One Voice

hidekiss.exblog.jp
ブログトップ
2011年 12月 08日

木にぶら下がる時は…

▼懐かしのみゃーくふつ

このブログでも何度も紹介している、みゃーくふつ(宮古島の言葉)で歌をつくり自ら歌っている下地勇さんが、みゃーくふつで語っている動画をYouTubeで発見(リンクは一番下に)。

僕も、昔は、宮古島出身の僕の両親や親戚がこのような言葉で会話をしているのを耳にしていたので、とても懐かしい(とはいえ、字幕がないと20%ほどしか理解できないけど…&母親に言わせれば、彼の出身集落の言葉と、僕の両親の出身集落の言葉はちょっと異なるらしい)。


▼「島くとぅば」を学校で教えることについて

この中で、彼は、「島くとぅば」(島の言葉)がなくなっていくことへの危機感についても語っているが、最近の「うちなーぐち復興運動」と少し違う見方を提示している。学校で教えることは大事だけれど、教育の中に組み込まれて行くと、結局は、覚えることに義務感とか負担感を背負わされるのではないか、それはどうなんだろう?と疑問を呈しているのだ。

そして、自分は「島くとぅば」を残そうとして歌っているわけではなく、その言葉でしか表現できない世界を歌っているのだ、とも言う。彼自身が、みゃーくふつという島くとぅばの世界で生きてきたからこそ、そして、それを今も生活の一部としているからこそ出て来る語りだと思った。


▼「木にぶら下がる時は…」ということわざ

全体としてとても興味深いが、特に、いったん収録が終わってから録画を再開したと思われる、6分頃からの黄金言葉(言い伝えられていることわざ)をめぐる話が心に残った。

そこで紹介されている言葉は、「木ぃんかいささがす゜ばーんかい、かたてぃしささがりよ」(木にぶら下がる時は、片手でぶら下がりなさい)というもの。

それは、こういう意味だそうだ。

両手を離すと地面に落ちて痛い思いをするわけだけれど、それは、自分が何かから逃げるか、何かを放棄するかして自ら痛みを被るということを表現したもの。かと言って、両手でぶら下がっていると、その場所から動くことが出来ないし、上へ上へと登って行くこともできない。また、誰かを助けようと思っても、手を差し伸べることもできない。一番いいのは、片手で自分の大切なものをしっかりと掴むといこと。それは、とても力が必要でしんどいけれど、そうすれば、離している手を人のために差し伸べることができる。

面白い表現! まさに、その地域で生きている言葉の世界という感じがする。そして、ここで言われていることは、僕がこれまで活動をやってきた中で痛感していることとも合致しているし、これからも活動を続けて行く上で、肝に銘じなければと思う人生訓だ。


▼動画案内

というわけで、この動画は、みゃーくふつの言葉の世界を垣間見せてくれていて、一見の価値あり。
ただし、外国語の字幕と同じで、分かりやすいように言葉が足されたり、逆に削られたりする部分がどうしてもあり、そのため、語られてる内容と字幕のタイミングも少しずれている部分があるので、そのことは念頭におきつつ、観ていただけたら。「木に…」の話は、六分頃〜。

(YouTube)Shimoji Isamu: MIyako Language

僕にとっては、なじみ深いから当然と言えば当然なのだが、僕は、「うちなーぐち」(本島の言葉)よりも、「みゃーくふつ」の方が好きだなぁ、と改めて思った。
[PR]

by hideki_sunagawa | 2011-12-08 10:55 | Okinawa


<< 元真珠湾攻撃隊長の証し      助けを求める大切さ >>