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2012年 06月 09日

生活保護問題(稲葉剛)

生活保護問題について、「NPO法人自立生活サポートセンター・もやい」の稲葉剛さんが書かれた文章です。本当は行政がやるべき仕事を、彼のような人たちが苦労しながら担ってきた。それすらも無にしようとする最近のメディア、国政の動き、それに後押しする人たちの意見には、憤りを覚える。


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生活保護問題:困窮者実情踏まえ議論を

NPO法人自立生活サポートセンター・もやい代表理事 稲葉剛

 生活保護制度が揺れている。「高額所得者の芸能人の母親が生活保護を受給」という報道に端を発した騒動は、親族の扶養義務と公的な援助の関係をめぐる議論に発展した。

 小宮山洋子厚生労働大臣は、生活保護受給者の親族が受給者を扶養できない場合、親族側に扶養が困難な理由を証明する義務を課す制度改正に言及し、自民党の生活保護に関するプロジェクトチームは、親族の扶養義務を徹底させる生活保護法改正案を今国会に提出するとの方針を固めた。
 世論の後押しもあり、短期間のうちに制度改正が決まってしまいそうな勢いである。

  しかし、生活に困窮した人々の状況を少しでも知る者なら、今回の扶養義務強化をめぐる動きが福祉の現場を踏まえない乱暴な議論であることが分かるだろう。
 私がこれまで関わった方々の中には、扶養義務に基づく親族への連絡がネックになり、生活保護の申請をあきらめかけていた人が多くいた。私たちは虐待やドメスティックバイオレンス(DV)に関連する場合、親族に連絡しないよう役所に要請しているが、1人で窓口に行って以下のような対応をされた人も少なくない。

  Aさん(20代男性)。大学卒業後、正社員として就職するが、過労によりうつ病を発症して退職。実家に戻り療養生活に入るが、両親はうつ病を理解せず「働かざる者食うべからず」と連日罵倒される。食事も与えられなくなり、栄養不良状態に。家を出て、福祉事務所に相談に行くが、実家に戻って養ってもらうように言われた。

 Bさん(30代女性)。職場結婚したが、連日暴力を振るわれた。自分の貯金を引き出して家出し、ビジネスホテルを転々と。お金が尽きそうになり、福祉事務所に相談に行ったが「離婚が成立していないため、配偶者に連絡をする」と言われ、申請せずに帰ってきた。

 現行でもこうした対応なのだ。扶養義務が強化された場合、親族から虐待や暴力を受けた経験のある人たちは、役所が親族に連絡することを恐れ、窓口に相談にすら行かなくなるだろう。その先にあるのは、最悪の場合、困窮による餓死や自死、孤立死である。生活保護制度が最後のセーフティーネットである以上、それを利用できるかどうかは生命に関わる。

 虐待などの経験がない人であっても「家族に迷惑をかけたくない」という意識から申請を控える人は多い。「きょうだいに知られたくない」という理由で申請をためらっている代の路上生活者を、私は何人も知っている。こうした人々もますます福祉の窓口から足が遠ざかるだろう。

 1950年に制定された現行の生活保護法には、親族による扶養は「保護に優先して行われるものとする」との規定があるが、旧生活保護法のように親族が扶養できないことを必須の条件とはしていない。この制度改正には、現代社会において親族間の扶養を過度に強調することは時代錯誤的であり、先進国としてふさわしくないという当時の政府の認識があった。

 今回の動きは、60年以上も前に時計の針を逆戻りさせようとするものである。例外的な事例をもとにムード先行で議論を進めるのではなく、生活困窮者の実情を踏まえた冷静な議論を求めたい。


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<2012年8月23日追記>この問題に関して、『間違いだらけの生活保護バッシング-Q&Aでわかる生活保護の誤解と利用者の実像』という本が出ました。



by hideki_sunagawa | 2012-06-09 11:03


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