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2010年 01月 11日

An essay by Cocco

沖縄タイムスでCoccoさんのエッセイが始まったようだ。第一回目の内容はかなり重いものとなっている。

Cocco, a okinawan singer who lives in Tokyo now,
began writing essays in Okinawa Times.
In the first one she said that
she would offer herself as a sacrifice
if it could solve problems and conflicts among Okinawan people
caused by US military base in Okinawa.
My heart aches reading her words.

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http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-01-05_1267/

[こっこタイム。](1)もしも願いが叶うなら

 〝生(い)け贄(にえ)〟という制度が、まだ残っていたらと想(おも)う。迷信やおとぎ話ではなく現実的かつ具体的効果をもたらす、確実に保証されたいんちきなしの〝術〟としてだ。

 雨乞(あまご)いの唄(うた)よりもっと、てるてる坊主のクビよりももっと確実に効くような。

 「ジュゴンより人間の命大切」という読者投稿を新聞紙面で読んだ。

 「本当に生息しているかどうかわからないジュゴンの保護や美しい自然を守るよりも人間の命を守るのが大事だ」

 ぽろぽろと涙が出た。

 「県外、国外移設となると今後15年以上も普天間基地は現状のままである可能性が高い」

 ぐうの音も出なくて鼻水をかんだ。

 「普天間基地のヘリコプターが今度墜落したら確実に死人が出る」

 その通りだろう。

 「一日も早い辺野古への移設を望む」

 わらわらと泣いた。

 皆、沖縄を愛している。

愛するが故に、皆意志がある。

 県内で対立するのも、県外に向かって叫ぶのもすべては皆が沖縄を想うが故だ。もともとの犯人捜しをしたってもうしょうがない。

 最初から基地がなければこんなことには…、なんてそんな〝たられば〟の話では前に進めない。

 私は、生け贄になりたい。

〝もしも願いが叶(かな)うなら〟なんて、〝たられば〟よりたちが悪いかな。

 たとえば私を白い布でぐるぐる巻きにして海に投げ入れるもいい。機関銃で撃ちまくって、家族が確認できないほどの肉片にするもいい。これが終わるなら、この問題がもう終わるなら、そのために〝生け贄〟が必要だとすれば、私は真っ先に手を挙げよう。

 誰に託せばいいのかなんてもうわからない。誰を信じればいいのかもわからない。

 泣いて叫んで走り回っても私に山を動かす力はない。誰かの〝愛してる〟が、万人にとっての正義になり得るわけでもない。誰かの愛が故にこの島は揺れ続ける。

 どうしようもないナルシストな発想にちゃんちゃら笑える。わかってるよ。誰もそんなこと望んじゃいないって。あまりに稚拙な思考回路だろ?

 でも、もしも願いが叶うなら。私はこの問題を終わらせるために捧(ささ)げられる生け贄になりたい。

 私はもうなにもいらない。何もいらないよ。

 最期に、遺す言葉が許されるなら、こう叫ぼう。それがまた誰かの愛の形を踏みつぶすことになってもお願いだ。目を開けろ。

 この海は、ジュゴンの海だ!(歌手)

毎月第1火曜日掲載。

感想はcoccotime@okinawatimes.co.jpまで。
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by hideki_sunagawa | 2010-01-11 00:47 | Okinawa


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