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2011年 10月 30日

超人はどこにいる?(ちょっと長文)

▼ツイートで…

ツイッターは、議論に向かない割に、逆に議論になりやすいという不思議なツール。なので、議論にならないように、誰かのツイートに反発めいたことは書かないように…と心がけている。…が、ついつい「ムキっ」となって書いてしまうことがしばしば。

昨日も、とても盛り上がった台湾パレードに触れつつ、東京でもこんな風にできたらいいのにと、東京でのパレードを批判しつつ書いているツイートが目についた。

僕はこう書いた。

「自分の欲しい活動や『コミュニティ』や社会を誰かがつくってくれるのを待っている人の多いこと…。その欲しいもののために動かないで、つぶやき、リツイートするだけで(嘆息) 難しい問題を全て乗り越えて、理想像を実現してくれる超人がいるとでも思っているのだろうか。」

今回、反射的に書きはしたが、前々から感じて来たことだ。


▼東京のパレード

長らく主催者側としてかかわった人間がこういうことを言うのは憚れる面があったので、あまり言って来なかったが、僕は、東京でおこなわれてきた「東京レズビアン&ゲイパレード」(2007年からは「東京プライドパレード」)は、十分に良くできたものだったと思う。

もちろん、更により良くするための反省点をあげればきりがない。しかし、他の地域以上に要求の厳しい警視庁側の条件と、みんながパレードとしてやりたい形を最大限調整し、デモとパレードを融合させてきたこと。2000人〜2500人もの人が歩き、それぞれのブロックをフロートが必ず先導するという難しいスタイルを、事故を起こすことなく継続してきたこと、それだけでも評価されるべきではないか。

広場には、たくさんの企業さんや団体さんのブースを出展していただいて、ステージでも午前中からシンポジウムをおこなったり、パフォーマンスしていただいたり…あの規模で<野外で>おこなっているLGBTイベントは、日本では他にはないはずだ。


▼2009年、2010年

2009年は東京プライドフェスティバルという、パレードなしのイベントだったが、NHK「ハートをつなごう LGBT特集」の公開録画がイベントを華やかにし、また、内容の濃いものにしてくれた。最後のオオヤユウスケさんのパフォーマンスと、背景の大きなモニターに映し出された映像の感動は忘れられない(それを見たのは、放送でだったけれど)。

しかし、その番組に来てもらったことを「他力本願」と評した人もいた。確かに。でも、そのための交渉と調整がどんなに大変だったことか。それは、こちら側だけでなく、先方もそうだった。「ハートをつなごう」初の公開録画は、ディレクターたちも、それこそ首をかけた企画だったと思う。

2010年のパレードの時には、RENTのスタッフに来てもらったり、中西圭三さんにミニライブをしてもらったり…。中西さんは、こういうことに関わると「本当はゲイなんでしょ?」と言われることを知りつつ(実際にはそうではないのに)、出演してくださった。彼が舞台上で「砂川さんと話す中で、アライ(ally 支援者)という言葉があるのを知り、出演を決めました」と言ってくれたことは忘れられない。

ここでは、自分が最後にかかわった二年間について書いたが、もちろん、他の人が代表を務めたときのパレードは、それ以上に素晴らしかったし、収支的には僕が責任を負った二年間とは比較にならないほどの成功をおさめている。


▼言葉の紡ぎ方

にもかかわらず、これだけのことをやってきた東京のパレードに、<安易に>思いつきのように批判する人の多いこと…。しかも、そういう人には、パレードをよりよくしようと積極的に関わったり、参加したりする人はほとんどいない。あるいは、自分で自分のイメージするパレードやイベントをつくるために動いたりもしない。

様々なものを求めて色々なポジションの人が参加する、この大規模なイベントを、更に誰もが納得できるような形で実現し、それが継続できる、そんな超人はいるのだろうか? しかも、もちろんノンペイで…(それどころか、僕は最後の二年間、間接的な出費も含めると150万円以上はその活動に費やした<それは、恥ずかしいことだと思っているが、この活動をやる中で儲けている人物がいると勘違いしている人もいるらしいので、書いておく)。

もちろん、活動に参加していないから何も言うなと言うのは間違った言い方だ。しかし、その活動に(あるいはそれに変わる自分が理想とする活動に)向けて、自分は何かできないだろうか、また自分の発言は、これまで生活を削ってやってきた人にどう届くだろうか、という視点を少しは持って欲しい。そうすれば、おそらく発せられる言葉はだいぶ異なった形で紡がれるだろう。


▼忘れられない作業

パレードの難しさは様々な調整にあるが、当日の肉体労働もかなりのものだ。会場設営と撤去の作業は忘れられない(常に、代表も実行委員も会場設営や撤収の作業には参加する)。猛暑の季節に、あれだけのテントを建て、それぞれに机と椅子を運ぶ大変さ。特に、パレードが終わってヘトヘトに疲れている中、それを片付けるつらさ。テントの足を固定する重しのその重さ…たいてい一度に一個しか運べない。それがテントの数×6もある。

いつも、その作業をがんばってくれたボランティアの人たちの事を思い出すと、今でも涙がにじんでくる。

毎年、150名〜200名のボランティアが参加して文字通り汗水たらしながら一生懸命につくり、実行委員も8ヶ月間大変な準備を続け、代表は命を削るように重責に耐え、そしてようやく完成される東京プライドパレード/フェスティバル。

もちろん、がんばればすべてがオッケーなわけではない。でも、先に書いた通りちゃんと素晴らしいイベントとして、それらの努力が実ってきたはずだ。最近、自分が直接見聞きしたり、体験したわけでもないネガティブな語りにすっかり影響を受けて、東京プライドパレードが、実際につくりあげてきたものを忘れてしまっている人が多いのは、本当に残念でならない。
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by hideki_sunagawa | 2011-10-30 06:05 | Diary


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