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2011年 10月 29日

8割でいい、と考えてみる

▼8割仕上がるのに時間の半分

以前、何かで、仕事を8割仕上げるのと残りの2割を仕上げる時間は同じくらい、と読んだことがある。つまり、ある仕事を8割のレベルまで進めるまでに5時間かかったとしたら、残りの2割を仕上げようと思ったらやはり5時間かかるということだ。

「仕事」と言ってもいろんな種類があるし、この大雑把な語りは十分に怪しいのだが(苦笑)、実際に、「そろそろ完成!」と思ったことがなかなか終わらないという経験は嫌というほど積み重ねているので、言わんとしていることはなんとなくわかる。

それどころか、最後の2割を仕上げるということを「完璧にする」という意味だとするなら、もっと時間がかかることもあるだろう。いや、明確な「完璧」の基準がないものは、「完璧」にしようと思いが強すぎると最終的に仕上がらないこともある。僕は、大学でも大学院でも、「完璧主義」であるがゆえに、制作しているものを出せないままになる人を何人も見て来た。

仕事などでは、やむを得ない背景があることが多いので、仕上がり度に関係なく最終的には出すことになるのだろうが(完成度に基準がある仕事は別として)、論文などは、出さなくてもその影響を受けるのは自分だけということも多いので、出さないままになることもあり得るのだ。それがゆえに、ある程度の段階で「えいやっ!」と出す踏ん切りが必要になる(と偉そうに言いつつ、僕は論文の生産量は少ないのだが…あくまで、論文は例として…)。


▼8割×1.5倍
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さて、先の8割の話で言うと、8割で見切りを付けるということをすれば、とりかかれる仕事は同じ時間で2倍になるという話だったと思う。まぁ、生産量を求める思考だとそうなるわけで。

でも、僕は、そういう話を聞くと、「え?じゃあ、働く時間の長さは一緒じゃん!」と思ってしまう。「8割で仕上げて半分の時間で終わるなら、残り半分、のんびりすればいいじゃないの?」って。

でも、そう言うと、いかにも怠け者過ぎるので(それでもいいのだろうけど)、一応、8割で1.5倍のことをやって、余った1/4の時間をのんびりと…と言うのはどうだろう? まぁ、もともと大雑把な論なので、厳密に計算しても意味ないけど。


▼楽な気分で

実際、大方の仕事はどこまでが8割かわからないし、論文で言うと、8割の量で終わらすわけにはいかないし、正確さも8割というわけにはいかない。けれど、表現の言葉をどう選ぶかといった最後の調整は切りがないので、ある程度のところでオッケーとしなければならない。そのときに、本当に8割かどうかさておき(<ここが結構重要)、「8割でいいや」と思うと、少し気が楽になる。

もちろん、仕事の内容によっては、完璧に仕上げることが求められることもあるだろう。また、完璧を求めることが喜びになることもあるだろう。前者ならそうせざるを得ないし、後者なら、楽しみつつ完璧を求めればいい話。

しかし、仕事(僕の場合は収入のない活動も含む)によっては、最近よく使われる表現で言えば、「持続可能(sustainable)」な形でおこなうことの方がより意義深いことも多い。それを目指すなら、「8割で」というのは重要なイメージだ。

僕自身、細かく厳密さや仕上がり具合いにこだわる時/場面もあるし、「緩くていいやー」と思う時もある。「常に全力で」というのは一瞬美しく聞こえるけれど、自分が活き活きとできる範囲でやって(とは言っても、多くの仕事はそんな風に調整できないものだけれど)、残りの力は、自分の大切な人たちのために使ったり、社会へ還元したりしていければ、もっと豊かな社会になるのに、と思う。

あ、そう考えると、8割で終えて、残った時間の半分は社会に還元して、残り半分をゆっくり過ごすというのがいいイメージかもしれない。

これを読んで、組織に勤めている人は、「そんな風にはいかないよー」と思うのだろうし、毎日ため息つきつつ、体壊しそうなくらい働かされている人がまわりにもたくさんいるので、こんなノンキなことを言うのは心苦しい気持ちもあるが、あえて。


…と書き上げてからふと思った。よく考えたら、8割まで完成させるのって結構大変だよね…(苦笑)
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by hideki_sunagawa | 2011-10-29 06:05 | Diary


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