2010年 11月 14日

出会い

最近、twitterのフォローをきっかけに、23年前に出会った人とメッセージのやりとりがあった。

雑誌を通じて知り合い、手紙の交換と電話での会話が何度かあったけれど、直接会ったのは1度か2度だけだったと思う。それでも、僕には印象深い人だったし、向こうも覚えてくれていたようだ。

今は、異国の地で暮らし、芸術的な工芸作品を制作しているらしい。

このやりとりをきっかけに、ふと思い立って、ここ5年くらい連絡の途絶えていた、やはり23年くらい前に知り合った人に電話をかけ会ってみた。以前と変わらないやりとりになんだか気持ちがなごんだ。

23年前…山梨の大学に入り、出会いを求めてゲイ雑誌を通じていろんな人とやりとりをしていた頃。その多様なタイプの人との出会いを通じて、僕は人とのコミュニケーションとのとり方を学び、自分自身のことを振り返ったり、生き方を考えたような気がする。

もちろん、つらい経験も少なからずあったけれど、今からみれば、それも成長の糧となったことがわかる。

20代のときなんて(いや、たぶん30代前半くらいまで)、その時々の関係性しか見えなくて、「(色恋的な意味に限らず)つき合うのかつき合わないのか」「自分のこと好きなのか、嫌いなのか」「良い関係なのか、悪い関係なのか」という答えをすぐに求める傾向が強かった気がする。そのため、変に感情的になることがよくあった。

けれどこうして、昔知り合った人とまたやりとりしたり、あるいは、長らくつながっている人との関係を振り返ったりしてみると、関係性ってわからないなと思う。

時に、ちょっとやりとりしただけの人の言葉が心に残って、自分の生き方を助けることもあり、また再会することもある。

知り合って間もない時期には、「この人ってもう…」と思う人でも、長くつき合っていく中で、その人が変わり自分も変わり、関係性が落ち着くこともある。

逆に言えば、そのときに自分にとって遠ざけたい関係になって、そうしても、またやりとりが始まりつながることもある(これはなりより、インターネットの影響が大きい!)。だから、別に距離を置くことも、あるいは相手が離れて行くことも怖れることはない。

もちろん遠ざけて(遠ざけられて)、それっきりになってしまう関係もたくさんあるけど…。

当然これからも、たくさんの人との出会いがあるわけだけど、20代の頃の率直さと、40代になってようやく身に付いてきた、長いスパンで関係性を考えられる落ち着きとをもって、それぞれの出会いに向かい合っていけるといいなと思う。
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by Hideki_Sunagawa | 2010-11-14 10:25 | Diary


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