One Voice

hidekiss.exblog.jp
ブログトップ
2011年 07月 31日

伝わらなさ

今月の4日〜7日、ある大学で集中講義をおこなった。4日間で15コマをこなす集中講義…初めての経験だったので、どうなることかと心配でたまらなかったが、学生の真面目な授業態度と、研究室のスタッフの親切さにエネルギーをもらいつつ、なんとか乗り切れた。

とても優秀な学生の集まる大学で、実際に皆、聡明だったのだが、何度か、性的マイノリティに関連した「伝わらなさ」を感じ、「これってなんだろうなぁ…」という疑問が残った。


それを最も感じたのは、日本テレビが2006年に放送した「アンテナ22・真夜中の新宿2丁目・禁断の同性愛の楽園 レズビアンナイト・愛の修羅場」というひどい番組を観たときのこと(あまりにもひどい番組なので、冒頭の10分くらいしか観なかったが)。

この番組は、2丁目をよく知っている者は、「こんな極端な描き方して…」と思うし、恐らく2丁目を知らなくても、大部分のゲイやレズビアンは、とても不快な思いをするだろう。あるいは、自分までもが馬鹿にされているような気がして傷つく人も少なくないと思う。放送されて直後、抗議運動も起きた。


授業でも、おそらく性的マイノリティなのだろうと思われる学生の一人は、「観ているがつらかった」と後で感想を聞かせてくれた。また、ゲイやレズビアンでなくても、この番組のつくりに批判的な学生も多かった。しかし、「そんなに問題に思わなかった」「テレビってそういうものだし」という学生が少なからずいたことが、僕にはショックだった(印象で言うと1/3強くらいの学生がそういう受け止め方だった)。

いつの間にか「テレビは面白い表現を追求するもんだから(たいがいのことは許される)」という認識が皆の間に広がっていること、そして、こういう表現もオッケーな範囲になっていることに、呆然とした。そして、それまでに既に性的マイノリティの苦悩する面についてもとりあげていたのに、それでもなお許してしまう感覚が、僕には理解できなかった。

こういう反応をするは、決して、この学生たちだけではないだろう。テレビが「笑い」を優先してあたりまえで、ある人たちを傷つけることも許されるという意識の広がり。しかし、それでも、きっとその「ある人たち」が「障がい者」だったりしたなら、また反応は違うことだろう。性的マイノリティがその対象となることは問題ないという感覚は、言語化すらできないレベルで根付いている。

もちろん、自分の問題意識をうまく伝えられない自分の技術のなさも問わなくてはならない。何をどうやって伝えていったらいいんだろう? そんな課題を与えられた集中講義だった。

しかし、いずれにせよ、この「伝わらなさ」を実感できたのは、学生が率直に感想を語ってくれたおかげだ。時に、学生は教師が言って欲しいことを言って適当にやりすごす。そうせずに、ちゃんと自分の感じてくれたことを伝えてくれたことに、本当に感謝したい。

いろいろと学んだ集中講義だった。
[PR]

by Hideki_Sunagawa | 2011-07-31 18:10 | LGBT/gender


<< エイサーをめぐる議論 onTw...      亡くなられた野宿者に思いをはせつつ… >>