2010年 11月 05日

変化する「わたし」

twitterで、歌手の宇多田ヒカルさん(@utadahikaru)が、

「私はなんか色々勝手に抱え込んじゃってた時に、すごく尊敬する人に『あなたは誰にも必要とされてないのよ』って言われて、すごーーく楽になって救われた気がしたんだ。…分かるかな?もしかしたら誰にも必要とされてない自分っていうのが大事なのかもしれない。」

と書いていた。面白いと思った。よく言われるのは、「誰かに必要とされている」と知ること、感じることが生きる希望や活力につながるというものだ。その逆の言葉。まさに、大きな存在となってしまった彼女ならではのつぶやきだろう。

でも、真逆のことながら、その二つには通じるものがあるような気がする。絶対的に必要とされていると感じてしまうことも、全く必要とされていないと感じることも、結局は自分が「ありのまま」と感じている、自分自身のあり方を否定されてしまうことだ。

人は、常にいろんな面(ときに矛盾する面)を抱え、揺れ、変化している。それこそが「ありのまま」なのだ。しかし、誰かに必要とされる場合、どんなに広くその人のことを見ていても、その人のある時点の一部である(自分自身でも全ての自分を把握することはできない)。

だから、たくさんの人から必要とされるとき、あるいは誰かに絶対的に不可欠なもののように強く必要とされるとき、その一部に規定されてしまう。それは、揺れや変化を含んだ「ありのまま」を否定されるということだ。

もちろん、必要とされていないと感じるということは、ひっくるめて否定されていると感じるということになる。

人が、その中に矛盾する多様性を持ち、変動している存在だということとして理解されていくと色んなことが楽になっていくだろう(でも僕は、「よってアイデンティティは虚構である」として、アイデンティティを否定したり、切り捨てる流れには与しない)。
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by Hideki_Sunagawa | 2010-11-05 01:09 | Diary


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