2011年 03月 17日

原発に思う

原発を推進する政策を擁護する立場の言葉として繰り返し言われて来たこと、「大地震が来ても大丈夫です」。そして、大地震と津波が来て、「格納庫が壊れていないから大丈夫です」。格納庫が破損したら、「この放射線量なら大丈夫です」…。こうしてどんどん後退していく安全基準。

僕は、東京で受ける放射線を心配しているわけではない。主に東京で使う電力をつくるためにつくられた原発であり、その押しつけを見過ごしながら20年以上も暮らして来たのだから、離れた東京で受ける放射線量であたふたするなんて、と思う。

そこで作られる電力を使っていた人たちが平等に放射線を浴びるなら、「もういいよ…」とやけな言葉も口にするだろう。しかし、最も危険にさらされている人たちは、作業者であり、そしてまわりの住民なのだ。

放射線量がレントゲンよりレベルとか、温泉レベルとか、そんな論理がおかしいことは、ちょっと考えればわかること。なぜならば、レントゲンなんて一瞬だし、温泉だって一時的なものなのだから。でも、そうやって不安がるのは「素人」と言う人もいるだろう。

ならば、テレビで安全を訴え続ける人たちに、屋内退避エリアに行ってもらって、そこに滞在し、そこから解説をして欲しい。そうすれば、その発言に説得力が増すだろう。

僕自身は、原発に対して反対の立場に立ち、反対の立場をとっている政党にしか投票して来なかったが、積極的に反対運動に関わることがなかったことを考えると、同罪のような気もする。いや、素朴に「大丈夫だよー」と信じて容認してきた人より、「どう考えても無理があるんじゃ?危険では?」と思ってきたぶんだけ、行動してこなかったことへの責任は重いのかもしれない。
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by Hideki_Sunagawa | 2011-03-17 00:48 | Diary


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