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2011年 01月 03日

東京

沖縄へ戻り住むときが近づくにつれ(まだ具体的な日にちが決まっているわけではないけど)、とても複雑な心境になる夢を見るようになってきた。

沖縄に戻って寂しい思いをし、後悔している夢もよく見る。これは、「本当は戻りたくない」ということではなく、自分の不安が現れたものと思っている。普段は、不安よりも、「沖縄に戻ったら、こういうことをしたいな」と前向きな気持ちの方が大きいので、やはり、「深層心理」というは不思議なものだなぁ、と思う。

昨夜は、「東京にいる間に、もっと東京のことを知ろうとするべきだった」と思う夢だった。起きて、「そうだなぁ…」と思った。

僕は、新宿二丁目を中心として新宿を研究したし、その研究の中で東京の歴史も学んだが、もっと具体的に色んな場所に足を運び、そこの生活について知ろうとすれば、また違う楽しみが得られただろうなと。

しかしまぁ、残念ながら、失うときにしか気づかないものはあるのだろう(もちろん、沖縄に行ってからも、東京を訪れることは少なからずあるのだけれど、「住んでいる」ところを知るというのと、訪問して知るというのは、意味が違う気がする…)。

肝心なのは、そのときに気づいたことを、いかにその後に活かしていくかということだ。今は、「沖縄に戻ったら、もっと沖縄のことを知ろう」と思っている。日々の生活に追われて、その気持ちを忘れがちになることもあるかもしれないけど…


最近、10代の頃までメディアを通して見ていた東京に、自分が20年以上も住んだことがなんだか不思議に感じるときがある。去年だったか、渋谷のセンター街を歩いているとき(滅多に行かないけど)、誰かがカバーしたピンクレディーの曲が流れていた(ペッパー警部だったかな?)。

それを聴きながら、人がひしめくセンター街を歩いていると、その曲が流行っていた当時にテレビで見ていた東京と、自分が歩いている東京の重なり、目眩に似た感覚を覚えた。

たまにテレビで放送される、当時の流行った歌が流れながら昔の街の様子が映し出される、その映像の中に自分が入り込んでしまったかのような。

東京に受験で来た頃、沖縄でも見ていた全国ニュースを見ながら、近いところでつくられ放送されていることを肌で感じて、何か違う感覚で見ているときに気づいたときのことと重なる出来事だった。

また、「桜田門」という地名に、「『桜田門外の変』の桜田門?」と思ったときの不思議な思い、とか。新幹線に乗って遠くまで行くときに経験する、「本州という広大な土地の一部にいる」感覚とか。


それらは、実際には自分が遠いものと感じているのに、共通の枠組みの中の出来事として、歴史として共有していたものを、身近なものとして実感したときに感じた感覚ということなのだろう。

逆に言えば、自分から感覚的には遠かったにもかかわらず、ナショナル(国民国家)という枠で提供されていたから、自分のものとしていたのだということの再発見でもある。

その再発見を経た後に、沖縄に住みながら眺める(そして時折訪れる)東京、そして経験するナショナルなものは、一体どう感じられるのだろうか。それはまた楽しみでもある。
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by Hideki_Sunagawa | 2011-01-03 09:41 | Diary


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