大切にされる社会の領域を広げて行くために、いろいろな活動や講演をやっていきたいと思っています。賛同いただける方は、ぜひご支援、ご協力をお願いします。
http://gradi.jp


さて、衆議院選挙が近づいています。これまでも選挙に向けて暗い気持ちになることはよくあったけれど、これほど恐ろしい気持ちで選挙を迎えるのは初めてです。

全体主義(全体の統制のために個々人の権利を制限すること)を掲げ、社会保障を削減し軍国化を主張する政党が支持を集めているのです。なんて状態なのでしょうか。多くの人は、その主張自体は簡単に実現できないし、大丈夫と思っているようです。

たぶん、政権をとってがらりとは変わらないでしょう。でも、必ず少しずつ染み込むように社会に変化があらわれるはず。少しずつなので、その時々は気づかない形で。


仮に憲法が変わらなくても、そういう方向性を持っている政党が政権をとることで、あちこちで、社会統制を強めたいと思っている人たちは、その力を発揮し始めます。石原慎太郎が都知事だったとき、彼自身がわかりやすく命令しなくても、その意図をくみとってその意向にそった方向で動く人たちがいたわけです。中学高校での性教育ができなくなり、HIV/AIDSの啓発も縮小されました。

この先、どういう社会になるかと思うと暗澹たる思いになります…。


選挙に向けて政党に対しておこなった様々なアンケートの結果も報告されています。複数の調査が混同されて語られているようですが、ジェンダーやセクシュアリティ等に関して、わかりやすい調査結果が出ているのは、上野千鶴子さんらがおこなったもの。詳細はこちら。
http://p-wan.jp/site/

各党の回答の様子は、このpdfにあります。
http://gifu.kenmin.net/akenminh/kou-2/seitou/12fpa11.pdf
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by hideki_sunagawa | 2012-12-09 12:58 | Diary
2012年 11月 08日

故人との対話

昨日(11月7日)は、僕の一番の親友だった「がんすけ」の命日だった。2007年に亡くなって5年。命日でなくても、頻繁に思い出す。時に辛い時に。

今日は、GRADiは休みの日だったが、夕方に足を運んで、一人彼のことに思いを馳せたり、彼に語りかけたりしていた。

そんな風に故人と会話をしていると、自分の気持ちを整理することができる。今日は、最近一人で抱えている色んな思いを吐露して、少しすっきりした。


思い立って、彼が2000年につくった「Everything for You」をかけてみた。それを聴くと、また泣けて泣けてしょうがなかったけれど、「そういえば、彼は泣かれるのが嫌いだったな」と思い出して、「彼のことを思い出して泣くのはやめよう」と思った。

「君がいつか辛すぎて/その場にうずくまるような時に/思い出してごらん/僕に語ったあの大切な夢を」

僕が2000年のパレードに向けて死にそうになっていた頃に、彼は「Everything for You」をつくっていた。そしてパレードが終わった後に、「砂川のためにつくった歌だよ」というメールをくれたことを、昨日のように覚えている。

この歌詞は、いつまで立っても僕にとって大切な宝物。今こそ、彼に語った夢を思い出そう。

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by hideki_sunagawa | 2012-11-08 01:13 | Diary
2012年 10月 18日

東京からの訃報

10日9日、以前新宿二丁目にあった「ラピス」という店をされていた「ひろしさん」の訃報がツイッターで流れているのを目にした。ツイートしている人から判断すると本当だろうと思って、リツイートをした。その後、東京の友人に確認して本当だとわかった。

彼は、「ラピス」のマスターをする前は、有名なバー「クロノス」で店員として働いてて、彼がそこにいるときに僕は「クロノス」に通うようになった。「クロノス」は、クロちゃんという名物マスターがやっていたのだけれど、彼と常連客との丁々発止のやりとりには入れなかったので、いつもひろしさんの前に座って話をしていた。

よく考えてみたら、「クロノス」は僕が常連になった初めての店で、ひろしさんは、初めて親しくなった(とはいえ、店の外での付き合いはほとんどなかったけれど)カウンターの向こうの人だったかもしれない。

僕より6〜7つ上だっただろうか。僕にとっては二丁目の先輩的な存在だった。2002年にクロちゃんが亡くなり(→2002年5月3日の日記と、5月7日の日記にその話を書いていた<読み直してしんみり)、その後しばらくして、クロちゃんの逝去との関係で、ラピスも閉店。

ラピスの閉店の日は、朝に店を閉めるまでいて、帰りに寂しかったことを覚えている。その後、残念ながら会ったのは一度だけだっただろうか。また会いたいなぁ、と思いながらそのまま沖縄に戻って来てしまった。

