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2012年 09月 16日

『自分をえらんで生まれてきたよ』(いんやくりお)

理生(りお)さんは、現在11歳の男の子。「ちょっぴり個性的な心臓と肺」(<お母さんの表現)により、これまで入院は30回以上になるという。彼が3歳頃から語り始めた言葉を、お母さんが書き留め、それをまとめたものがこの本だ。

「神さま」が頻繁に登場し、自分がどうやって生まれたきたかということについても語る彼の話を、「スピリチュアル」なものや「宗教的」なものとしてとらえる人もいるだろう。終わりには、医師による「胎内記憶」についての解説が掲載されている。このような話は、人によって考え方が大きく分かれるので、ここでどうやって紹介しようかと、少し迷った。

というのも、特に僕のまわりには研究者が多いこともあり、「近代的・科学的知」からは異質なものと見られがちなものを好まない人も少なくないからだ(「胎内記憶」に関してはたぶん、それらの立場からも理解できそうな気がするけれど…)。

しかし、ここで語られている言葉は、それぞれの立場で色々な読み方、受け取り方ができると僕は感じた。「スピリチュアル」なものや「胎内記憶」、その両方として、あるいは詩や物語として。あるいはまた、お母さんとの無意識的な相互作用の中で生まれつむがれた言葉として。

いずれにせよ、僕がこの本に収められた言葉の示唆するものに慰撫され、力をもらい、刺激を受けたことは確かだ。また、表現方法は違っていても、もともと自分が抱いてきた人間観と似ている部分も大いにあって、驚いたりもした。


「病気で生まれてきたから、ぼくはいろいろな体験ができる。ママもいろいろな体験ができる。だから、ママは喜んでいいよ」

「心は、小さな心が集まってできている。小さな心が集まって、中くらいの心になる。ひとりひとりには、その中くらいの心が入っている。でも、その中くらいの心の大きさは、人によって違う。中くらいの心と中くらいの心は、ぜんぶつながっている」

「人間は、約束があるから、生きられる。次の約束があるから、生きられる。」

「(略)いろいろな色があるのがいい。姿かたちとか、性格とか、みんな違うのが、いい。違うから、『あ、だれだれくん』って、わかる。みんな同じだったら、意味がない。」


僕はここで触れた言葉をヒントとして、自分の人生観、いのち観、死生観を少し整理することができた。なので、理生さんの言葉に出会えたことに喜びを感じ、心から感謝している。

彼は、去年の3月からお母さんと一緒に沖縄に住んでいるとか。「沖縄は神さまの島で大好き。ぼく、島んちゅになります!」と言ってるという彼に、いつか会える日があるといいなと思っている。



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by hideki_sunagawa | 2012-09-16 18:36 | Books


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