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2010年 10月 13日

「これが私の生きる道?」

来年3月の引っ越しに向けて大量の資料や本を整理中。懐かしいものが色々が出てくる。今日は、あるミニコミ誌に書いた自分の文章を発見。そのミニコミ誌は、1992年から1999年頃まで(もしかしたらもっと長い間?)発行されていた『Kick Out』。

a0137527_2244024.jpgすっかり忘れていたのだが、その1997年3月に発行された、「Working Queer」というテーマの号に頼まれて文章を寄せていたのだった。タイトルは「これが私の生きる道?」。たった一ヶ月だけ高校教師を努めたときのことを振り返っている。

以下、その一部を再掲(わかりやすくするため、若干言葉を調整)。

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(前略)

職員会議の堅く重い雰囲気、「教室に合唱部新入生歓迎コンサートのポスターを貼ることの是非」という、気が遠くなりそうなくらいくだらない議論(結局、それは教室の美化を損ねるという理由で却下された)、頼みもしないのに事務のおばさんが必ず教員全員にお茶を入れるという習慣…すべてが嫌だった。

始業式、生徒をきれいな直線に並べようと怒鳴る体育教官の声に気が重くなった。そして、整列した生徒たちが「同じ格好」をしているのが、僕の目には異様に映って、気分が悪くなるのを感じた。

入学式では、自分一人だけが「君が代斉唱」に起立をしなかった。ただ目を閉じて、じっと拳を握りしめ我慢した。あるベテラン教師は、2泊3日の泊まり込みの時間割づくりの時に、その酒の席で「沖縄のある反戦運動家を尊敬している」と熱く語っていたが、当然のように起立して「君が代」を歌っていた。それが、僕には滑稽に思えた。

「このままじゃあ病気になってしまう」本気でそう思った。そして、僕は、友達と「退職祝い」の祝杯をあげた。(後略)
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高校に就職したのは、今から17年くらい前の話。色んな意味で「若かったなぁ…」と思うけれど、でも、変わってない部分もたくさんあるような気がする。

この文章の最後にはこう書いてある。

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「甘い」と言われながらも、「そんなことで老後どうすんの」と言われても、「大丈夫かな〜」という不安がよぎることがあっても、やっぱり、これからも「なんとかなるさ」と言って生きていこう。

そのためには、人一倍、自分の人生に対するビジョンを明確にして、それを実現していく努力が必要なのかもしれない。でも、僕は、やる。もう後戻りはできないのだ。
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来年、東京を離れることを決心している今、やっぱり不安になることがいっぱいだけど、ま、やはり同じように「なんとかなるさ」と言い聞かせて、でも、努力していこう。
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by Hideki_Sunagawa | 2010-10-13 22:31 | Diary


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