実際に会えるかどうかさておき、ある時代を共有している人たちがいなくなっていくことは、やはりとても切なく寂しく、悲しい。もちろん、いつかは誰もがいなくなるし、自分だっていつ去るかなんて分からないのだけれど。

ああ、やっぱりもう一度会って、きっちりとお礼を言っておけばよかった。

こういう思いを何度もしているから、いつも、お礼はまめにしっかりと言っていこうと思っているのだけれど、それでも、そういう思いが残る。


…ひろしさん、本当にありがとう。
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by hideki_sunagawa | 2012-10-18 02:23 | Diary
2012年 09月 23日

GRADiのペット?

GRADiに先日やって来たシロクマ。

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GRADi(http://gradi.jp)にぬいぐるみが欲しいという要望に応えるべく、探しまくった一品。すごくよく出来ていて、触り心地もいい。

対面したときは、「イメージより小さいかな?」という感じだったけど、ちょうど小さな犬が(もちろん、これはホッキョクグマだけど)寝そべっているみたい。

これから、GRADiをなごませてくれるかと。先日から、木〜土の21:30〜0:30の3時間を、夜カフェ風「ドロップイン」(ふらりと立ち寄れる)時間としているのだけれど、誰も来ないときは独りで作業しているので、こんな感じで目のつくところに居てもらってなごんでいます。

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ーーー
amazonから買えますよ。他にも、同じ会社で制作のかわいいものが…。子どももいます。制作会社のサイトからも買えるのだけれど、カード決済がうまくいかなかったりして、ちょっと面倒だったので、結局amazonから買いました。




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by hideki_sunagawa | 2012-09-23 10:53 | Diary
2012年 06月 03日

伝わらない話…

ひょんなことから、僕の言ったことを間違って受け取り、批判しているブログを見つけた。

基本的に、ネット上で僕について書かれていること、特に匿名のものは見ないようにしいてるし、見ても、大部分が嘘や誇張、話のすり替えなど、あまりにもくだらない内容なので、気にしないようにしている。

しかし、このブログでは、真面目にセクシュアリティやジェンダーについて書いているようなので、誤解をちゃんと指摘しておきたい。


記事のタイトルは、「人を見たら多数派と思う」

コメントとして書き込んだのだが、エラーが起きたので、そして、書いている人の連絡先も見つからなかったので、こちらで書いておくことに。

まず、これを書いている人は、僕が講演で次のように言ったと書いている。

ーーー
「じゃあとりあえずよくある質問とその答でも」と
砂川さんが話し始めたのが
「ゲイってどんなセックスをするの?」
という問いと
「別に全員アナルセックスするわけじゃないよ。
ていうか初対面の人にあなたはどんなプレイをするの?
なんて異性愛者には聞かないよね。なぜなら失礼だから」
という答。
ーーー

おそらく、「別に全員がアナルセックスをするわけじゃないよ」というようなニュアンスのことを言ったのは確かだろう。僕は、講演では、「ゲイがセックスと意識する行為の中でインターコースの占める割合は、異性愛者がセックスと意識する行為の中でインターコースの占める割合より低い」とい話をするからだ。性行動調査の結果をもとに。

しかし、その後がまったく逆の話になっている。僕は最初にゲイとして大学で話をしたときから、<必ず>、「そういうことを聞くと、異性愛者にはそういうこと聞かないのに、失礼と怒る人がいるけれど、僕は決してそのような質問には怒りません。情報がないので、不思議に思ってある意味では当然だと思います」という言い方をする。

たぶん、これを書いた人は、「全員がアナルセックスをするわけじゃない」という話を聞いた時点で、僕の話を勝手に推測し、その結果、僕の言ったことをちゃんと聞いていなかったのだろう。

「似たような話を本やなんかで見た覚えがあったし」という意識が、そういう風に聞き違いを起こしたのかもしれない。


ちなみに、「けれど機先を制して下世話な話をたしなめるのは無知なマジョリティから無神経な質問や失礼な扱いを多くされてきた結果だろうと後からようやく思い至って」とあるけれど、僕はそういう質問を受けたことがほとんどない。

むしろ、「何を聞いたら失礼になるのか…」と控えめになる傾向があるので、先のような、「そういうことを聞いても怒りませんよ」と言うようにしているのだ(もちろん、ホモフォビックのような発言があったら、返答の語気は荒くなりがちだろうけれど)。


そして、「テーマ的にみて受講者のセクマイ率はきっと高かったはず」と、この書き手は推測しているが、僕が色んな大学でたくさんの講演や講義をしてきた経験として、そういうことはない。もしかしたら、他の授業より高いことはある<かも>しれない。

もちろん、全ての聴衆のことを把握しているわけではないが、書かれるコメントから、「当事者」やそれに近い人の占める割合は、常に極めて低い。


社会問題も含め、真面目に書いているブログなのに、誤解(あるいは記憶違い)や、勝手な憶測を根拠にこのような文章が掲載されるのはとても残念だ。

しかし、聞き手には常に聞き違えや誤解をする人はいるもの(自分もそういうときもあるだろう)。そういうものとして諦めなくてはいけない面もあるかもしれない。しかし、それに基づいた批判が誰もがアクセスできる中にあるという現実。

そのように聞き違えや誤解をした人の情報が溢れていて、それにまた誰もがアクセスでき、往々にして再生産もされる…やはり、メディアリテラシー教育が必要だと痛感する。
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by hideki_sunagawa | 2012-06-03 06:13 | Diary
2012年 05月 10日

今日の雑感

GRADiというスペースをオープンして、近々、英語塾をスタートさせるということで、その準備にかかりっきり。このブログもなかなか書けそうになく…。去年からしばらく書いていたLGBTニュース紹介も、当分は無理かなー。まとめてではなく、ちょこちょこと紹介するかも。


ということで言うと、今日のツイッターのタイムラインは、オバマ大統領が同性婚支持を明言したことに関する喜びの声でいっぱいになっていました。日本のニュースでも紹介されていたし。大盛り上がり。

僕も、朝にツイッターを開いて、海外のLGBTニュース系のツイッターのアカウントがこのニュースを流していたので、「おー」と思って、そのままリツイート。でも、日本のツイッターでも(もちろん、LGBTやLGBT関連のことに関心のわる人を中心として、だけど)こんなに盛り上がるとは思わなかったなー。


というのも、オバマ政権は、昨年、LGBTの人権問題にグローバルな規模で積極的に取り組んで行くことを正式に発表し、その直後、クリントン国務長官が国連でLGBTの人権についてスピーチをする、という流れがあったし、基本的には同性婚には支援的な感じではあったので。

それでも、米国内でも大きく盛り上がったのは、「大統領選に向けて、これを前面に出すんだな」ということがはっきりしたからだろう。


ツイッターでも書いたけれど、僕としては、今年の3月に国連事務総長の潘基文(パン・ギムン、 반기문)のLGBTの人権に関するスピーチの方が歴史的だなぁ…と思ったし、インパクトが大きかったんだよねぇ。

Ban Ki-moon: : The Time Has Come. REMIX!‬
(alloutが音楽とキャプションをつけたもの<英語)

まぁ、今回のことも含めて、世界のLGBTをめぐる状況は動いてるということ。この問題に限らず、世界のいろいろな動きに関心を持ちつつ、地元で動いていきたいなー。GRADiは、小さいけれど、そんな思いを持って進めていきます。


GRADiのFacebookのアカウントもできました。どうぞよろしく〜。
こちらから
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by hideki_sunagawa | 2012-05-10 20:40 | Diary
2012年 05月 04日

多目的スペースオープンしました!

すっかり、ブログ更新が滞っていたのは、多目的スペース「GRADi」(グラディ)をオーブンさせる準備で奔走していたからでした。

昨日、身近な友人たちに声をかけ、オープニングパーティを開催。小さいスペースながら、48人(うち子ども6人)もの人がが来てくれました。感謝!

実に様々な人が来てくださり、面白く温かい雰囲気でした、

この場所では、中学高校生向けの英語塾や、誰でも参加できる講座や講演などを開催していきます。

なお、現在、くま絵師・悠のイラストを展示中です(数は少ないのですが)。5/4-5/6の13時〜18時オープンしています。フリードリンクもご用意しています。よかったら、一息つきがてら、ご来場ください。

場所は、那覇市牧志1-1-37 インド料理屋の2Fです。http://t.co/mhacJmlT
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by Hideki_Sunagawa | 2012-05-04 16:01 | Diary
2012年 04月 13日

引き継ぎながら

東京滞在記を書いた後、力つきたように(?)ブログを更新するエネルギーも起きず、またブルー期間に入りつつあるのを感じていた。気分はどんどん低下し、昨日は、鬱々とした気分だったので、早く寝よう…と思ってベッドへ。

そのときなぜか、普段はしないのだが、書庫の扉を開けて「寝る前に何か英語の本を読もう…でも簡単なものがいいな」と一冊の本を手にした(ちなみに…「書庫」と読んではいるが、本棚を並べて本を詰めたただのクローゼット<苦笑)。


その本は、'The Gifts of the Body'(by Rebecca Brown)。だいぶ前に、何かでチラッと文章を読んで、とても読みやすいシンプルな英語を気に入って買った短編小説集。どういうものだったか思い出さないまま読み進めた。


最初は、流し読みしていたのだが、途中で「ん?これは?もしかして…」と思い、また最初に戻ってじっくり読み始めた。こういうストーリーだった。

ーーー

「私」は、毎週の火曜日と木曜日にRickの家を訪問している。行く前にいつも、「何か必要なものある?」と聞くけれど、頼まれることは一度もなかった。ある日、朝食を食べ損ねた自分のために、ある店でシナモンロールとカフェオレを買い、特に訊くこともなくRickのぶんも買った。

そのシナモンロールを見たRickはとても喜んだ。そこのシナモンロールは彼の大のお気に入りで、日曜日の朝に、焼き上がる早い時間に行き、一番おいしい、オーブンの鉄板の真ん中のシナモンロールを買っていたという。それはシナモンシュガーが絶妙にとけて、中がふわふわなのだ。

それからというもの、「いつものやつ」と言って、それを買って行くようになった。しかしある日、Rickは「今日はいらないよ」と電話口で明るく言った。

けれど、家に着くと、彼はリビングに布団を敷いて具合い悪そうに寝ていた。「主治医を呼ぶ?」と聞いたら、すでに、UCSのMargaretに連絡をしたという。「電話したときは元気だったのに、急にこうなって…」。

彼は背中にびっしょり汗をかきながらも「寒い」と言って、毛布を握りしめている。その手の震えはだんだん大きくなっていく。「毛布をもう一枚持って来ようか?」と尋ねると、「行かないで!」と。「私」は、毛布にもぐりこみ、背中に体をくっつけ、手を彼が痛がっているお腹に乗せて彼を温めた。彼はその手を強く握りしめた。


Margaretとともに車で移動するRickに、「戻って来るときのためにきれいにしておくからね」と「私」。彼は笑みを浮かべようとした。「後で連絡するから!」。彼は、何も言葉を発する事もできないまま去っていった。

「私」は、部屋をきれいにしようと台所に一旦入るが、あることに気づき、そこは最後にすることに。そして全てを忘れ、彼がすぐに戻って来るかのように、他の部屋やシャワーを掃除する。そして、台所に戻った。

そこには、Rickのお気に入りのコーヒーカップが二つ、彼自身のものとパートナーだったBarryのものが。コーヒーもすぐに入れられるようにしてあった。

そして、デザート皿に、二人分のあのシナモンロールが。絶妙な解け具合のシナモンロール。「私」は、思いを馳せる。彼にとってとても長いはずの道のりを歩いた彼のことを。天板の真ん中の美味しいシナモンロールを買うために、いったいどんな早くに家を出たのだろう…。


Rickは、Barryと一緒に、リビングに引っ張り出して来た布団で、日曜日の朝食を「bed-and-breakfast」スタイルのようにして食べていたことが恋しいと、いつか語っていた。しかし、Barryが亡くなってからは、日曜日の朝には、あのシナモンロールの店まででかけるようにしていた。彼の体調が許すまでは。


「私」は目を閉じ机に突っ伏し、RickやBarryに思いを馳せた。しかし、しばらくして、目を開けて、彼が自分のために用意してくれたものを食べた。

ーーー

「ああ、これは、HIVの治療が今ほど進んでいなかった時代のゲイの物語なんだ」と僕はすぐにわかった(買うときもそれと知って買ったのだろうけど、すっかり忘れていた)。

実際に、このストーリーを読み終わって、著者のプロフィールと紹介文を見ると、ホームケアワーカーとしてAIDS患者の支援をしていたと書かれてあった。出版は、1994年。HIVの治療の方法が革新的に発展する直前だ。


僕は、1990年からHIVの活動にかかわっているので、その頃までのこの病気の状況を良く知っている。そして、実際に闘っていた人たちのことを思い出した。Rickと何人かの人が重なった。

そして、HIVだけでなく、他の病気と闘いながらも亡くなっていった僕の大切な人たちのことも思い出した。僕はその人たちから、何かを託されたり、引き継いだりしている…そのことを思い出して、少し自分を奮い立たせることができた。完全に、というわけにはいかないけど。

まだまだ僕にはできること、やらなければらならいことがあるはず…
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by hideki_sunagawa | 2012-04-13 01:25 | Diary